□ サンタは哂う □
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書類を出す前に、室谷がため息をついたのは無意識らしい。
「最初の被害届、アレは相当な勇気が必要だったと思いますよ」
「連鎖しているにもほどがありますね、見事な一本糸です」
宮越も、うんざりとした顔つきだ。
ことの始まりは、青白い顔をしたとある経営者の被害届から、だ。
企業規模としては中小に分類される彼の話を、受付担当は、大規模詐欺を扱うことが多い勅使班に持ち込んでいいのやらという顔つきで持ってきた。
が、コトは一人の経営者が詐欺にあった程度の話では済んでいなかった。
狙われたのは、新興の中小企業経営者たちだ。企業規模については、今はまだ、とするのが彼らには親切かもしれない。
今後、もっと伸びることを望む彼らへと、言葉巧みに近寄った者がいる。
「いやしくも大企業を目指すのなら、慈善事業への参加は外せないですよ」
そう言って、例えば、と天宮財閥をはじめとした話をされたらしい。当然、そんな規模での金銭的見返りのない投資など無理な話だ。
相手は、小口に分ける方法がある、と入れ知恵をしてきたそうだ。
知り合いの経営者たちと、協力すればいい、と。
ただし、慈善事業というモノにあざとさを感じる人間もいるから、話を持ちかけるには慎重さも必要だ、などと言葉巧みに誘導し、一人の経営者が協力を求める相手は一人になるように仕向けた。
おかげで、勅使班の面々は、延々と一本糸を手繰るような捜査をさせられている。
「あえて一本道にしたってことなんですかねぇ」
今のところ、得意の声色を使う機会も無い三森が、眉を寄せる。八木沢が、苦い顔で頷く。
「だろうな、コチラがたどっている気配を感じた時点で、逃げるつもりだろう」
「ということは、すでに遅きに失している可能性がある、と?」
勅使が目を細めつつ尋ねると、誰からともなく顔を見合わせる。
そして、一人、まだ発言をしていない人間へと視線は集中する。透弥は、無表情のまま皆の考えていることを口にする。
「一本だけでは、手口の割に小口過ぎます。別路線で、数本引いている可能性が高いでしょう」
わかっていて皆が口にしなかった理由は、ヒトツだ。
「親しい間柄へと伝播するように仕向けて被害届を出しにくくする、という手口だ。よほど上手くアタリをつけないと掘り出せないな」
目を細めたまま、勅使は、いくらか首を傾げてみせる。
透弥は、無表情のまま返す。
「そちらの方からアタリをつけるのが難しいなら、慈善事業内容からという手があります」
へ、という顔つきになったのは、周囲の先輩たちだ。
「一気に資金を集める為に、入金が集中する手段を選んでいる可能性は高いと考えます」
「あ、クリスマス」
ぽん、と軽く手を打ったのは三森だ。宮越と八木沢が、頷く。
「なるほど、歳末では無くて」
「それなら、コチラがたどり切る前に逃げられる、と踏んでるんだな」
室谷が、眉を寄せる。
「そうはいかない」
皆、頷き合う。

