□ ヒーロー登場?! □
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出勤すべく、靴を履こうと腰を下ろしたのと同時に、ものすごい勢いで引き戸が叩かれる。
「駿ちゃん、大変だ!」
近所の商店街を仕切る、八百屋のオヤジの声だ。
ともかく鍵を開けて、顔を出すと。
血の気の引いた八百屋のオヤジが、身を乗り出してくる。
「大変だよ!神社さんで、男が!よっさんとこの桃ちゃんを!」
駿紀は、自分より頭ヒトツ低い親父の肩に手を置く。
「おっちゃん、大きく息吸って、もっと」
一拍置いて、続ける。
「うん、吐いて。神社に来たのは、知らない男?」
「あ、ああ。子供らが遊んでるところに、いきなりツッコんで来て、ちょうど境内のまん前にいた桃ちゃんを。犬の散歩してた豆腐屋のが見たんだ」
狭い町内のことだ、すでに大騒ぎで人も集まっているだろう。
「他の子は?」
「神社にいるまんまなんだ、引き剥がそうとしても、どうにもダメで」
「要求とかしてるかわかる?」
「あー、その」
言いよどまれれば、すぐにわかる。
「警察には言うな?」
「そ、そうなんだ。でも心配で」
「おっちゃんが正しいよ、ありがとう」
ともかく、すでに知ってしまったのだから、本庁に連絡を入れて応援を頼むべきだ。
「他の人が警察に連絡入れたりは?」
「ともかく駿ちゃんだと思ったから」
ならば、早急に連絡を入れなくてはなるまい。問題は、誰に、だ。
電話へと振り返ろうとした駿紀の腕を、八百屋のオヤジは強く掴む。
「早く行ってやってくれ、桃ちゃんの首が」
「首?」
「その、余計なことしたら絞めるって、なんだかややこしいんだ、ええと、ああ、そうだ」
どうにか説明しようと頑張っていた八百屋のオヤジは、はっとした顔つきになる。
「子供らが、フレなんだかだか刀がなんだかとか、の怪人24号とかいうのだって騒ぐんだよ」
「……ああ」
非番の日は、時間が空けば子供の相手をしている駿紀には、それだけでどんな状況かを理解する。
滅多に無いのだが、遊んでくれる警察のお兄ちゃんに子供たちはよく懐いてくれている。
最近、子供たちがご執心なのは「戦記フレイムソード」という子供向けヒーロー物だ。絵本とラジオドラマ、映画などの媒体を駆使して展開されており、大人気らしい。
そんな訳で、自然と増えてしまったフレイムソードについての知識によれば、怪人24号は、ムチを使って狙った相手の首を絞めるはずだ。
しかも、子供らがすぐにソレを連想したとなると、なかなかに面倒な光景が広がっていること請け合いだ。
なんせ、子供たちへの絵的な情報は基本的に本だから、静止画像だ。そのせいかどうか、派手な画面が多い。
やはり応援は必須、と思ったところで電話が鳴る。
八百屋のオヤジの声に出てきていたしづが、すぐに受話器を取る。
「はい、隆南でございます……ああ、神宮司さん」
「神宮司?」
驚いて、差し出された受話器を受け取る。
「そちら方面に凶悪犯が逃亡したという情報が入った」
「ああ、応援頼むところだったよ、近所の神社で子供が人質だ。凶器は紐か縄かゴムか」
「縄?」
怪訝な声になる透弥に、駿紀はいつか子供らと見た絵本を思い出しながら具体的に告げる。
「ご神木に片方縛り付けて、子供の首に絡ませて、もう片方自分で持ってるっていう、ド変態ヤロウだ」
数秒の沈黙の後。
「八分で行く、どんなに遅くても十分だ」
こんな時に、透弥が戯れを言うはずが無い。
確かに駿紀の家は、本庁からさほどは離れていないが、徒歩と地下鉄で三十分はかかる。
本庁から駿紀の自宅まで八分で来れるとするならば。
「了解、時間稼いどく」
返事も無く電話は切れるが、充分だ。絶対に透弥は約束通りに来る。靴の紐をしっかりと縛り上げ、勢い良く立ち上がる。
「おっちゃん、行こう」
「あ、ああ、駿ちゃん!」
大きく頷いて、八百屋のオヤジも続く。
もちろん、駿紀の足は俊足で知れたソレだから、あっという間に八百屋のオヤジは置いてくことになるが、気にしてはいられない。
遠巻きに、だが、絶対に動こうとしない子供たちは、足音の主が駿紀だと知ると、口々に声を上げる。
「駿紀兄ちゃん、桃ちゃん助けて!」
「24号やっつけて!」
「駿紀兄ちゃん!」
「ね、アイツやっつけて」
なるほど、確かに絵本で見たままだ。
