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ニ宮
 蟹宮  子宮

浜辺に腰をおろしていた橘橙(チューチョン)は、少し、眉を寄せた。
蟹座守護司である橘橙の仕事は、海の嘆きをきき、なだめてやること。
だから、いつもこうして浜辺に腰をおろして、海の声を聞きつづけているのだが。
最近、しつこく言ってくる名がある。
その名で呼ぶことは、いまは禁忌のはずの獅子座守護司。
名目上、空位であるはずのそれは、名を口にするのすら禁忌になってからのほうが、その役目を果たしている。
見つけ次第捕らえよとの厳命を知りつつ、守護司の誰もが動かないのは、それを知っているからだ。
過ぎるほどに純粋に、役目かどうかなど関係なく、獣たちを守りたいと望んだから。
彼は禁を犯したのだ。
その彼を見かけた、と海は言う。
「ふうん?」
気のない返事を返した橘橙に、海は少し、波を荒立てた。
白い人に、頼まれた、と言う。
牡羊座守護司の乳白(ルーハイ)だと、すぐに察しがつく。
乳白は守護司の中では最も無邪気だと言っていい。この世の邪気など、目に入らないし、知らない。
禁を犯したとはいえ、説明すればわかってもらえる、と信じて疑っていないようだ。
その純粋さがなければ、牡羊座守護司の役目はとても果たせないが。
時として、それは他人にはよけいなお世話となる行動となることも、ある。
禁を犯した者が、捕らえられたら。
間違いなく、説明する機会など与えられぬまま、抹消される。
それがわかっているからこそ、守護司たちは彼を探さない。
ただ、海の目に付いてしまったのはやっかいだ。
全ての水は、海の支配化にある。
「どうかなぁ」
橘橙は、首を傾げてみせる。
「身を隠してるヤツが、そう簡単に水辺で本性出すかな?」
でも、見たものは見たというように、波は揺らめいた。
「守護司なんだぜ?海がどれほど偉大か、知らないわけ、ないだろ?」
波は、少し緩やかなものになるが、でも納得した様子ではないようだ。
橘橙は、立ち上がって砂をはたいた。
「ま、様子は見てくるよ、すっげー確立は低いけど、ホンモノかもしれないしさ」
ホンモノである確立は、かなり高い、と思いながら。

この地上で生けるもの全ては、水を必要としている。
人であろうと、獣であろうと。
共にあった昔も、言葉を分かった今も。
だから、獣たちを守ることを選らんだ彼が、水辺に現れる可能性は限りなく高い。
そこに危険がないかを確認する為に、自らが先頭に立っていたかもしれない。
海が告げた場所へと、橘橙は赴く。

ゆるやかに小川が流れる岸辺に。
木漏れ日の中でも煌く金の鬣。
ちら、と視界に入ったなり、橘橙は背を向けた。
「ふうん、ここらはホント、一休みするには気持ちいいな」
突如聞こえた大声に、小川の向こうの動物たちが緊張するのがわかる。
だが、先頭にいた金の獣が動こうとしなかったために、他の動物たちも大人しく様子をうかがっているようだ。
「だけど、人が来る場所じゃ、ないな」
彼なら、叶緑(イエリュー)なら、真の意味に気付くと、信じるしかない。
橘橙は、己の発した言葉どおりに、その場を立ち去る。

彼の目前に、水が、流れてる。
そして、告げたのは蟹座守護司。
ただ、気付くと祈るだけ。
海には。
毛並みのいい、ライオンはいたけどね。
違うみたいだったぜ。
そう、告げた。
海は、ただ、静かな波を寄せていた。
-- 2001/06/13

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