捜査の方向性が決まってしまえば、手慣れた刑事たちはそれぞれの情報源を巧みに操っていく。
「コレも、そうですね」
最初の被害届を持ってきた経営者とは、また違ったグループを形成している中小企業経営者たちが引っ掛かっているのをみつけたのは、八木沢と三森だ。
室谷と宮越も、進出の店舗経営者たちのラインを見つけ出してきた。
「手口と状況から、同一犯と判断します」
報告内容を精査した勅使は、難しいままの表情で頷く。
「他には?」
「特に経営規模が同等なところを中心に全般をあたっていますが、今のところ見つかっていません」
「直線ラインは、コチラも辿りにくいですが犯人にとっても把握は簡単ではありません。少人数で動いている線が強いですから、こんなところなのでは」
「神宮司、根拠は?」
勅使の視線を受けて、透弥はホワイトボードの前に立つ。
「銀行口座の方をあたってきましたが、入金口座は三口、アルシナド興銀に集中しています。支店はさすがに分かれていますが」
言いながら、几帳面な文字が支店名をつづっていく。
「他も当たりましたが、該当の口座は存在しませんでした」
どうやって、とはもう誰も問わない。
キャリアであることを忘れそうなほどに現場に強い透弥は、確かに国立大出身なのだ。
ようするに、銀行にいる出世が約束された友人、という人脈が存在している。無表情で愛想が無いように見える青年には、意外と協力者が多い。
いつだったか、こっそりと、国立大出身者は皆変わり者なんじゃないのか、などとつぶやいたのは八木沢だ。
もちろん、叩き上げの刑事たちが手にしにくい捜査ルートを持っている上に、存分に使いこなすのだからありがたいのだが。
およそ、張るべき箇所は絞られてきた。
三方向で進んでいる詐欺の、末端の監視。上手くいけば、実行犯の一部を把握出来る。
もちろん、裏に隠れている連中を引きずり出さなければ意味がないから、慎重を期す必要はある。
それから、口座だ。
クリスマスと期限を確定しているのだから、一気に引き出して逃走をはかる可能性が高い。大口で下ろすには窓口に顔を出すしかない。
さすがに、大金を手にしに来るのが、末端の下っ端というのは考えにくい。
「やっぱ、24日、下手したら26日にならないとケリつきませんよねぇ。ってコトは、金が返るのって早くて年明けくらいになりますねぇ」
なんとなく情けない声を出したのは、三森だ。
八木沢も、いくらか眉を寄せる。
「あー、まぁなぁ」
「確実に抑え込むには、そこまで待つ必要があるだろう。もしかして?」
室谷が、渋い顔つきになりながら二人を見やる。
「んなに見栄を張らなきゃいいんですけど、やっちゃうんですよね」
ため息混じりの三森の返事で、確定だ。
一気に社会的地位を上げようと背伸びするあまり、身代を傾けた経営者がいるのだ。身の丈を振り返ることすらしないという点については、被害者とはいえ同情し難いことが多々ある。
だが、しかし。
「こどものプレゼントすら買えない、と言われてしまうと、寝覚めが悪いっすよねぇ」
三森のため息混じりの言葉への、返事は無い。
だが、気まずそうな視線は、交わされる。
なぜか、集まってきた視線を受けて、透弥はいくらか眉を寄せる。
「一方的なイレギュラーはあり得ません」
聞いたなり、もう一度、五人の視線が見交わされる。
ようするに、一方的でなければイイ訳だ。しかも、タチが悪いことに班長以下、この解釈に反対する人間がいない。
うっすらと勅使の口元に笑みが浮かぶ。
「では、一方的で無くすればいい」
それは、勅使班の総意であり、鶴の一声だ。

積み上げられた書類の山に、興銀の担当者である金森は、ため息混じりに返してくる。
「確かに、書式は間違っていないから返還は可能だが、違法口座と確定してからすぐになんて、無理な話だ。コレ、何枚あると思っている?」
「正確な枚数が必要か?」
表情を動かさずに返した透弥に、金森は深いため息をつく。
「そういう意味じゃなくてだな」
二人の間の机にある書類の山は、入金取り消しを依頼するモノだ。
被害者たちが、勅使班の刑事たちに促された書いたモノで、赤裸々な被害届と共に用意された。双方が揃って初めて効力を発揮するのだが、口座の金額と見合っていないといけない規律があり、全員が揃っていないと意味が無い。
もちろん、積まれているのは過不足ないと勅使班が判断している。
言い換えれば、今回の件の現状で判明している被害者全ての書類が積まれている、ということだ。
膨大な数のソレを、照会していくのは半端な作業量では無い。
「では、どういう意味だ」
相変わらずな透弥の返答に、金森はもう一度、ため息をつく。
「年越しさえ危うい人がいるって言い分はわかる。だが、これだけの数の書類を不法口座確定するのは、どんなに早くても25日の営業開始後だとするとな、どうやったって、銀行員が家族や恋人をないがしろにするってことに」
一気に言いかかった言葉は、そこで途切れる。
透弥の目が、いくらか細くなったからだ。
金森が口を閉ざした、と判断したなり、透弥はしれっと返す。
「問題無い人間が、必ずいるはずだ。先日、成瀬に会ったが」
「わかった、わかったって。俺がやりゃいいんだろ」
成瀬、という名が出た途端、金森は慌てて両手を振る。おおよその察しが付いて、一緒に来ていた三森は同情の視線を送る。立場状必要なこともあるだろうと一緒に来た勅使は、けろり、とした顔つきだ。
透弥に任せておけば、確実に思い通りになることも確信出来ているからだろう。
金森は、視線を逸らしながら付け加える。
「あと、何人か心当たりもあるし」
「そうか」
実に涼しい顔のままの透弥に、金森は不満そうに視線をやる。
「わかってるのか、警察の立会いも必要なんだぞ」
「最低二人だったな」
透弥の言葉に、すぐに反応したのは三森だ。
「はい、二人目、ココ」
はっきりと容赦無く事実を突きつけられる前に、自己申告らしい。勅使は少しだけ視線を逸らせて笑いをこらえる。
人間、誰しも苦い事実を示されるのは得意ではないだろうが、透弥の端正な部類に入る顔で、全くからかいやら含みのない無表情で言われると、妙に堪える。
金森は、自分がやられっぱなしになってしまっているのが悔しいのだろう。少々唇を尖らせた顔つきで、透弥を見やる。
「ここまでお膳立てさせるからには、確実に25日には違法口座って確定するんだよな?」
犯人逮捕は確実なのか、という問いには、勅使班全員が真剣な視線を返すだけだ。
「確実に」
はっきりとした返事と視線に、金森は気圧されたような顔つきになりつつも、頷く。
「わかった、人と部屋の手配をしておく」
そんな訳で、クリスマスも年末歳時のヒトツとしか言いようの無い数日が始まる。



