□ ヨロズ相談ゴト □
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特別捜査課に、こっそりという表現がぴったりの様子で現れた四課恐喝班の瀬口は、何やら所在無さ気につっ立っている。
とうとう来てしまったが、どうしたらいいのやら、というところだろうか。
駿紀に椅子をすすめられ、腰を下ろしても、まだ身体を縮めている。
「いやその、なんというか困っててね」
本庁に、脅迫状が来たと届出があった。標的にされたのは、和紙人形作家で、警察に来たのは本人ではなく弟子だった。
ここまでは、よくある話だ。
自分達で身の回りに気を付ければ良いと思っていた、という人形作家の言い分も聞き慣れたものだった。
が、瀬口らにとって問題は、そこからだった。
人形作家は、品良く笑って言った。
「知ってしまったからには、警護せざるを得ないのでしょうね」
こういうタイプにしては物わかりが良くて助かると思ったのは、つかの間だった。
笑みを大きくして、付け加えられたのだ。
「ですが、無粋なのでは困ります」
そうして、一つ預かりモノをしたのだ、と瀬口はため息を吐く。
取り出してきたのは、なにやら華やかな色をした薄っぺらい物体だ。
「和紙ですね」
「人形の着物かなんかになるらしい」
困惑しきった顔つきで瀬口は手にしたそれを駿紀に手渡す。
「個展が近いんだよ。脅迫状が本気なら、そこで狙ってくる可能性が高い」
人形作家としては、そこにいかにも刑事というのがうろうろとしているのでは、興醒めだと言いたいのだろう。文化人の言い分としてはよくあるモノなので、それ自体にどうこう言う気は無いのだが、と独り言のように瀬口は続ける。
「いっそ、警備はいらないと言い切ってくれるなら楽なんだがなぁ」
そうしたら、遠巻きくらいにしておいてお茶を濁せば、職務上の義理を果たしたことにはなる。
今回の状況では、そうはいかない。
「謎かけだろうけど」
駿紀は手にした和紙を光にかざしながら、首を傾げる。
二枚の色違いが微妙にずらして重ね合わされ、折られている。薄いせいで重なった部分は色が混じって絶妙な味わいだ。
「へーえ、キレイなもんだな」
「重ねです。今の季節のモノだろうが、資料をあたらないと名前まではわかりませんが」
透弥があっさりと言うのに、駿紀も瀬口も目を見開く。
「え?」
「地球時代に、着物の襟や袖の重ね方で季節を表す手法がありました。そういったモノを理解出来るかどうかを試されているのでしょう」
駿紀は、手にしているソレを、見つめ直す。
「ああ、なるほど。そういうことなら」
和紙を透弥へと手渡すと、受話器へと手を伸ばす。
瀬口は何事かという顔つきだが、透弥は受け取った和紙を手に軽く首を傾げている。
「祖母ちゃん、仕事中にゴメン。地球時代の風習で着物の重ねって、知ってる?名前を知りたいのがあるんだ」
言いながら、透弥の手元へと視線をやる。
「紫か薄紫と黄」
透弥の言葉を、駿紀は受話器へと繰り返す。
しづは、簡単に答えをくれる。
「紫と黄なら、ウツロイギク?移ると菊って書くんだ?わかった、ありがとう」
受話器を置いてから、瀬口へと繰り返してやる。
瀬口は、紫と黄で移菊、と呪文のように数回繰り返す。
「なるほど、重ねというのか。しかし、ソレを持ち返ってどうすれば」
「ようするに、警察がこういったことを理解するかどうかを知りたいのでしょう。後は、どうすれば場にそぐうかを尋ねてみればいいことです」
透弥が言うと、瀬口はやっと納得して頷く。
「なるほど、言う通りにしてみよう。ありがとう、助かった」
素直に礼を言い、立ち上がる。
「また、何かあったら頼むよ」
瀬口を見送ってから、駿紀は透弥を見やる。
「良く知ってるな」
「しづさんが、だろう」
面倒そうに返すと、透弥はいつも通りに積み上げられた協力依頼の書類へと戻ってしまう。

二時間後、瀬口から紹介されて、と現れたのは二課横領汚職班の只野だ。
「暗号のようなんだが」
と差し出された紙に、駿紀も目を丸くする。
墨で書かれたらしいソレは、文字のようにも見えないことは無いがミミズでも這ったかという感じだ。
隣から覗き込んだ透弥は、眉ヒトツ動かさずに言う。
「かな文字です。国文の人間に訊けば、読んでくれるでしょう。必要ならご紹介しますが」
目を見開いて、ぽかん、としていた只野は、我に返って慌てて頷く。
「ぜひ、頼む」
紹介やら相手への連絡やらを済ませた後は、何か言いたいというのを満面に現している駿紀を無視して、透弥はまた書類へと戻る。

