□ 蔓を張る □
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いくらかの間、無表情に受話器の先の相手の言葉を聞いていた勅使は、皆の方へと視線をやる。
事件、と判断した刑事たちが動き出すのを横目に、勅使は相手へと告げる。
「詳細は?」
同時に、スピーカーモードに切り替わり、同じく二課詐欺班班長笠間から状況が説明されていく。
おおよその概要が見えてきたあたりで、ホワイトボードにメモを取っていた三森が眉を寄せる。
「他人を踏みにじることが楽しいんじゃないか」
事件自体は、老人相手の小額詐欺だ。
もっとも、小額というのは大規模な犯罪も扱う司法の立場による分類であって、個人にとってはけして少なくはないのだが。
被害者の老婦人は、ソレが詐欺だと気付きもしていなかった。世間話に茶飲み友達に話して、その相手が感付いて通報してきたらしい。
刑事たちが詐欺と確信して、駆けつけてもまだ、当の老婦人は詐欺とは信じなかった。
こういうことを言われませんでしたか?と刑事の一人が、詐欺師の一言一句を聞いてもないはずなのに繰り返してみせるにいたって、どうやら何かがおかしい、と理解したくらいだ。
そんな老婦人を、いいカモと犯人達は判断したらしい。二度目の接触をしてきたという。
「このまま抑えても、どうせ表立って動いてる日雇い系しかかからない」
腹立たしいのを抑えた声で笠間は言う。
「手口からして、最近、よく動いてる連中のはずなんだ。元を抑えたい」
「元かぁ、でも、もう二度目の支払い期限近いんでしょう?」
首の後ろを撫でながら、室谷が言う。
あえて送話口を押さえなかった勅使の手元から聞こえたのだろう、笠間が困った声を返してくる。
「短期型なんだ、夕方には支払う手はずになってる」
「わかった、少し待て」
そこで保留にして、勅使は皆へと向き直る。
「さて、イケるか?」
「最短だと四時間ってとこですね」
八木沢が言うと、室谷がまた首の後ろを撫でる。
「うっかりしたコトやっちゃったら、返って後が難しくなりますからねぇ」
詐欺団相手に一芝居打つこともあるが、かなり周到に準備をしてからの話だ。
「最低十分は聞かないと無理ですよ」
とは三森。宮越が、横目で見やる。
「五分で手を打てよ」
勅使は、先ほどから一言も発していない透弥へと視線をやる。
視線の合った透弥は、無表情のまま口を開く。
「リミットを、今日の夕方ではなくせばいいでしょう」
はっきりと言い切るということは、何らかの算段がすでに組み上がっているということだ。
「イチかバチか、行ってみましょう」
きっぱりと言い切った室谷に、皆も頷く。



「だってねぇ、私も考えたのよ?こうしていつまでも、アナタに渡して上げられたらいいけれどもね。この年じゃ、いつお迎えが来てもおかしくないでしょう。だからねぇ、あんまり、失敗ばかりされてしまうのでは、心配で成仏も出来ない気がしてねぇ」
どこか取り留めの無い言葉といい、言い回しといい、老婦人そのものだ。
が、電話口にいるのはかなりガタイのいい背広の刑事だ。十分時間が欲しい、と言った三森である。
隣室で会話の成り行きを聞き取っている笠間班の刑事たちの顔が、ぽかん、としてしまっているが、お構い無しに勅使たちは逆探知を進めていく。
「あのねぇ、思うんだけどねぇ、もっと大きな額を投資してみたらどうかしら?失敗も、取り戻せるんじゃないかしらねぇ?」
相手は、詐欺の相手から増資を言い出されて、いくらか戸惑っているようだ。
「捕捉しました」
宮越の声に、室谷と透弥が音も無く立ち上がる。
別に笠間たちをないがしろにしている訳ではないが、ここでコトが暴露してしまっては意味が無い。コトに慣れている方が向かうというのは事前に互いに了承済みだ。

標的となった受け取り係は、それはもう驚いた顔をした。
老婦人のたわいないおしゃべりに付き合っていたはずが、いつの間にやら刑事たちが上がりこんでいるのだから無理も無い。
全く表情の無い顔で、透弥が言ってのける。
「必要なことを話せば、多少はマシだ」
何が、とは言わない。が、受け取り係は勝手に何かを合点したようだ。知っていることを洗いざらい、ぺらぺらとしゃべり出す。
「あの婆さんには、悪ぃとは思ったんだけどよ」
などと、言い訳をしながら。
受け取り係が確保されたと連絡が入ったなり、老婦人のところから移動してきた三森は、またも役者振りを発揮する。
「いやさ、もっとくれるってんだよ。なんか、遺産かなんかあるんだと」
透弥のシナリオは無機質に思えるのに、三森の口から出ると実に的確かつ生き生きとしていることに、勅使班の刑事でも驚かされる。もちろん、透弥が考えるのは骨格だけなのだが。
三森は、念入りに決めた架空の遺産総額を相手に告げる。
「こんなの、俺にはとても扱いきれねぇよ。でも、見逃しちまうのも」
そこで、息をつく。
間が空く。
ほんの数秒の、とても長い間の後。
「……惜しいな」
低く、だが、はっきりと。
相手の声が返る。
狙う魚が、引っかかった。
もちろん、引き上げるまでは細心の注意が必要だが。



最終的に、詐欺グループは大元から壊滅した。
「芋づる式、一網打尽、数珠繋ぎ……」
三森が、今回演じた人々の声音を使い分けながら呟いている。本人曰く、全部は覚えてはいられないから、次の為に「抜く」作業が必要らしい。いつものことなので、勅使班の誰も、文句は言わない。
「ま、そこらがふさわしいだろうな」
室谷が書類から顔を上げて笑う。
確かに、元を締めているのは数人だった。が、彼らの枝葉は、想像以上に広がっていたのだ。
笠間班の刑事たちが、しばらく自分たちの仕事は無くなるのではないか、と半ば本気で言ったくらいに大規模な逮捕劇となった。
「文字通り数珠繋ぎでしたね」
様子を思い出したのか、八木沢も苦笑する。宮越も、書類から顔を上げる。
「そういう話は前からあったがな」
ようするに、アルシナドでの小額詐欺を取り仕切ってるのは、ほとんどヒトツの組織では無いか、という話だ。
「大当たりでもないが、ハズレでも無かった」
勅使は、さらりと言うと皆を見回す。
「あくまで、手伝いだ」
解決の主流を担ったのは笠間班。実際、彼らの地道な努力があった上での協力なのだから、勅使班の刑事たちに文句があろうはずがない。
それに、大人の事情、というのもある。
世の中には、出る杭を打ちたがるというか、打つのが趣味というような人間がいるものだ。
微苦笑が、刑事たちの返事だ。
「美味い酒飲みたいなぁ」
三森が、自分の声で言う。
「だな」
「うん」
異口同音に皆が和すのに、勅使はわかったよ、と頷く。
「シナリオ担当もな」
無言で書類を片付けていた透弥は、無表情な視線を上げると、平坦に告げる。
「書類が片付かないことには、美味しい酒にはならないと思いますが」
皆、無言のまま書類に戻ったのをみて、勅使は笑いを押し殺して自分の書類へと戻る。事件の時より真剣な顔ではないか、などと思いつつ。


〜fin.

2009.07.16 LAZY POLICE 〜One after another.〜

■ postscript

木崎班も登場したので、勅使班も。
などと、軽い気持ちで始めたら、全員の名がつく始末。

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