『 戦ノ理由 』



これが、当然の状況だと思った。
誰も、ついて来ようとはしない。
皆が、離れて行く。
はじめから、なにかおかしかったのだ。
私情で兵を挙げようとしている自分に、ついてくる人間がいるという状況のほうが。
恋人のことしか考えられない自分に。
だが、人がついて来てくれるのが当然と思いかかっていた自分がいたことも、確かで。
あまりに愚かな自分に、笑いがこみ上げてくる。
何様のつもりでいたのだろう?
まだ、律儀に目前にいる関羽と張飛さえも、愚かに見える。
笑いが、止まらない。
「お前たちも、曹操のところへ行けよ」
彼らに将としての才能があることは、自分がよく知っている。
たった一人の恋人の為に『天命』にさえ逆らおうとしている自分に付き合い、命を無駄にすることはない。
が、瞬間、自分の躰が浮くのを感じる。
殴られて吹っ飛んだのだ、と気付いたのは、少ししてからだった。
「馬鹿にするなっ!」
関羽が、こぶしを握り締めて睨みつけている。
「俺は桃園のあの日から、兄者について行くと決めた」
搾り出すように言う。
「なにがあっても、どんなことがあってもだ」
「そうだよ、ひでぇよ、兄貴!」
張飛など、目尻に涙が浮かんでいる。
「…………」
まだ、一人ではない。
まだ、自分について来ようという、人間がいる。
どうして、なぜ、俺なんかに。
かろうじて、その台詞を飲み込む。
望まれるなら生き延びるべきなのだということだけは、知っているから。
望む者を奪われる悲しみだけは、確かに知っているから。
「……わかった」
さきほどまでの、ヤケを起こした笑いは、もうない。
口元にあるのは、一軍を率いる将の笑みだ。
「行こう、生き延びる策を考えよう」

そして、走り出した長坂破に待ちうけていたのは。
援軍をかき集めてきた彼女と、己の身の証をたてる為に単身敵軍に斬り込んだ軍師。
「私がいなきゃ、やっぱりダメね!」
追い詰められてると知っていて、笑う彼女と。
「これで、少しは信じていただけますでしょうか?」
己の危険をまったく顧みず、表情すら変えず曹操の兜を投げ捨ててみせる彼と。
走り抜けた先に待っていたのは、血の海ではなくて。
ぬけるほどに青い空。
走り出す前よりも多い味方。
そして、新参の軍師すらも含めた、堅い結束。
ヒトツだけ、心に決めた。
もう、ついて来てくれる者を疑ったりはしない。
そして、ついて来てくれる者がある限り。
『天命』に逆らい続ける。
恋人を取り戻す為に、走り続ける。
だけど。
どうしたら、ついて来てくれる者たちに、応えられるのだろう?
己の勝手な我侭に、命すら晒してくれる者たちに?

「天変地異は、お前のせいだ!」
曹操が、迷いもなく指を突き付ける。
ずきり、と胸が痛む。
ついて来てくれる者がいる限り、走り続ける。
そう決めたけれど。
そして、走ってきたけれど。
自分が、ついて来てくれる者たちを苦しめているとしたら。
長坂破のあの日から。
ずっと前を見ていた視線が、我知らず落ちる。
言い返す言葉は、なかった。
自分一人の為に、『天命』に逆らっているのだから。
ついて来てくれる者たちに、応える術すら知らずに。
その時だった。
去ったはずの、彼の声が崖の上から響いたのは。
「天変地異は、劉備殿のせいにあらず!」
力強い信念に満ちた声。
「ご覧下さい!」
指して見せた先には彼の率いる軍と、そして。
蝗に襲われ、地震に苦しめられ、土地を去ったはずの人々。
「劉備殿!一緒に、この土地を蘇らせてください!」
一緒に。
はっとして、隣りの軍師に、孔明に視線をやる。
彼は、ただ微笑んだ。
冷ややかな自信に満ちたものではなくて、初めて見せる穏やかな笑みで。
「皆、殿を望んでおります」
振り返る。
なにがあっても離れないと言った、関羽と張飛だけではない。
将だけでもない。
兵たちだけでもない。
武器すらもたぬ、民たちもが。
自分を望みとして、見つめている。
いつも、答はあったのだ。
こんなにも、近くに。
まっすぐに前を見つめ直す。
「孔明、俺は掴んだ」
剣を抜き払いながら、はっきりと言う。
「俺は、民の望む世を創る」
孔明は、微笑んだまま頷く。
「殿の信念を貫かれれば、自ずと天変地異も収まりましょう」
天へまっすぐに向けた剣が、白い光を放つ。
「『天命』を覆し、新しい世を創る!」
呼応する声に、大地が揺るぐ。
崖の上の趙雲が、馬を跳ね上がらせた。
「殿、先陣、務めさせていただきまする!」
後ろに控えていた張飛が、手に唾してニヤリと笑う。
「よっしゃ、行くか」
「遅れを取るわけにはいかぬな」
関羽も、青龍偃月刀を構え直す。
「殿」
孔明の静かな声に、劉備は頷く。
もう、迷いはない。
望むものも、進むべき道も知っている。
天にかざした剣を、まっすぐに曹操へと向ける。
「全軍、進め!」


〜fin.
2001.11.04 A Reason for the war. Presented by Yueliang

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蛇足!
決戦II版の劉備。
長坂破のイベントと、天水ではっきりと目標を見定めるシーンがかなり好きなので書いてみたかったのです。
最初の戦の時、自分個人の望みの為に兵を巻き込むのを異様に躊躇うんですよね。
民のことなど、少しも考えてない自分という自覚があって。
その劉備が、だんだんと視野を広げていって、望まれていることを自覚する瞬間って、すごくカッコイイと思うのです。
そして、劉備が己が望まれてるって気付くまで、黙ってついていき続ける周囲がまたカッコイイ。
関羽、張飛だけでなく、一人で敵軍に切り込んでしまう孔明も、美三嬢も、負け戦のあと入る士元も、黄忠も。信念を理解したら、恥と知りつつ戻ってくる趙雲も。
てなわけで、決戦2の劉備軍、すごく好きです。


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