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降ル

 再会


蹄の音に気付いたのだろう、さらりと馬から身を翻すのが見える。
「孔明!」
声が弾んでいるのは、気のせいでは無さそうだ。
感情をうかがわせることは滅多にない劉備が、月明かりの下で満面の笑みを浮かべて両手を広げている。
「我が君、ただいま戻りました」
馬を降り、頭を下げる孔明の両肩に、骨ばった大きな手が乗る。伝わってくるのは、懐かしい暖かさだ。
「よく戻った」
見交わした視線に、万感の思いが宿る。
肩に乗っていた右手が、頬へと移る。
一瞬、その眉が寄る。
「ご飯は、食べていたか?」
「はい」
「そうか」
ならば、痩せたのは見逃すとしよう、と小さく呟く声がして、孔明は少しだけ困った顔になる。
「我が君も」
疫病対策に奔走し、逸る関羽たちをなだめ続けていた気苦労が伺える顔だ。
心配がにじんだ声に、劉備が笑みを浮かべる。
「では、お互い様だな」
「はい」
あまり、のんびりと再会の余韻に浸っている場合ではない。
「我が君」
表情を改めると、劉備もすぐに口元を引き締めて頷く。
つい、と身を翻し、兵備を整えた自軍へと向き直る。
「軍師、我らに指揮を!」
「承知」
白羽扇を構え直した孔明へと、皆の緊張した視線が集中する。
「子龍殿は東門、我が君は、雲長殿と翼徳殿と共に西門に。どちらも可能な限り早く突破し、正面から来る孫権軍と合流することが肝要です」
皆が頷くのを待ち、孔明は続ける。
「曹操本陣には騎兵隊が構えていますが、これも火計で退けます。火の気が見えたら、盾で四方を固めて避けてください。解くのは、充分に本陣に寄ってからです」
視線を巡らせる。
「うむ」
「承知した」
「承りました」
「まかせとけって」
劉備、関羽、趙雲がしっかりと頷き、張飛は大きく胸を叩いて見せるのに、笑みを返す。
後は、大号令を待つのみだ。
馬上に戻った劉備が、剣を振り上げる。
「曹操軍を破り、生きて戻れ!戻ったら、皆で団欒の冬至団子だ」
その台詞に、奇妙な表情を浮かべたのは関羽と張飛、そして趙雲だ。
しれっとした顔つきで、劉備は続ける。
「冬至団子は我らが家族皆揃ってこそ、さあ、出陣ぞ!」
その言葉に、三人がほっとした顔つきになる。
冬至は今日だったはず、と一瞬は戸惑った孔明にも、おおよその状況が読めてしまい、笑いを堪える。
いや、笑いが耐えられなくなりそうなのは、きっと家族が揃ってこそ、という言葉に対してで。
やはり、この陣営こそが己が帰る場所なのだ。
まっすぐに視線を上げ、羽扇を天へと掲げる。
「陸湖風が吹く時が、出陣の時ぞ!合図を待て!」
通る声に、息を潜めるが如く、劉備軍は静まる。
ややして、戌亥の風は完全に止まる。
来る。
はっきりとした確信に、思わず呟いたのは。
勝利を呼ぶ風を呼ぶ為のものでも、勝利を願うものでもなく。
「常に、共にあらん」
その一言。
羽扇を払った、瞬間。
巽の風が劉備軍を包む。
白い扇が、一点を指す。
「出陣!」


〜fin.
2009.05.06 A reunion

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