更に一時間後、今度は只野から聞いた、と二課詐欺班の笠間が現れる。
「もし、わかったら、なんだが」
恐る恐るといった様子で差し出されたのは、横文字だ。
駿紀も、自分にお手上げなのはすぐにわかったので、透弥を見やる。
「ミエナ語でしょう、翻訳が必要でしたら」
手を握らんばかりに身を乗り出されて、透弥は微妙に迷惑そうになりつつも詳しい人間を紹介して送り出す。
笠間が急ぎ足に立ち去ったのを見送って、振り返った駿紀は、それこそ目を丸くする。
「神宮司?」
明らかに透弥の顔が不機嫌だ。
「どうしたんだ?」
「新手の嫌がらせか、コレは」
確かに、こう細切れに来られたのでは雑務が片付かない。
「でも、本当に困ってたんだと思うよ。叩き上げにああいう知識はある方が珍しいから」
言いながら、駿紀は首をひねる。
「だいたい、今日来たのって一課がいないし、木崎さん絡みじゃ無いだろ。というよりイメージとしちゃ……」
「人脈の上では、むしろ」
口をにごした駿紀の後を引き継いで、不機嫌な顔つきのまま返しかかった透弥の言葉は、次の来訪者に遮られる。
「すまん、迷惑かけたな」
入ってきたなり、片手で軽く拝んでみせた勅使に、駿紀が目を丸くする。
「どうしたんですか、一体?」
まるで、今日の一連の出来事を知っていそうな口ぶりではないか。
「いや、後でまとめてって言っといたのに、瀬口氏が先走ったろ。それ聞いた他の連中も押しかけたらしいじゃないか。俺がもう少し言っとくんだったよ、悪かった」
「やっぱり、勅使さんだったんですか」
二課が連続したあたりで、思わないでは無かったのだ。勅使が自分たちに嫌がらせをするとは考え難くて逡巡したのだが。
「小松氏あたりの差し金かと思いましたが」
透弥が、ぼそり、と言う。二課課長の名が出たのに、勅使は苦笑する。
「あの人は保身第一なだけだから、こういうコトはしないと思うがな」
なんにせよ、勅使と透弥の人物評価としてはそういう人なのだな、と駿紀はこっそりと考える。一課を完全掌握している山内とは大違いのようだ。
「それはそうと、まとめてって?」
「どういうわけか、俺がこの手を良く知ってると思われててね。二課の時は、けっこう神宮司に助けてもらってたんだよ。ちょっと溜まってきたから、そろそろ一度訊きに行こうかと思ってる、と素直に言ったのが失敗だったな」
と、もう一度透弥に向き直って、拝んでみせる。
「今後は、こういう面倒にはならんようにするから」
透弥は、苦笑気味に首を傾げる。
「勅使さんのご質問はなんでしょう?」
勅使に対しては、別に怒る気も無いらしい。先を読まれた勅使は、笑い返して問う。
「適当な秋の歌が一つ欲しい」
「秋、ですか?」
透弥は少し考えてから、
「秋の夜の 露をば露と 置きながら 雁の涙や 野辺を染むらむ、ではいかがです?古今和歌集にある一首ですが」
「ふうん、悪くない。ソレにしよう。それから、空行く雁のことを何と言うんだった?確か、憂鬱だとかなんか」
「それでしたら、雲居の雁です。古典の登場人物のあだ名でもありますが」
そちらは、逡巡もせずに返す。
駿紀にはちんぷんかんぷんの会話は、ソレで終了らしい。勅使は、あっさりと頷く。
「そうか、ありがとう。事件が入らないなら、今晩あたりどうだ?お詫びにご馳走するよ。な、隆南くん」
笑顔を向けられて、駿紀は目を丸くする。
「え?いや、俺は何もしてないですよ」
「空いてるんだな?それなら予約だ」
きっぱりと勅使に言われて、反射的に
「はい」
と返してしまった駿紀は、後で連絡する、と方向転換してしまった勅使を、ぽかんと見送る。
「単に隆南と飲みたいだけだけだから、気にするな」
透弥は、必要なことは言ったとばかりに書類へと戻ろうとするのを、駿紀は慌てて止める。
「待て。秋の歌とか何の話だ」
「聞いた通りだ」
「何で、ソレを勅使さんが訊くのかってのも含めて」
書類へ戻る隙を与えまいと、駿紀がえらく早口で言うのに、透弥は肩を小さくすくめる。
「いくらか時間が出来た時に、勅使さんが仕掛けるゲームだ。正月は必ずだが。歌の実際の意味ではなく、いかに良い解釈が出来るかが課題だ」
「へーえ、面白いコトするんだな。そっか、詐欺とか相手してると、そういうのも必要なんだろうな」
あっさりと勅使の意図を読んだ駿紀は、まだ疑問の残る顔つきだ。全部理解するまで諦めないのを知っている透弥は、で、というように首を傾げる。
「今日の色々って、全部、大学で?」
「全部ではないし、スクールで学ぶことも含まれている」
きっちりと釘を刺されて、駿紀は首をすくめる。
「神宮司の記憶力が良いんだよ。興味あるならともかく、なんでもかんでもは俺には無理」
「筋道をつけている程度だ」
それでもスゴイと駿紀は思うが、口にせずに笑う。
「ともかく、神宮司のおかげでご馳走に預かれるわけだ。ツイてるな」
「感謝は言葉ではなくカタチにしてもらいたいものだ」
しれっと言い返した透弥は、今度こそ駿紀が口を開く前に書類へと戻る。


〜fin.

2009.06.04 LAZY POLICE 〜A omniscient superintendent〜


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