『 桜ノ森満開ノ下 四 』



満開の桜の下。
彼は、微笑んで見上げている。
周囲の嘆きの声は、彼の耳には入らない。
なぜなら、これは祝うべきことだから。
これを成す為に、これまで生きてきたのだから。

父は戦に明け暮れていた。
母は幼い時に失った。
だが、寂しいと思ったことはない。
いつも、誰かが側にいた。
母がいなくても、寂しい思いをせぬようにと。
そして、語り聞かせてくれた。
いま、父がなにをしているのかを。
なにを成そうとしているのかを。
稀に姿を現す父は。
側にいれぬことを詫びた。
でも、寂しくはなかろう?
そう言って、微笑んだ。
私の兄弟たちが、側にいてくれるから。
言葉は違っても、皆、父を主君という意味の言葉で呼ぶ。
それを父は、兄弟と言う。
首を傾げた彼に、父は暖かい手を乗せた。
兄弟だよ。
私の目的を知って、なお。
苦労をわかっていて、ついて来てくれる。
私を支えつづけてくれる、大事な兄弟たちだ。
父が兄弟、と呼んだ者達も。
側にいてくれるときは、語り聞かせてくれた。
様々な、物語を。
それは、父に出会うまでの彼ら自身。
あまりにも痛くて、哀しい物語たち。
彼らは、異口同音に言った。
こんな思いをする世は、終わらせなくてはならない。
だから、父と共にあるのだと。
そして、最後に言う。
あなたには、一番大事な役目がある。

役目を知らぬまま、彼は長じた。
心で叔父と呼んだ者達が一人ずつ減り。
そして、父をも失っても、まだ。
彼の役目は、知らされぬままだった。
大事な役目を知ったのは。
最後の叔父が、慣れぬ出兵を始めてからだ。
いや、出兵した時は気付かなかった。
回数を重ねていくうちに、気付いた。
相手をも巻き込んだ、壮大なゲームだと。
なんの相談もなく。
なぜ、そこまでしてのけられるのかと考えて。
思い当たったのだ。
それは、ずっと昔からであったのではないかと。
最初から、仕組まれていたのではないかと。
最後に帰って来たとき。
自分から、問うた。
最後に残った叔父は。
問われて、微笑んだ。
そして、ゆっくりと最後の物語を始めた。

いきなりヒトツにするには。
あまりにも力が溜まり過ぎてしまった大地。
どこかに放出しなくては、また乱れる。
力を消す為に。
戦いは、必要なのだと。
だが、無秩序に戦えば、人は傷つきすぎる。
そう気付いた男が二人。
梅の咲き乱れる園で、約束を交わした。
溜まり過ぎてしまった力が消えるまで、制御しようと。
仕組まれた壮大な茶番。
苦労する方を、取ったのは父。
桃の園で、父について行くと誓った叔父たちがいた。
あれから、永の時が流れて。
まだ、ヒトツになるのは早い。
まだ、戦いは必要だ。
だから、まだ茶番が続く。
こちらの役目は、受け継ぐ者がいる。
もうひとつ、大事な役目がある。

この大地を、ヒトツにすること。

均衡を破れば。
大地はたやすくヒトツになる。
だが、それを犠牲なくやり遂げられる者はいない。
だから、最も大事な役目なのだと。
それを、して欲しいのだと。
最後の叔父は、微笑んで告げた。
彼は、頷いた。
叔父たちのたくさんの悲しい物語が。
どうして自分に語られたのか、わかったから。
限りない愛情を注いでくれた叔父たちの望みを。
叶えられるのは自分だけと知ったから。

なにも知らぬもの達は、罵るだろう。
いくらでも、言えばいい。
失った国をさえ、思わぬ男だと。
己の大事な者達の、望みをかなえたのだ。
梅の頃に誓い。
桃の頃に立ち。
綿々と引き継がれてきた願いを。
桜の咲き乱れる今日。
叶えたのだ。
これが、微笑まずにおられようか。

満天の桜の下。
彼は、微笑んで見上げている。
柔らかく舞い降りる花びらを手にして。
彼はいつまでも微笑んでいる。


〜fin.
2001.04.21 Under the full blossom cherry trees IV Presented by Yueliang

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蛇足!
桜の下にたたずんでいるのは、劉禅です。
ウチのアレな設定が前提になっております。
花を並べる都合上、結託が先で桃園の誓いが後になってしまっていますが、あえてですので見逃してください。


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