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ニ宮物語

 羊宮 + 牛宮


「きっと、嫌いににはなれない」





背後から近付いてくるのは、子供の足音だ。
だが、この気配は、よく知っているものだ。
嫌な予感がして、牡牛座守護司、紅狐(ホンフー)は振り返らずにいる。
「紅狐!」
嬉しそうな、牡羊座守護司、乳白(ルーハイ)の声。
が、いつもよりも、ぐっと高い声は、子供と変わらない。
まさに、嫌な予感的中らしい。
頭痛がしてきた気がして、紅狐は思わず額に手をあてる。
聞こえなかった、と思ったのか、背後からは更に大きな声がする。
「紅狐、聞いて!」
嫌だ、と言ったところで無駄だろうが、と珍しく口の中で悪態をつく。その悪態が終わる前に、彼は飛びついて来た。
「……その小さいなりになった理由を、か?」
ぼそり、と返事を返す。
とてつもなく低い声と横目だけの剣呑な視線で、己の姿が紅狐の機嫌を損ねたのだ、と乳白は気付いたらしい。
「だって、全部、燃やし尽くされてしまっていたんだもん……」
上目使いに、泣きそうな顔つきで言う。
「そりゃ、愚か者ぞろいだからだ」
イライラを隠し切れぬ口調で、紅狐は言う。
「祝福があれば、いつかは大地は実るだろう」
「それじゃ、遅いんだもん」
「実りが遅いならば、交易も出来る、戦は終わったんだから」
きっぱりと言い切る。
何処で何をやったからこうなったのか、は紅狐もよく知っている。己の仕事とは全く関係のない地であったのに、乳白がえんえんと話すせいで、手に取るように状況を理解出来ている。
とある地に、己が最も貴いという意味を、取り違えた王がいた。
暴虐な王は、地の実り全てが自分のモノというかのように搾取していた。
その王を倒さんが為、一人の将が立ち上がる。
地は、王にへつらう者と将に従う者とに二分される。
長い、戦乱の始りだ。
戦乱が広がり、苦しむのは、王ではない。将でもない。
民だ。
それでも、民は将への期待をたくして、己のためのほんの少しの蓄えを差し出した。
そして、将は勝利へと、少しずつ近付いていったのだ。
勝利の女神の気まぐれに振り回されながらも、奇跡的に生き長らえて。
そして、錯乱状態に陥った王は、地を焼き払うという暴挙に出た。
勝利は得られた。
王が蓄え込んでいた穀物庫を開放すれば、実りまでのしばしの間は、食いつなげるはずだ。
だが、『善良な者たちに祝福を与える』ことが仕事である乳白は、それでは満足できなかった。
はやく、地が実りで溢れるように。
搾り出せるだけの力を、地に与えたのだ。
その結果が、この姿。
己を保つことが出来ず、子供サイズになってしまった。
「与えられるべき、祝福だったもん」
絶対に、己の意見が間違っている、とは言わない。認めない。
確かに、乳白の判断は合っている。
祝福を与えるべき者たちだという。
だが、己が消える危険性まではらんで、やる仕事ではない。そうすべきではない。
空位になることは、あってはならないのだ。
千時祭を待つ、今は、絶対に。
それに。
乳白の中には、己の信念に従ったことで、誰かを傷つけるという考えはない。
教えることは、簡単だ。
だが、もし、教えたら。
いつか、壊れる。
紅狐のようには、整理して、諦めることは出来ない。
それが、乳白だから。
だから、結局は。
諦めるのは、飲み込むのは、紅狐なのだ。
紅狐は、ヒトツ、ため息をつく。
「はいはい、で、どうなったって?」
機嫌が直ったらしい表情に、ぱっと乳白の顔が輝く。
「あのね、城にはね、桜が残ってたの、ほら」
地を、指してみせる。
「はん?で、あれも咲くのか?」
「ううん、あれはねぇ、違うの」
乳白は、妙に嬉しそうな笑みを浮かべる。
「……?」
首を傾げつつも、乳白が満足ならばそれで構うまい、と紅狐は肩をすくめた。



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『乳白は純粋なお子様』ということだったんですが、よりオコサマらしくということで、なりは成長してるのにやることはオコサマってなことで(苦笑)。
己の力量以上って、当人は満足なのでしょうが。
ため息をつきつつも、紅狐は、見捨てることは出来ないでおります。
この困ったさん、いつか紅狐の胃に穴空けないといいんですけどね。ま、そのあたりは、他がフォローするのでしょう(笑)。

-- 2002/09/15



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