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降ル

 始動


信義に欠ける。
今度ばかりは、従えない。
そんな、酷い言葉の数々を吐いて立ち去った三人を見送ってから。
劉備は、薄い笑みを浮かべて、己が旗を見上げる。
事は成就する。
はっきりとした、確信を得て。
身を翻し、真っ直ぐに戻した視線に迷いは無い。
「我が鎧を持て、出陣用意」
通る命は、すぐに果たされる。
澄み切った冬空へと、戦へと向かう為の劉旗が翻る。
それを見上げつつ、劉備はこみ上げてきた笑いを堪える。
一度、盟を結んだ相手を途中で見捨てるなど、関羽たちが耐えられるはずは無い。冬至団子にかこつけて煽りはしたが、それは我慢しきれなくなって動き出す為のきっかけだ。
なんとも、わかりやすい兄弟たちだ。
無論、そんな彼らだからこそ、心から信頼しているのだけれど。
ああ、やはり。
と、またも心で呟く。
自分たちの出陣の仕度を終えたものの、結局のところ無言のまま出立するのには忍びないのだ。
こちらへと、戻ってくる大きな足音が聞こえてくる。
もう、視界には劉備直下の兵らが揃っているのが見えているだろう。
「兄者」
「兄貴」
「殿」
口々に、いくらか不可思議そうな声が届く。
そんな彼らへと、真っ直ぐに向き直る。
「我らは、本陣ではなく曹操軍背後へと向かう」
きっぱりと言い切られ、三人の目が一様に丸くなる。
自分たちが動き出したから、仕方なく出陣することに決めたのか、くらいにしか思っていなかったのだろう。
劉備の方から、はっきりと向かうべき先を告げられて驚いたらしい。
「背後?」
「もうすぐ陸湖風が吹く。同時に、孫権軍が正面から火で攻める。我らは背後から霍乱し、その後合流して曹操を目指す」
言い切ってから、にこり、と笑みを浮かべる。
「曹操も、よもや疫病に恐れをなし、同盟を破棄して逃げた我らが動くとは、思いもよるまい」
みるみるうちに、三人の目が大きく見開かれていく。
「兄者」
「殿」
「兄貴」
それぞれの声には、もう不信は無い。
「最初から、このつもりで?」
「悟られるわけには、いかないだろう?」
遠大な策謀だったのだ、と理解した彼らの顔には晴れやかな笑みが浮かぶ。大きく身を乗り出したのは、張飛だ。
「じゃ、風が吹いたらすぐ、攻めるんだな?」
「孔明の合図があってから、だ」
劉備が返すと、頷くに頷けず、関羽が眉を寄せる。
「だが、軍師は」
まだ、孫権軍の中に残ったままだ。帰ってこようと思ったら、曹操軍を迂回せねばならない。
「軍師一人じゃ、危ねぇよ」
「迎えが必要です」
口々に張飛と趙雲が言うのに、関羽も重々しく頷く。
「「「俺が」」」
声が揃うのに、劉備は吹き出しそうになるのをかろうじて堪える。
そう、彼らは孔明が何も言わず孫権軍に残ったのに、自分たちを見限ったのだとは寸分も思いもしなかった。
時が来れば帰ってくる、そう信じて疑っていなかった。
大げさだとは思うが、丁度いいかもしれない。
待っていた、と満面の笑みで迎えられたら、あの飄々とした青年はどんな表情を浮かべるのだろう。
「皆では、派手過ぎるだろう」
では誰が、とこちらを見つめる三人を見比べつつ、劉備は殺しきれない笑みを浮かべる。


〜fin.
2009.05.03 Start up!

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