□ 楓の頃 □
[ Index | Extra ]

検察からの帰り道、駿紀はヒトツ手前の駅で降りて中央公園の中を通って桜ノ門へと向かう。
晴れていれば、たいていそうだ。
ちょっとした息抜きになるし、リセットする為の時間でもある。
警察にとって、犯人逮捕が事件解決では無い。
供述書を始めとした必要書類を取り揃え、検察へと提出して受理され、はじめて終了だ。時には裁判で供述することもあるが、全員ではない。
駿紀は、ゆるめに歩きながら、何とはなしに視線を上げる。
五月晴れという言葉に相応しい、晴れわたった空に、まだ柔らかな緑が映える。
キレイだなあ、と素直に思う。
一口に新緑、と言っても、黄色がかっていたり、赤っぽかったりと、意外と多彩な色を持っている。
そのことを意識しながら歩くことが出来るというのは、意外と贅沢なことだ。なんせ、事件に取りかかり始めたら脇目をふってる暇など無い。
人の命を手にかけた者を、ひたすらに追い続けるだけだ。
事件に関係するというなら木々も見上げるが、けして若芽を楽しむ為ではない。
そこに、犯人の手掛かりが無いか探すばかりだ。
気付けば季節が流れていることなど、よくあるコト。
別に、それが困る訳でも悔しい訳でも無いけれど、こうして季節を感じることが出来ると、なんとなくほっとするのも確かだ。
「あ」
小さな声に、駿紀は振り返る。
視線が合うと、制服の少女は顔をほころばせる。
「やっぱり、刑事さん!」
「ああ、ご無沙汰してます」
笑顔を返すと、嬉しそうに走り寄ってきて、姿勢を正す。
「あの、ソノ節は大変お世話になりました」
ぺこり、と頭を下げる少女へと、駿紀は笑顔のまま言う。
「元気そうで何よりです。ご家族も?」
「はい、父も最近はだいぶ」
突如、母親を奪われた家族の慟哭は忘れ難いモノだった。娘である彼女もだが、夫婦仲が良かったという夫の憔悴は、そういった光景を見慣れている刑事たちでさえ、思わず視線を逸らしたくなるほどだった。
東南署で担当した事件だったから、もう三年ほど経つ訳だが、こうして笑みを浮かべられるようになってくれたことに駿紀は内心ほっとする。
「それは良かった」
笑みが、自然と大きくなる。
少女にとって、当時、家族から事情を聴く担当だった駿紀には親しみがあるのだろう、笑みにつられるように、あちらの笑みも大きくなる。
「あの、刑事さん」
「そろそろ、俺は戻らないと。元気な顔が見られて安心しました」
にこやかなまま返すと、少女も名残惜しそうながら、頭を下げる。
「はい、刑事さんもお元気で」
歩くふりをして、ちら、と彼女がまっすぐに公園を抜けていきそうかどうかを見届ける。
本音のところでは、別に、もう少しつかまっていても問題は無かった。が、状況はそうもいかないようだ。
気配をきれいに消しつつあるが、捜査中の刑事が紛れ始めている。
見慣れない顔のようだから、一課では無い。が、この中央公園で捕り物かソレに近いことが始まるのは確かだ。
変に巻き込まれて足手まといとならないよう、駿紀も早くこの場から去った方がいい。
足を早める前に、もう一度だけ、視線を上げる。
小さな楓が、さら、と風に揺れる。
そのうちの一枚が、根元から取れかかって不安定に揺れていることに気付く。
誰かが誤って突っかかったのか、わざとやったのかはわからない。が、アレは遅かれ早かれ落ちてしまうだろう。
せっかく芽吹いたというのに、と思ったところで、つ、と伸びてきた手がある。
少々長めの指が、器用に落ちそうな葉を摘み取ると、ひらり、くるりと回しながら遠ざかっていく。
背中しか見えないが、ご同業だろう。
手悪戯にしか見えないアレは、間違いなく合図だ。遠目の同僚たちへと、見えやすい合図を送っているのに違いない。
ただ、落ちて朽ちるはずだった楓の葉を役立ててくれた、黒がかったスーツの背中へと内心で感謝しつつ、駿紀は中央公園を後にする。



