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ニ宮物語

 子宮 + 秤宮


「たった一度の、微笑み」





複数の足音が、しかも走ってくる足音が近付いてくることは、珍しい。
天秤座守護司、黛藍(タイラン)は、こころなしか、フードの下の視線を上げる。
だからといって、その瞳が見えるわけでも、怪訝そうな表情が口元に浮かぶわけでもない。『善悪を量る天秤』を手にする天秤座守護司である限り、全ての感情を表してはならないから。
やがて姿を現したのは、双子座守護司、紅蓮(ホンリョン)と青蓮(チンリョン)だ。
「あのね、あのね、量って欲しいことがあるんだ!」
紅蓮が、黛藍の目前まで行くのが待ちきれずに口を開く。
距離があるから、おのずと叫ぶことになるわけで。
紅蓮に負けじと、青蓮も声を上げる。
「あのね、燃え尽きた大地にね、花を咲かせることは、罪?!」
話が見えないので、黛藍は、ただ、その場に立っている。
やっと黛藍の目前まで辿り着いた二人は、口々に言う。
「あのね、お城があそこにあるでしょう?」
量ることが可能かどうか判断する為の行動は、許されている。黛藍は、紅蓮の指した方へと、身をかがめる。
「昨日まで、戦続きだったから、お花が皆燃えちゃったの」
青蓮が言う。
「それでね、さっき地上へ行ったらね、『花を咲かせてください』って」
「そう、皆がね」
「そしたらね、玖瑰(クンメイ)ねえさまが『桜呼ぶ曲』なら・・・って、呟いてたの」
「でもね、それって宵藍(シャオラン)にいさまの笛がなきゃダメでしょ」
「天の力がなきゃ、ダメってことでしょ」
「ほかの花は全部、燃えちゃったんだけど」
「お城の桜だけ、大丈夫なの」
「だから、笛があったら、花が咲くんだよ」
「花が咲いたら、皆、元気になるよね?」
「だからね」
二人の声が揃う。
「桜を咲かせることは、罪?」
黛藍は、微かに頷く。
罪だと肯定したのではない。天秤で量る価値あるモノと判断した、という意味だ。
音もなく、立ち上がる。
天秤を手にした左手を、す、と上げる。
右手の人差し指が、右の皿を差す。
一片の、花弁が乗る。
今度は、左の皿を指す。
そこには、なにも乗らない。
天秤をさげる鎖の先の、星を象った鈴が、ちりん、とヒトツ、高く鳴る。
ゆらり、と揺れる。
左の空の皿が、ぐらり、と下がる。
そして、右の皿の上の桜の花弁が、きらり、と輝く。
重みがある方が、罪深い。
光り輝いたモノが、正しい。
「やった、桜、咲かせていいんだ!」
紅蓮が、飛び上がる。
青蓮が、すぐに背を向ける。
「はやく、玖瑰ねえさまに言ってこよう」
「待って、青蓮」
紅蓮が、青蓮の腕を掴む。
「あ、そうだよね」
慌てて、青蓮も黛藍の方へ体を向ける。
そして、二人して、ぺこり、と頭を下げる。
「量ってくれて、ありがとう!」
それから、二人で背を向けると走り出す。
「よかったね!」
「玖瑰ねえさんも、喜ぶね」
「きっと、湖緑(フーリュー)にいさまも喜ぶよ」
「宵藍にいさま、吹いてくれるかな?」
口々に言いながら、走り去って行く。
玖瑰に、笛でもって桜を呼んでもよい、と秤が言ったことを、伝えに。
皆が笑顔になる為に。
ただ、その為にここまで走って来たのだろう。
仕事を終えて、息を切らせて。
黛藍の口元に、淡雪のように笑みが浮かんで。
熔けるように消える。



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『黛藍は、男にも女にも見えるように』とのことで。大当たり、でございます〜!性別も、伺わせてはならないわけです。
好奇心旺盛のお子様ずは、黛藍の手にする秤にも興味深々でございます。両側からのぞきこんでる紅蓮と青蓮が、ものすごーく可愛くて!
これは、さすがの黛藍といえど、思わず笑みをもらしてしまうのもわかろうというモノでございます。


-- 2002/09/15



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