□ 彼らの信条 □
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「勅使に紹介してもらったんだ、よろしく頼むよ」
言った瞬間、間違いなく口の端が持ち上がる。
すぐに消えたけれど、見逃すようでは刑事失格だろう。
三課窃盗班班長、弓削は珍しいモノや面白いモノに興味を示すという点で、間違い無く勅使と同類のタイプだ。
勅使の名を出すのは、敵視している訳ではないと示す為。協力を得たいという立場において、大事な要素ではある。
だが、そういった小細工は駿紀には全く関係無かったりする。
「もちろん、俺達で役立てるコトがあるのでしたら」
人が良すぎるとしか言いようのない、いつもの返事に、弓削は笑みを深める。
「その点は、間違い無く」
きっぱりと言い切るあたり、何かはっきりとした目的があるらしい。駿紀は、軽く首を傾げる。
「何でしょう?」
「科研を紹介してくれないか」
駿紀は思わず目を見開き、透弥はほんの一瞬、眉を寄せる。
「科研にご用件があるのでしたら、直にご連絡いただいて問題無いかと思いますが」
透弥の言葉に、もっともと言うように弓削は頷く。
「わかっているよ、だが私のような旧式人間は、どうしても科学だのなんだのは腰が引けてしまってね。ウチの連中も俺のそんなあたりを察してるんだろうな、どうも行きづらいらしいんだ」
悪びれる様子も無く言ってのけ、にこやかに二人を見る。
「それに、専門用語で言われてもわからんしな。翻訳者がいてくれると助かるんだ」
なるほど、と駿紀は納得する。確かに、透弥がいてくれたから駿紀にも初手から理解出来たが、そうでなかったら林原との会話は成り立たなかったかもしれない。
透弥を見やると、その長い指を軽く組んでいる。
「先ずは内容をうかがってもよろしいですか?その上で紹介のみか立ち会うかを判断させて下さい」
「そうだね、コレを見てもらうのが早いと思う」
弓削は手にしてきたファイルを開き、数枚の写真を机に並べる。
「ありがたくないことだが、俺たちには見慣れた空き巣だ」
言いながら並んだのは、全て異なる部屋だ。しかも、荒らされた形跡はほとんど無い。
「嗅覚のあるヤツでね、ほぼ無駄なく価値あるモノだけをやってる。手口と現場の状況からして、全て同じヤツだが、今のところ証拠は無い」
駿紀のは特殊だろうが、警察官という職にある故の独特の勘というのは確実に存在する。ほんのわずかな気配などに気付くようになってくるからだろう。
弓削班の刑事たちは、並べられた現場へと侵入している犯人は同一と踏んだのだ。
「同一犯であることを証明したい、ということですか」
駿紀の確認に、弓削は首を横に振る。
「それだけじゃ足りないな、ホシも確定したい」
「そこまで、目星がついているんですね?」
「ああ、そうだ」
真剣に見つめ返される。
だが、弓削の言う証明をしようとするとなると。
「現場として残ってるのは、写真だけですよね?」
「いや、実は被害者の協力を得て、そのまま残してある。ま、数日は経ってるところもあるし、理想的とは言い難いだろうが」
そうとなれば、やることはヒトツだ。
受話器を手にして、すっかり慣れた番号を手早く回す。
「はい、科研」
「あ、どうも」
その声だけで、すぐに林原にも誰だかわかったらしい。
「はいはい、特別捜査課専属の精鋭部隊がいつでもどこにでもお伺いしますよーなんてね、どうしたのかな?」
先日入手した比較顕微鏡で遊ぶのが楽しくて仕方ないのか、また次を入手する算段をつけたのか林原の声はご機嫌極まりない。
「その勢いで窃盗の現場検証を」
駿紀が言い淀むと、透弥が手を広げて五本の指を見せる。
「五ヶ所お願いしたいんだけど」
「ほいほーい、窃盗の現場検証五ヶ所ねぇ。え?五ヶ所?ホントに?」
あの分厚いレンズの向こうで、目を瞬かせているのが容易に想像つく声だ。
「何日か経ってるところもあるけど、基本的に初動捜査以降は立ち入って無いそうで」
弓削の言葉を、好意的に解釈して伝える。透弥の傍らで、弓削は大きく頷いてみせている。
「ふーん、ってことは同一犯かどうかを知りたいとか、そういうこと?」
「そういうこと」
「じゃ、色々と集めないとなぁ。あ、もちろん一緒にやってくれるよね?いくら五人いるからって五ヶ所はそう簡単じゃないからねぇ」
残してあるという現場の数を見た時点で、覚悟はしていたことだ。透弥もどういう会話がなされているか、おおよその予測はついているのだろう、駿紀が視線を上げると、軽く頷く。
「了解、駐車場に行けばいいかな?」
「うん、ちょっと準備してから行くから」
こちらも、現場に案内してくれる弓削班の人間を手配しなくてはなるまい。
「人の準備があるから、二十分後に」
「りょーかい、じゃ後で」
ラフなやり取りで話を決めてたのを、いくらか目を細めつつ聞いていた弓削は、先ほどまでのいくらか試すような表情を消して立ち上がる。
「コチラの人間を手配して駐車場へ行く。協力に感謝するよ」
小柄なのを補って余りあるだろう俊敏な動きで、身をひるがえすのを見送ってから、駿紀は透弥を見やる。
「勅使さんの知り合いというより、友人か?」
「少なくとも二課の経験があるとは聞いている」
立ち上がりながらの透弥の返答に、駿紀は思わず、ああ、と呟く。
二課を経験すると、ああいうタイプになりやすいのだ、と勝手に納得して立ち上がる。透弥はいくらか不審そうに眉を寄せはしたが、どうせ聞いてもロクでもないと判断したのか、そのまま身を翻す。

