『 桜ノ森満開ノ下 弐 』



なぜか、桜だけが天を覆おうように咲き誇る。
梅も、桃も、梨もないのに。
白でもない、紅でもない。
不思議な空の色を見上げるのが、好きだった。
柔らかく緩やかに花びらが舞う様は、幻のようで。
そして、いまも。

懐に入れてきた、一通の書状を取り出して広げる。
この国を滅ぼさんとして進軍を開始した彼が、書き上げた書状だ。
手にしているのは、細作が写してきたものだが。
どうやら、書体まで真似てきたらしい。
几帳面な文字が、連綿と並ぶ。
まっすぐな真情を吐露する文面は、自分には書けない。
こんなことを、考えたことなどない。
主君と決めた者の遺志を、あくまで継ぐことを告げる。
きっと、まっすぐな視線をしているに違いない。
何があっても視線を逸らさない。
そんな、真摯な瞳を持っているのだろう。
目的を遂げる為に邪魔になると判断した自分を、嵌めた彼。
おかげで、こうして故郷でのんびりと桜の下に立っている。
かの国の人間が、そこまで自分を重視しているとは。
この国の人間でさえ、やっと警戒しだしたばかりだったのに。
すさまじいまでの情報収集力と、頭脳。
それがなくては、無理だったはず。
大事な主君を思う真剣さと合わされば。
少数の兵であろうと、兵糧搬送に問題があろうと。
彼は、長安近くまで迫るに違いない。
それができるだけの、実力がある。
そして、こちらには。
対抗できるだけの人間はいないのだ。
自分を、除いては。
自分を嵌めた彼こそが。
中央へと、自分を呼び返してくれる。
間違いなく、彼と自分は、対峙することになる。
そう遅くはない時期に。
口元に、自然と笑みが浮かぶ。
もうすぐ、彼に会うことができる。
彼は、気付くだろうか?
自分が仕掛けるつもりでいる、駆け引きに。
いや、彼なら、きっと気付く。
そして、彼は乗るだろう。
わかっているはずだ。
長安近くまでは、迫れる。
だが、長安を落とすことはありえないと。
はじめから、無理なのだと。
知っていて。
彼は出陣を決めたのだ。
自分を、嵌めることまでしてのけて。
彼の大事な、主君の遺志の為に。
彼は、命を捨てるつもりでいる。
自分の力を見越すほどに聡い彼を。
そこまでさせる主君とは、どういう男だったのだろう?
もし、自分が出会っていたら。
どうなっていたのだろう?
斜に構えることなく、思うままに力を出していたろうか?
彼と一緒に、主君の為に動いていたならば。
長安も抜ける。
主君の『遺志』ではなく、『意志』であるうちに。
自分の中の、何かが熱くなってることに気付いて、苦笑する。
所詮、絵空事だ。
現実は、彼と対峙するしかないのだから。
だけど。
満開の桜の天を見上げる。
彼は、咲き誇る花を見つめる余裕があるだろうか。
この桜を見せてやりたい。
すべてを幻に変えてしまう、薄紅の空を。
まだ相見えぬ、唯一、己と互角に渡り合うであろう彼に。
時が違えば。
良き友人となったであろう、彼に。


〜fin.
2001.04.07 Under the full blossom cherry trees II

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蛇足!
たたずんでいるのは司馬懿、敵である彼は、諸葛亮。二回目にして、趣味暴走(苦笑)。
なんとなく、孔明と仲達って、互いを理解してる気がしてます。
北伐って、本気で戦いつつ、本気でないところがあるような。
互いの力をぶつけるのを、心のどこかで楽しんでいたのでは?とか。
そんなこんなで、こんな司馬懿です。


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