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ニ宮物語

 子宮 + 魚宮


「どんなに遠くても、想ってる」





戦が起きれば、餓えるのは民ばかりではない。
地を焼き尽くされた民が、食を得る為に手を伸ばすのは山河だ。
生き抜く為に、平時よりもずっと奥まで入り込む。そして、あたりの獣たちをも、狩る。
いつからか、山からは動物たちの姿が消える。
人には踏み込めぬ山奥へと、引いてしまうのだ。
だが、そのような場所は獣たちにとっても、けして生きやすい場所ではない。
獣たちを、人にむやみに狩られぬ場所へと導いた黄金のたてがみを持つ獅子が一頭、夜の闇にまぎれて地への道を急いでいる。
地の騒乱がどうなったのか、様子を伺いに来たのだ。
景色が眼前に広がった瞬間。
獅子は、その足を止める。
やわらかな風と、月明りの下にほの白く浮かび上がる桜。
そして、遠く微かに響く、笛の音。
平和そのものの、いや、幽玄ともいうべき景色が広がっている。
つい、先日は戦のせいで、全てが焼き尽くされてしまっていたのに。
地には、新しい芽吹きの予感が満ち溢れ、歓喜の祝いに酔いしれた人々は、幸せな眠りについていて。
その平安を祝うかのように、桜が咲き乱れる。
ああ、そうか。
獅子座守護司、叶緑(イエリュー)の化身した姿である獅子は、思う。
ここは、いま、皆の祝福で溢れているのだ。
やっと、訪れた平安を、祝っているのは人だけではない。
この、美しい景色を。
一緒に見られるのならば。

今日は、ずいぶんと長いこと山羊座守護司、宵藍(シャオラン)の笛が聞こえる、と思いながら魚座守護司、丁香(ティンシャ)は望みの輝石たちを確認して回る。
そして、急に反応を始めた望みの輝石に気付く。
またたく間にに光を強めた輝石は、いまにも、その力を解放しようとしている。
反射的に、それを抑えようとした彼女を、白く強い光が包み込む。
あたりに広がった景色に、丁香は戸惑う。
白い光に包まれた、と思ったのに、周囲は夜だ。
おぼろの月明りだけが、空にある。
柔らかな風が、頬に触れるのに気付く。
視線の端にうつったモノを辿ると、そこには満開の桜。
月明りに照らされて、ほの白く浮かび上がっている。
水の中に住まう丁香が、目にするはずのない、景色。
彼女が焦りを感じなかったのは、先ほどから変わることなく宵藍の笛の音が聞こえているからだ。
邪悪な意図のある空間ではない、と信じることが出来る。
それどころか。
とても優しい祈りに満ちた景色だ。
我知らず、ふわり、と微笑む。
『丁香に、この景色を見せることが出来ればよいのに』
輝石に込められた、望みの声。
はっとする。
この輝石の主が、誰だかわかる。
そして、なぜ、この景色の中に自分がいるのか、も。
きっと、いま、叶緑はこの景色を見上げているのだ。
地上に降りてから、ずっと、様々な景色を見ては思うことを、今日も思ったのだ。
だが、今日の景色はいつもの景色とは、少々異なったのだろう。
守護司たちが多数関わったせいで、ほんの少しの力でも作用が大きくなっているのだ。
だから、叶緑の望み通り、こうして丁香の前にもこの景色が広がっている。
「とても綺麗ね、叶緑」
そっと、呟く。

ひときわ優しい風が頬に触れた気がして、黄金のたてがみの獅子、叶緑はふ、と視線を天へと上げる。
この、感覚は。
「丁香……?」
その、微かな呟きは夜空へと、溶けて消える。
微かな笑みを浮かべて、獅子は人々の住まう景色に背を向ける。
獣たちを、餓えずとも住む場所へと、導く為に。



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『丁香はおとなしめだけど、芯が通った感じに』。まさにその通りで、私もそう思っていたので(><)!
叶緑が、頼りになりそうなところも好きです。
遠く離れていても、この二人は強く想いあっている気がするので。


-- 2002/09/15



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