クリスマス当日の興銀窓口は、実に華やかだ。
ツリーが飾られているだけではなく、案内担当がクリスマスにちなんだ服装をしていて、業務関係で訪れる人間の方が多い銀行としては、少々はしゃぎすぎのきらいがあるくらいに。
最も大金が集まったところに最初に来るだろう、とは勅使班全員の予測だ。
もちろん、手は打ってあるが、この支店に最も多くが張っている。
そう、サンタの格好をした行員たちにまぎれながら。
そして、今、いつもは窓口担当など、滅多にしない金森の合図を受けて、す、と窓口を覗き込んでいる男の脇へと立つ。
男へと、にこやかに金森が告げる。
「大変申し訳ございませんが、ご指定の口座はたった今、凍結されました」
「理由は、自分が一番知っているだろう」
隣に立ったサンタ、いや、透弥が平坦に告げる。
詐欺がバレた、と悟った男は、勢いよく身を翻しはしたのだが。
いつの間にか、サンタたちに囲まれている。しかも、クリスマスを祝っているとは言えない、厳しい目つきのサンタに。
「もう一人駐車場にいた人は、別の車に移っていただいたから、運転手いないですよ?」
との三森の言葉に、ぐ、と唇を噛みめる。
効率よく囲まれてしまった状態で、逃げようにも逃げられないことを理解したのだろう。
がくり、とうなだれた男に室谷が手錠をかけて詐欺自体は終了、ついでに興銀の派手なクリスマス演出も終了だ。

せっかくのクリスマスだったのに、だの、彼女いなくたって忘年会の口実なんだ、とかとグチをこぼしつつ、金森をリーダーとする興銀の確認チームは確実に仕事をこなしていく。
別に手を抜いている訳では無いことは、金森の手元を見ていればわかる話だ。
照会を手伝っている透弥との流れは、必死の様子でやっている金森の後輩たちと比べると格段の早さだ。
グチを聞き流しているどころか無視しているようにしか見えない透弥は、金森の手が留守になりそうになるのを見越しているかのように、時折、返事を返す。
「忘年会なら、日付をずらしたと成瀬が言っていたが」
「それならそれで、他の予定が入れられるだろうが」
「そんなに、クリスマス当日に彼女がいないという事実を噛みしめたかったのか。では、そう伝えておこう」
数字だけの書類に目を落としていた金森が、軽く視線を横に動かす。
「誰に」
「お前がこれから、忘年会を予定していると思われる人間に」
透弥は、実にさらり、と言ってのける。が、つ、と血の気を引かせたのは三森だ。
「神宮司が言うと、シャレにならない範囲に話が広がる気がするんだけど?」
「……言わなくていいです、申し訳ありませんでした」
金森の返事が遅れたのは、ただ単に言葉を失っていたからだけらしい。早口に言ってのけると、書類の処理に没頭し始める。
無言になったはずなのに、一時間も経たないうちに、またも、似たようなことを言って透弥に黙らされることになるのだから、飽きがこない。
出世競争でよほどうっかりと外さない限り、末は基幹銀行の頭取か副頭取は約束されているような男が、実に口が減らない。グチをこぼしているのにも飽きてきたのか、聞いたことのあるメロディーを鼻歌でやり出す。
それが、聖この夜、と呼ばれるクリスマスソングなのは、勅使たちにもさすがにわかる。金森の後輩たちも、当然だ。
「金森さーん、さすがにソレはムナシイんで止めませんか」
「あー、でも静かな夜じゃねーなー」
泣き言を言われたのを、するりと無視しての独り言の後。
「Lively evening Holy evening」
などと、歌い出す。
「どちらかというと、Noisyだろう、主に要因は一人だが」
相変わらずしれっと透弥が返し、勅使が笑う。
意味がわかっているらしいことにいくらか驚いた視線を送りつつも、金森は透弥を見やる。
「そういうこというと、無駄にルシュテット語とかやるぞ。元々は、あっちが原語の歌だからな」
「どうせやるなら、元の歌詞にしろ。騒がしい夕方なんて歌、誰も聞きたくない」
ああ、先ほどのは替え歌だったのか、とは他の刑事と金森の後輩の内心だ。
「ルシュテット語は聞いたことが無いな」
勅使ににこやかに言われて、金森は後に引けなくなったのか本当に歌い出す。
「Stille Nacht, heilige Nacht!」
「ま、今年はどちらかっていうとサンタの役目ということだな」
聞き終えた勅使が、軽く拍手をしながら、さらり、と言う。
金森と後輩たちが、誰からともなく顔を見合わせて、苦笑すると三森も頷く。
「ですねぇ、そういうのもたまになら、悪くないかな」
「サンタとしては遅刻気味ですが」
相変わらず冷静な透弥の言葉に、金森が真顔を向ける。
「25日の窓口が終わるまでは、クリスマスなんだよ」
きっぱりと言ってのけ、書類に向かい直す。