自分の手にしっくりくる手袋を持つくらいしか準備も無い駿紀たちが、駐車場に一番乗りだ。
ほどなく、林原と東を始めとする科研の面々がやってくる。
加納はともかく、本格的な現場検証が初めての神田と有沢は緊張気味の顔つきだ。対称的にご機嫌なのは林原で声音も弾む。
「五ヶ所もでしょ、二手に分かれるよ。ウチは加納ちゃんと、も一つは東さんにお願いするけど、どうする?」
現場検証に関しては、駿紀より透弥の方が詳しいはずだ。
東は上手に指導するだろうが、効率として林原の側に駿紀が回るのがいいだろう。
「じゃ、俺が」
と駿紀が視線を軽く林原へやると、透弥もあっさりと頷く。
「津田さんに連絡役を頼んでおこう」
「ああ、それがいいな」
もし、キーとなりそうな証拠品が見つかったなら、早めに情報はやり取りしておきたい。津田なら、的を射た繋ぎをしてくれるだろう。
「俺、頼んでくるよ」
透弥が頷き返すのを待って、身軽に走り出す。
いつも通りに受付近辺にいた津田は、気配に気付いたのだろう、すぐにコチラへとやってくる。
「何かあった?」
「これから現場検証に出るんだけど、五ヶ所あるから二手に分かれるんだ」
駿紀が言うと、津田は頷く。
「連絡入れてくれれば伝えるわ。そうね、大代表じゃなくて、コチラに」
さら、とメモを二枚書いて手渡してくる。
受け取りながら、に、と笑う。
「どうしたの?」
「いや、津田さんなら、過不足無しで協力してくれるって思ってからさ。ありがとう」
すぐに駐車場に戻るべく走り出したので、珍しく津田が目を見開いて見送っていたのは、知らない。
駿紀が戻ると、ちょうど弓削班の面々も到着したところだ。
二手に分かれるコトは伝えられたらしく、すでになんとなく分かれて立っている。
「じゃ、行きましょうか」
浮き立つのを堪えたような口調と声で林原が言う。頷き返して、駿紀は透弥に、津田が二枚用意してくれたメモのうちの一枚を渡す。
「こっちにかけてくれってさ」
「わかった」
ちら、と視線を落としただけで納得したらしい透弥は、東たちと一緒に車へと乗り込む。
林原が、助手席から声をかけてくる。
「隆南さん、行くよ」
「はい」
身軽に乗り込んで、扉を閉める。
同時に、発車する。