金の受け渡し場所が、警視庁目前の中央公園とは恐れ入るというよりは怖いもの知らずだ。
灯台元暗し、とでも思っているのだろうか。
少なくとも、勅使班の誰にも、その程度のごまかしは通用しない。
公園内のどこで取引が行われるかの詳細まで抑えられたとは、犯人たちは思いもよるまい。
現場となるはずの一帯を見渡せる位置に立った透弥は、軽く眉を寄せる。
同業と思われる人間が、少女と話しているようだ。少女の表情からして、彼は感謝されているのだろう。
ちょうど、取り押さえたい連中の通り道になりそうな箇所でさえなければ、たまにはいいコトなのだろうとは思うが。適当に邪魔に入るしかないだろうか、と考えたところで、ふい、と同業者は相手から離れる。
どうやら、周囲の気配を敏感に察したらしい。
勅使班の刑事たちの微かな気配に気付いたわけで、たいしたものだ。見慣れない人間だから、他課だろうが。
その彼は、視線を上へと向けて、恐らくは無意識に首を傾げる。
奇妙な行動に、透弥も視線を上げる。
柔らかな楓の若葉が、さら、と風に揺れている。
その中で、一枚だけ、不自然な動きだ。
故意か事故かは知れないが、根元が不如意になってしまっている。そう遠くないうちに、落ちて朽ちるだろう。
どうやら、彼はソレが気になるらしい。
せんない感傷、と片付けるのは簡単だが、稀有と評すべき敏感さに敬意を表することにして、透弥はその葉へと手を伸ばす。
ほとんど落ちかかっていた葉は、簡単にその指先へと移る。
視界には、もうすでに犯人たちが見えている。半ば無意識な手悪戯を装って、葉を、ひらり、くるりと回す。
目にも鮮やかな緑は、距離を置いている皆にもよく見えるだろう。
ひらひらと若葉をいじっている男を、まさか刑事だとは思わなかったらしい。犯人たちは、ごく近くで取引を始める。
決定的な一言が、耳へと確実に入ってくる。
透弥は、冷えた笑みを浮かべる。
「そこまでだ」
もう、手に若葉は無い。
あるのは、相手が持っていたはずの書面。
相手が口を開く前に、他方の持っていたトランクを背後から寄った三森が取り上げる。
宮越と八木沢が、容疑を告げると同時に手錠を持ち出して、捕り物は以上終了、だ。
この公園にいる大多数は、捕り物があったことのみならず、刑事たちがこんなにいることすら気付いていないだろう。
警視庁側へと向かいながら、勅使が透弥へと並ぶ。
「風流な合図だったな」
「落ちかかっていたので」
気紛れだ、と暗に告げる。
実際、目についたから手にしただけのことだ。
「なるほど」
勅使は、笑みを深める。
「ただ朽ちる前に、役立って本望だったろうよ」
透弥は、無表情に、そうですか、と返す。



一課と二課、双方が追っていた男が殺害された、との方が入った四月半ば。
現場へと到着した駿紀の肩口で、何かが揺れる。
かろうじて、楓か、と認識した視界の中で、一枚だけ不自然に揺れる。
誤ってつっかかったのか、故意にやったのかはわからないが、根元からちぎれかかったソレをどこかで見たことがある、とおぼろげに思い、すぐに追いやる。
ソレは、今、重要なことではない。
必要なのは、犯人の痕跡だけだ。


〜fin.

2010.06.29 LAZY POLICE 〜Verdant garden in 435〜

■ postscript

竹原湊サマよりの『駿紀と透弥』御礼に。
新緑の楓だったので、ニアミスってみました。

[ Index | Extra ]


□ 月光楽園 月亮 □ Copyright Yueliang All Right Reserved. □