□ 彼女は推理する □
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メールを届けるのに、わざわざ津田が現れるのは二回目だ。
受け取りながら、駿紀はいくらか首を傾げる。
呼応するように津田も首を傾げる。
「もしかして」
いくらかためらいがちに、津田は口を開く。
「書類の他にも、何かある?」
「他?」
書類以外に、何か届けてくれるシステムなどあったろうか、と駿紀はすばやく考えてはみるが、思いつかない。
駿紀の返した意味はわかったのだろう、津田は、言いにくそうに言い直す。
「その、端的に言っちゃうと、木崎班長の嫌がらせ」
思わず、駿紀は目を見開く。一体、何を言い出したのかと思ったのだ。反対に目を細めたのは透弥だ。
「それは、どのような根拠でですか?」
「今年の新人で一人、熱烈な木崎班長ファンがいるんです。本人ははっきり言わないですが、仲のいい子の話では助けてもらったことがあるんだそうです。その子が、毎回いなくなるんですよね」
「毎回?何の?」
駿紀のツッコミは当然のモノだが、津田は困ったような顔つきになる。
「あー、特別捜査課がどこの助っ人に借り出されちゃったのか、の?」
なぜか微妙な疑問系で言った後、両手を合わせる。
「ゴメン、受付とメールのやり取りとか溜まりっぷりとか見てると、なんとなくわかるのよね。で、ついつい」
「俺たちが担当する事件を当ててた、ってこと?」
「軽はずみだよね、ゴメン」
駿紀と透弥は、どちらからともなく顔を見合わせる。
軽はずみと言ってしまえばそれまでだが、いくらメールと受付の情報が入るとはいえ、ソレは断片でしかない。
「それは、皆で推量を?」
透弥の問いに、津田はきょとん、と目を瞬かせる。
「え、私が、です。そういうの考えるのが面白くて。その、すみません」
「へーえ、津田さんスゴイな」
なんせ、今まで木崎は一度も担当事件の内容を外してきたことが無い。全て津田の推量なのだとしたら、本当にたいしたものだ。
「そうですね、なかなかの推理力をお持ちのようだ」
見事な脊髄反射フェミニストな笑みに、津田の頬が染まる。
「まあ、コッチのことは心配しなくて大丈夫」
ヤツ当たりのようなことを言われるだけで、実害は無いといえば無いのだから。それに、木崎に恩義を感じている誰かとて、悪意がある訳ではない。
「津田さんも、別に気にしないでよ」
「ありがとう、でも、あまりハデなことにならないよう気をつけることにするわ。神宮司さんも、すみませんでした」
丁寧に頭を下げて、津田は部屋を後にする。
完全に遠ざかった、とわかるだけの時間が過ぎてから、駿紀は小さく息を吐く。
「なるほどな、そういうルートか。どおりで木崎さんの情報が早い訳だよ」
「彼女の推理が手早い、とも言える」
透弥の言葉に、大きく頷く。
「だな、津田さんって刑事向いてる気がするけど」
それは、この部屋に二人しかいないから言える言葉だ。
女性刑事は、基本的に存在していない。どうしてもという時に、受付や交通課から借り受けるくらいだ。
「もったいないなって、ココで俺が言っててもどうにもならないけど」
軽く伸びをしながら、駿紀は首を回す。
「しっかし、やたらと情報が早いと思ったら、そういうコトだったんだな。なんか、むしろスッキリした気がする」
透弥はといえば、津田が届けてくれた書類の山を仕分け始めている。
元々早いと思ってはいたが、ますますスピードが上がって来たのは気のせいではあるまい。先ほどまで話題に上っていた木崎に端を発する嫌がらせのせいだ。
「あー、でも、そうするとアレかな。勅使さんのファンってのもいるのかな?」
思わず考えてしまったのは、仕方あるまい。実際、勅使もとても情報が早い。
恐らくは、木崎と同時期には特別捜査課の動きを把握してるだろう。
「何らかの情報を提供している人間がいるだろうが、彼女の近辺ならすでに気付かれているだろう」
「確かに、木崎さんとこ通ってる子に気付いて、もう一方にも気付かないってことは無いか」
視線を上げないままの透弥の返答は、ごもっとも、だ。駿紀は、首を回すのを止めて、少し傾げる。
「となると、他か。俺ら、もしくは周辺の動きを見られるとこにいて、それなりに推理も得意だってことだよな」
「考えてどうする」
「んー、いざっていう時、勅使さんと連絡ってそんな訳無いか」
直接行けばいいだけの話だ。何かと木崎と正反対に例えられながら並び称される勅使は、今回もまたというべきかどうか、特別捜査課に好意的で気にもかけてくれている。