部屋の隅から隅までの落ちているモノを全て拾い上げる、と聞いた弓削班の面々は驚いたようだが、駿紀と加納は予測通りなので手分けして作業を開始する。
「はっきりした指紋でも出てくれればねぇ、一発だけど、全部の現場で取れるとは限らないしねぇ」
半ば独り言のように言いながら、林原は貴重品が入っていたという引き出し付きの小棚に粉をはたいている。指紋を検出しているのだ。
「出そう?」
「うーん、どうだろ、持ち主のとか家族のの方がたいていだろうしね、多分、刑事さんたちもそこらはマダねぇ」
駿紀と林原の会話に、弓削班の刑事たちはどことなく恐縮の顔を見合わせている。
「棚もだけど、侵入経路チェックした方が早く無いかな。そっちなら家族も触って無い可能性もあるんじゃ」
「あ、ソレだ。ココ終わったら、侵入口教えて下さい」
「あ、ああ、了解した」
林原が勢い込んで言うものだから、弓削でさえも少々気圧され気味だ。
視線を動かすと、加納と目が合う。どちらからともなく、少しだけ笑みを浮かべてから、続きに取り掛かる。
もう一方は東と透弥が中心だから、こんなことにはなっていないだろう。が、徹底して拾いモノをする状況には、弓削班の刑事たちが驚いているだろう。
途中からは、弓削たちも加わるが、それでもそれなりの時間を経過してから、一通りの作業を終える。
指紋に関しては断片的なモノしか得られていない。次でも、あまり期待は出来ないかもしれない。
「やっぱり遺留品の方でも、決定打掴めるとイイね」
「そこまでの証明が可能なのか?」
林原の独り言に近い言葉に、弓削が反応する。
「モノによるでしょうねぇ。ですが、国大に協力要請すれば、かなりなことを解析可能だと思いますよ」
「だが、そう簡単に動いてくれるものだろうか」
弓削は、通常なら当然抱くだろう疑問を返す。
「化学的疑問の解決を迫られて、腰が引けるような研究者は国大にはいませんよ」
に、と林原の口元が持ち上がる。
誰より、化学的疑問から逃げる気が無いのは林原自身だ。まっすぐに見つめながらはっきりと言われてしまえば、弓削も口をつぐむしかない。
駿紀も、頷く。
「化学的な要素があれば協力してくれますよ。なんせ林原さんが持ち込むんですから」
「嬉しいことを言ってくれるなぁ」
どこか危なげなのから、素直なモノに笑みを変えて林原は言う。もうすぐ、二件目の現場だ。

先ほどの現場と同じく、隅から隅までの捜査途中のこと。
「コレ?」
駿紀は、ピンセットの先のモノを見つめて、思わず呟く。
細いモノは、糸よりも張りがある。毛と思われるのだが、にしては色素が薄い。もちろん、リスティア系の人間の髪の毛と判断した場合には、だが。
問題は、そこでは無くて。
この微かに赤みを帯びたように見える色を、先ほども見た、ということだ。
「隆南さん、何か見つけ」
加納の言葉の途中で、立ち上がる。
「ちょっと、電話してきます」
二ヶ所だけでは、確信出来ない。だが、もしかしたら。
津田に渡されたメモを手に、家人に断って受話器を手にしようとして、いくらか目を見開く。
一枚目を透弥に渡したのだが、今見ている二枚目とは違う番号だった。どういうことだろうと思いつつも、ともかく急いで番号を回す。
数回も待たないうちに、受付担当の声が聞こえてくる。
「特別捜査課の隆南です、津田さんは」
すぐに、津田が電話口に来る。
「ちょうどいいタイミングよ、ちょっと待って」
かつん、というプラスチックがぶつかるような音がしたことに、駿紀は首を傾げる。
「津田さん?」
その声に反応したのは、津田では無く。
「隆南か?」
「神宮司?」
いくらか声が遠いが、間違い無い。聞こえてきたのは透弥の声だ。
どういうことか、駿紀にはピンとくる。津田が、二台の電話の受話器を互い違いに合わせてくれている訳だ。
同時に駿紀と透弥が本庁に連絡を入れる可能性を考えて、津田は二つの番号を教えてくれたのだ。しかも、タイミングさえ合えば、こうして直に会話出来る方法も考えて。
納得してしまえば、後は本題を進めるだけだ。
「確認したいことがあるんだ」
「犯人の遺留品と思われるモノを発見した、違うか」
「人もしくは動物の毛で、色素が薄い。一見金色に見えるけど、日に透かすと赤みも帯びてる」
いくらか早口に告げる。
「長さは、5センチ程度」
透弥に返され、やはり、と駿紀は思う。
「そっちでも?」
「二ヶ所とも、だ」
「こっちもだ、じゃ、四ヶ所確定だな」
「同定の必要はあるが、かなり特徴的なモノだ。次でも留意する必要がある」
透弥らしい返答に、口元に笑みが浮かぶのを堪えながら駿紀は頷く。
「了解」
「東さんの意見によると、長毛種の動物のモノではないか、とのことだ。こちらの被害者には動物を飼っている者は無いし、外で触れてもいない」
「なるほどな、わかった」
受話器を置き、借りたことに礼を言って駿紀が振り返ると、驚いたような顔で加納がこちらを見ている。
「動物の毛が、東さんたちの方でも見つかってるそうだ」
ぽかん、としていた加納は、駿紀の言葉に背筋を伸ばす。
「はい、頑張って探します」
「そっちも大事だけどねぇ、今、隆南さんが言いたいのは」
にやり、と口元を上げた林原の視線を受けて、弓削が返す。
「この家も、先ほどの家でも動物は飼っていない」
犯人が残したモノの可能性が高い、ということだ。
「さ、気合入れて続き行こうか?」
二件目も、隅から隅までさらったところで、林原が立ち上がる。
「次行こうか。先手を打ってって言いたいところだけどねぇ、ま、合流ってことになるね、東さんだし」