血走った眼の犯人の手には、ぎっちりと縄が握られており、合間に桃という名の幼女というくらいな年齢の少女、そして更にご神木。
予測通りだとはいえ、ある意味、感心せざるを得ない。
が、いつまで感心してる場合ではない。
案の定、新たに登場した人間に、犯人は警戒心丸出しだ。
「なんだテメェは!」
「俺は」
警察だ、とは言えないことに気付く。
なんせ、通報するなと言われているのだから。
下手に刺激する訳には、いかない。かといって、あまり相手との距離は空けたくない。
考えあぐねた結果、出た言葉は、子供たちの大好きなフレイムブレードが、怪人たちに誰かと問われて返す言葉になってしまう。
「えーと、端的に言うなら、正義の味方?」
ヒーローのクセに疑問形になる理由が、なんとなくわかった気がする。自分で自分を正義の味方などと名乗るのは、思っていた以上に恥ずかしい。
「はっ、じゃ変身でもするってのかよ!」
「いや、変身なんてしないけど」
軽く髪をかき混ぜる。そんなコトが出来るなら、とっくに相手に手錠かけて終わっている。
非現実的なコトは出来ないが、現実的な対処を怠るつもりも、さらさら無い。
人より感度がイイ耳が、約束の八分が近いことを知らせる。
背後を、振り返る。
「ひとまず、もうちょっと離れてくれる?」
にこやかながらも、真剣な目で告げると、子供らは大きく目を見開いたまま、そろそろ、と後ずさる。
つられる様に大人たちも。
「で、しゃがんで、耳ふさいで」
同時に、すさまじい轟音があたりに響き渡る。
予測していた駿紀でも、正直凄い、と思う。
なんせ、白塗りのヘリがかなりの低高度まで下りて来ているのだから。
耳は塞いでいるが、一人立ちっぱなしの駿紀には、はっきりと光景が見える。
操縦士とは反対の扉がコチラを向き、勢い良く開くと、耳に防音のマフをつけた透弥が上半身乗り出す。
手にしているのは、いつもヴェシェII型でなくてライフルだ。
構えると、なんの迷いも無く連続で二発放つ。
弾丸は正確に縄の両側を断ち切り、少女がよろめく。それを駿紀は、受け止めがてら首に残った縄を外し、背後へと押し出す。
人質を奪われたと知って、犯人は走り出そうとする。
「そうはいくかよ!」
数歩行かせずに追いつき、腕をひっつかんで、勢い良く背負い投げを食らわせる。
背の半分は石畳に叩きつけられ、カエルが潰れたかのような声が漏れて、伸びてしまう。
完全に押え込んだと判断してから顔をあげると、いくらか高度を上げてはいたが、まだ扉を開けたままの透弥がライフルを手に見守っている。
うっかりと逃げられかかったら、援護する気だったのだろう。
大丈夫とありがとうを込めて、駿紀は軽く右手を上げる。
無表情のままだが、軽く頷き返すと透弥はライフルごと身体を引く。
扉が閉じると同時に、ヘリは急速に高度を上げ、方向を警視庁へと変える。
轟音の後から聞こえてくるのは、透弥が手配してくれただろう応援が駆けつけるサイレンの音だ。

犯人を担当に受け渡してしまえば、この場での駿紀の仕事は終わりだ。書類は書かなくてはならないが、それは出勤してからになる。
あたりを見回すと、桃は騒ぎを聞いて駆け付けた母親にぴったりとしがみついている。首の様子を確認させてもらって、念の為に病院に行ってもらわなくてはならない。
母親に会釈しつつ、近付いてしゃがみこんで、視線の高さを近くする。
「桃ちゃん、大丈夫?よく頑張ったね」
声をかけると、母親から顔を離して振り返る。
「駿紀兄ちゃん」
こちらを向いた顔は、意外にも泣き顔ではなく興奮で紅潮したモノだ。
「駿紀兄ちゃん、フレイムソードだったんだね!」
「は?」
驚いて、目を見開く。
桃の言葉を合図にしたかのように、わっと子供らが寄ってくる。
「すごいよ、すごいよ!」
「ホントに24号やっつけちゃった!」
「だいじょうぶ、ボクたちちゃんとヒミツまもるし!」
いやいやいや、と駿紀は内心で慌てて否定する。
確かに怪人24号めいたのを捕えたし、警察と言いあぐねてヒーローの口真似もしたが。
一人の少年が、駿紀のスーツの袖をひっぱりながら問う。
「ねーねーねー、氷室さん、ケイサツにもどっちゃったのー?」
ああ、やっちまった、と瞬間に思う。
多分、駿紀一人だったら警官はカッコいい正義の味方、で終わっていた。が、透弥があまりに見事な援護をしてくれたせいで、完全にヒーローの方へと子供たちの思考がコケてしまったのだ。