そんな勅使が、情報源に誰を使っているかなどを詮索するのは、余計なお世話というモノだろう。
駿紀も頷いて、透弥が仕分けた書類の束を手にした瞬間。
鳴りだした電話に、表情を引き締めて受話器を取る。
「特別捜査課」
「あ、隆南さん?おはよう、今日は特別いい日だねぇ」
いきなり緊張感をそぐ、のほほんとした声は間違い無く林原だ。
表情の変化で、誰だかの予測がついたのだろう、透弥は無表情に戻ると書類へと戻ってしまう。
いくらなんでも、ヒマだからかけてくるというタイプでは無い。それに、これほどに機嫌がイイ時は目前に林原が好きな解析対象がある場合だ。
「何か事件が?」
「いやいや、ウチに事件持ち込んでくれるのは特別捜査課だけだから。紹介も含めてねぇ」
有用性はじわりと広まりつつあるが、まだ、積極的に利用しようという雰囲気には至っていないらしい。となると、機嫌がイイ理由は他にあるということになる。
「いったい、何を手に入れたんです?」
「比較顕微鏡!」
大音量の声は、十分に透弥にも聞こえたらしい。
眉を寄せつつも、立ち上がる。
「わかった、と言っとけ」
「へ?」
駿紀は目を丸くしつつも、そのまま部屋を後にしそうな透弥の様子に、慌てて電話口に告げる。
「あっと、神宮司からわかったって」
「そう、隆南さんもゼヒご一緒に!待ってるからねぇ!」
声でさえキラめいているのだから、さぞかし表情は明るいに違いない。
いったい何がと受話器を置きつつ、視線を透弥へと戻した駿紀は、目を見開く。
透弥の手には、ヴェシェII型が握られているではないか。
「比較顕微鏡とは、銃弾を二つ並べて観察することにより同一の銃から発射されたものかどうかを判断する顕微鏡だ」
「弾丸を?」
「銃には、各個独特の加工痕があって、発射時に弾丸に転写される」
一課に所属していた駿紀は、もちろん、殺人を犯した銃弾は目にしたことがある。
「でも、それって銃の種類を絞るくらいにしかならないんじゃ?」
「いや、品種では無く個々だ。プリラードで、すでに実証されつつある」
なるほど、と駿紀は頷く。
そういった情報に関して、透弥を疑う理由は無い。
「リスティアじゃ、支給分は完全登録管理だし、かなりな威力になるな」
「そういうコトだ。どうせ確認用だと試射させられる」
先回りでヴェシェII型を持っていく、という訳だ。駿紀は、に、と笑う。
「射撃場の使用許可も取った方がいいかな」
「行きがけに取ればいい」
「了解」
楽しそうに実物で説明してくれる林原の顔が浮かぶようだ。加納を始めとする若手も目を見開いて見つめているに違いない。
何となく、駿紀も浮き立ったような気持ちで扉を開ける。
「あ、お疲れ様です」
ちょうど、廊下を掃除していた担当へと頭を軽く下げる。
おばさん、というよりお婆さん、という方がピンとくる年齢の彼女は、丁寧な仕事ぶりがなんとなく目につく人物だ。
そして、何より、返してくる笑みの品が良い。
「お疲れ様です」
透弥もごく自然に頭を下げる。
「お疲れ様です」
丁寧に頭を下げ返した彼女は、すぐに丁寧な動作で掃除に戻る。
その脇を邪魔にならないよう通り抜け、階段にかかってから。
「あ」
妙な声を上げた駿紀を、透弥は不審そうに見やる。
「わかった、さっきのアレ」
それは、いつもの勘としか言いようが無い。比較顕微鏡の件ですっかりと話は終わった気になっていたが。
言い方で、透弥にも何のことかわかったらしい。
「ああ、なるほど」
と、納得した返事をされる。
勅使の情報源が、どこだろうと自由に出入りを許されている掃除担当というのは納得だ。しかも、品の良い笑みを浮かべる彼女は長いコト警視庁担当であるに違いない。
どうやって勅使に情報を入れることになったかは、さすがに想像もつかないけれど。
「相当な観察力と推理力の持ち主なんだな」
しみじみとした駿紀の感慨に、透弥もあっさりと頷く。
「下手な若手よりはよほど頼りになるだろう」
「確かに、俺たちも青二才かな」
「かもしれない」
微苦笑を返してから、透弥はいくらか足を早める。
「遅くなると、林原がウルサイ」
「だな」
笑みを返して、駿紀も早足になる。


〜fin.

2010.08.18 LAZY POLICE 〜Information providers〜


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