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水霞



あの日も、濡れていた。
忘れようとて、忘れられぬ光景。
水の中で繰り広げられる、凄惨な光景。
一人が生き延び、一人が死んでいく。
違うのは。
あの日生き延びた自分が、今日は死んでいくということ。
いまなら、分かる。
あの日、父が生き延びろと言った意味が。
どうして、己を生かせたのか。
死んでいくことが出来るのは。
引き継いでくれる者が、いるからだ。
夢を、力を。
背負い、必死で生き延びてくれる者があるからだ。
己が死んだという事実さえ、生きる力に変える。
それができる若さという力。
眩しいくらいの生命力。
どしゃ降りの雨よりも勢いよく落ちる、関の水。
その向こうに霞んでなお、光を放つ。
どうあっても生き延びよ。
その言葉のままに、敵を切り倒して。
血路を開いていく。
いつかの自分と同じように。
全てを失い、成す術も無く泣いていた少年が。
己の手を借りずに、生き延びてくれる。
父から受け継いだ大事なものを。
受け渡すのに相応しい男になった。
行く手を阻む最後の敵を切り捨てて。
彼は、振り返った。
最初に出会ったときと同じように。
成す術も無い、不安な子供の瞳で。
笑って頷いた。
それでいい。
まっすぐに、前を向け。
後ろなど振り返らず。
ただ、生き延びろ。


〜fin.〜


蛇足!
スーパー歌舞伎に出てくる関平は、関羽亡き後も生き残ります。
死に場所は、街亭での敗戦後の天水城。本水のシーンなんですが、これがかっこよくて。
去年も濡れるのかまわず見惚れたんですが、今年も見入りました。
そんなわけで、三国志祭りなトップを飾るのに、書いてみました。
少しでもかっこよさが出てるといいのですけれど。



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