林原の予想通り、ほぼ同時刻に五ヶ所目の現場に、東たちも到着する。
「国大に連絡を入れておく」
と、挨拶も無しに言ってのける透弥に、林原はにんまりと笑う。
「うん、よろしくー。こっちは、早速現場検証を始めるよ」
駿紀も手伝うべく、手袋をはめ直してしゃがみこんだなり。
「あった」
多分、意識していたのもあるし、二箇所の検証でどこらへんにあるという勘がついてきたのもあるだろうが、まさか自分でも瞬殺出来るとは思わなかった。
さすがに、東がいくらか目を見開いてから、苦笑する。
「さすがだ」
透弥が連絡を済ませて戻った頃には、駿紀が見つけたソレは証拠品としての保存を終えていた。
「見つかった」
と指差す駿紀に、眉ヒトツ動かさず透弥が返す。
「先行で同定作業を始められるな」
「こんなに人数いてもしょうがないし、俺たち国大へ行ってきます」
なんせ、科研の五人と弓削班の六人が揃っているのだ。狭いマンションの一室では、窮屈なことこの上ない。透弥の言うとおり、先行で証拠品の同定に入った方がいい。
「よろしくねー、コッチは指紋が取れないか、踏ん張ってみるから」
「了解」
弓削たちにも頭を下げて、二人は現場を離れる。
地下鉄への道を歩きながら、駿紀は軽く伸びをする。
「ひとまず弓削さんたちのお眼鏡には適ったのかな?」
「この結果が出るまでは保留だと思うが」
手にしている搬送用の鞄を見やりながら、透弥が返すのに、駿紀は唇を軽く尖らせる。
「科研の方は、ハナから頼りにしてたじゃないか」
いくらか不機嫌に透弥の眉が寄る。
「コチラが気に入られようが入られまいが、関係ない」
弓削が試していたのは、科研ではなく特別捜査課だ。その点は確信出来る。なんせ、検証に参加している自分の方こそを、弓削はずっと観察していたのだから。
透弥の方も、同じような状況だったのだろう。そうでなくては、不機嫌になる理由が無い。
「ま、敵に回られるよりはマシなんじゃないか。にしても、なんでまた試したくなんてなったのかな」
駿紀が疑問なのは、試されたことよりも、その要因だ。
言えば透弥の機嫌が悪くなるとわかっていて口にしたのは、どうにも思いつかなかったからだ。
言い出したら、駿紀は絶対に引かないと知っている透弥は、小さく息を吐く。
「勅使さんから話を聞いて興味を持ったとでもいうところだろう。それ以上に面白そうだと思ったように見受けられるが」
「ああ、やっぱ、そういうタイプか」
思わず納得して頷く駿紀に、透弥は不審気な視線をよこす。
「最初、俺らのとこ来た時、勅使さんに紹介されてって言いながら、ニヤッってしたんだよな。アレ見て、珍しいとか面白いとかが好きなタイプなんだな、と思ったんだ」
「わかっていて、まんまと乗せられたのか」
「お互い様だろ」
自分たちが動けば解決する可能性がある事件だと判断したなら、試されていようが、悪意で回されて来たモノだろうが、動く。
それは、駿紀もだし、透弥もだ。
この点、絶対、という単語をつけて言い切ることが出来る。
憮然とした顔で黙り込んだ透弥は軽く息を吐くが、否定は返ってこない。
「しっかし津田さんにはお礼言わないとな。ホントにあんなになると思ってたのかな」
「可能性は考慮しただろう」
今回の件は、科研の手配をして不足分のサポート、そして情報伝達の便宜と実にスムーズだったな、と思う。
ふと、弓削が何を試しに来たのか、わかった気がした。
冬の気配がしてきた景色を見やりながら、駿紀は少しだけ目を細める。
「な、神宮司?」
「なんだ?」
「片付いたら、久しぶりに飲みに行かないか?もう、すっかり元気だしさ」
ぐるぐると腕を回してみせる駿紀に、透弥は小さく肩をすくめる。
「俺たちは、この証拠品を引き渡すところまでで充分だろう」
遠回しだが、了解したと取っていいのを、駿紀はもう知っている。に、と笑う。
「あー、腹減ってきた。何がいいかな」
「まだ、早い」
「ま、な。じゃ、ちゃっちゃと済ませるか」
大股に歩き始めた駿紀へと、透弥も歩調を合わせる。
ごく自然な動作に、駿紀は微かに口元をほころばせる。


〜fin.

2010.09.06 LAZY POLICE 〜Their principle〜


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