フレイムソードが人間である時の親友であり、戦いの際には頼もしい相棒である氷室という人物がおり、彼の得意は射撃なのだ。
生身の人間がヒーローの援護をするなら、それが最も向いているというのがあったのだろう。
ついでに、熱血な主人公と対比を際立たせる為か、冷静で無表情で無愛想な警察官だ。ある意味、透弥にお似合いでもあるが。
などと、思考が微妙に逃避する。
「駿紀兄ちゃんたち、カッコよかったなー」
「うん、目と目でわかる、だよね」
頭を抱え込みたいような気になってくる。
そういえば、声に出さず挨拶するようなシーンもあったような。
「ねー、氷室さんはー?」
「あれは氷室じゃなくて、神宮司……」
そんなことを訂正しても全く意味が無いのだが。
「ジングウさん?」
「神宮司」
うっかりと、正確を期してしまう。子供らは、顔を見合わせる。
「だってそうだよ、駿紀兄ちゃんだって名前かえてるんだから、氷室さんもちがうんだよ」
「そうだよね、ジングウジ、ってかわってるから人にわかっちゃうもんねー」
いやいやいや、俺らはれっきとした警官で、変身ヒーローなんかじゃ無いって、というのは内心でしか言えない。
「でで、ジングウジさん、げんばけんしょーしないの?」
確かに、物語の氷室刑事は、異世界人の事件担当だから事件後は現場検証をする。たいてい、どこか調子の良さを持ち合わせている主人公を、軽く追いやるように自分は検証へと入っていくのだ。
多分、あれは必要以上に主人公を関わらせないよう、そして周囲に正体が知れて生きにくくならないよう、遠回しに気を使っているのだろうと思うんだが。
と、考えかかって軽く首を横に振る。
それを、別の意味での否定と取って、子供たちは、えー、と声を上げる。
「なんでなんで、げんばけんしょー、しないとダメでしょ」
「そうだよー、どーしてー」
透弥と氷室刑事は別人だと口にするのは簡単だが、今の子供らが信じるわけが無い。
それに、いい加減、本庁に向かわなければ。
困惑しつつ周囲を見回せば、さすがに大人たちが気付いて、子供たちを引き剥がしにかかる。
「ほら、お兄ちゃんもお仕事いかないといけないんだから」
お仕事、という単語は子供らに別の興奮をもたらしたようだ。
「あ、わかった、ジングウジさん、つぎの怪人とこ!」
「はやく行ってあげないと!」
「そうだよ、ケガとかしっちゃうよ」
ああ、そうそう氷室は無表情で無愛想で冷静だが、コト怪人のことなどになると熱くなるのだったな、と駿紀を記憶を辿る。一人で追っても、トドメを刺すコトは出来ないのでピンチに陥ったりする。
もちろん、主役であるフレイムソードのカッコ良さを際立たせる為なのだろうが。
いや、そんなことを思い出している場合ではない。
「ありがとう、じゃ、ね」
軽く手を振って、子供たちから離れる。
周囲に聞き取りをしている刑事へと挨拶をして、神社を後にしようとしたところで、八百屋のオヤジが近付いてくる。
「駿ちゃん、今日のは凄かったねぇ。いやー、なんか映画みたいだったよ、うん」
声を潜めてはいるが、その瞳はキラめている。
子供も大人もこの調子では、どうもしばらくはご町内は大騒ぎだろう、と軽く髪をかき回しつつ歩き出す。
「駿紀兄ちゃん、がんばってねぇ!」
「ジングウジさんにも、いっといてねぇ!」
懸命に手を振ってくれている子供たちに、軽く手を振り返して、前を向いて。
うっかりとヒーローの相棒にされてしまった、と透弥に言ったなら、どんな顔をするのだろう、などと思いつく。
が、考えるまでもなく、返ってくるのは不機嫌な表情だ。
そんな、子供だましに付き合っていられるか、とばかりに。
でも、御伽噺にも一端の事実は含まれている。
自分はけしてヒーローなどでは無いけれど。
少なくとも、神宮司透弥という存在は、自分にとっては大事な相棒だ、と言い切れる。
そうだな、と抜けるような高い青空を見上げて思う。
超常的な力など、現実にはあり得ないけれど。
自分の命を預けられる人間というのは、存在する。
そんなリアルが、あのヒーローの人気を支えてるのかもしれない、そうだといいな、などと思いながら地下鉄の駅へと足を踏み入れる。


〜fin.

2010.09.09 LAZY POLICE 〜Here comes a hero?!〜


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