ほぼ缶詰状態の数時間の後。
「よし、これでどうだ?」
「間違い無いです、完了です」
最終確認をしていた、金森の後輩が頷く。その手にあるのは書類ではなく現金だ。
三口座分の現金全てが、被害届と必要書類に記載された金額ごとに、封筒におさめられている。返還される金額全てが、きっちりと耳をそろえて用意された、ということだ。
「せっかくならウチに口座を開いていただけるとありがたいけど、そこまでは本日中は苦しいからなぁ」
と苦笑しつつ、金森が透弥を見やる。
「お前の腕次第だろう」
「挑戦的だねぇ、ま、サンタのような営業さんってのも悪くないかもな」
相変わらず、口の減らないやり取りに笑いつつ、後輩が扉を開く。
銀行の外向け業務が終わるまでは、まだ一時間。
廊下の先に待つ、不安気な経営者たちを笑顔にするのには、充分なはずだ。
「じゃ、こちらはこれで」
透弥の言葉を合図に、勅使たち三人はそのまま背を向ける。
金森たちスーツのサンタたちは、誰からともなく口元に笑顔を浮かべ、歩き出す。

銀行の外に出て、思い切り伸びをした三森が、軽く唇を尖らせる。
「イイなぁ、銀行員のお兄さん方は、なんだかんだで気分良くクリスマスだもんなぁ」
「さすがに、起訴本日中はありえないな」
に、と勅使が笑って返す。
「どこかの国には、悪い子に罰を与えるサンタもいるそうです」
ぽつり、と加わった声に、勅使と三森が同時に振り返る。透弥は、小さく肩をすくめる。
「リスティアでの一般的なイメージとは程遠いですが」
「あー、そうか、悪い子におしおきするサンタか」
言ったなり、三森の声が、数段低くなる。
「悪い子はーいねーがー」
「ナマハゲサンタか、悪くない」
にこり、というよりは、凍てついた、という方が正しい笑みが勅使の顔に浮かぶ。
「まあ、せいぜい、反省してもらうことにしよう」
三森と透弥は、軽く視線を見交わす。
「あ、でもロクでもないヤツが世間から減ったんだから、俺たちもイイサンタでもあるよな」
などと、トボケたことを言い出す三森を軽く無視して、透弥は運転席へと乗り込み、エンジンをかける。
「よし、戻るぞ」
勅使にもさらりと無視されて、微妙にしょぼんとしつつ三森も続く。
軽くタイヤをきしませつつも、覆面パトカーである車はすべらかに本庁へと走り出す。
もちろん、警視庁で待つ悪い子にもサンタはほほ笑むことになる。
過不足ない自供をさせる為に。


〜fin.

2011.01.14 LAZY POLICE 〜Holy evening〜

■ postscript

特別捜査課創設前年のクリスマス。勅使班はこんなでした。

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