『 桜ノ森満開ノ下 伍 』



見渡す限りの満開の桜の下で。
薄紅の空の下で。
雪のように舞う花びらの下で。
彼は、笑っていた。
いつもと変わらず、笑っていた。
それが、彼と会った最後。

天を覆い尽くして咲き乱れる桜を見上げる。
雪のように舞う柔らかな風が吹く。
あの日と同じに。
天は染まり、花びらは舞い散っている。
こうして、見上げるのは。
きっと、あの日以来。

人に、似た評価を下されていた。
何を考えているのか読めぬ、と。
主君の意思によく添う、と。
似たような策を口にするから。
人は、彼と自分を、同じように見ていたけれど。
その本質は異なっている。
自分は、努めて表情を消しているから。
得体の知れない者と言われることを望んでいるから。
努めて、主人の意思を読んでいるから。
影、を演じているだけだから。
彼は、まるで風のようで。
そして、いつも笑っていた。
命運をかける策を語るときも。
侍女らと軽口を叩くときも。
風の如く、掴み所がないのに。
語る策は、主人の意思に添っていた。
努めて読んでいるわけではない。
感覚で、それが、わかった。
彼となら、わかりあえる気がしていた。
同じく、主君の意思に添うことの出来る者として。
通った筋道は異なったとしても。
だけど、あの頃は影である己を演じるので精一杯で。
思っていたことを吐露することは出来ぬまま。

あの日。
桜の下に立つ、彼を見かけた日。
問いは、口元まで出ていた。
思うところは、一緒なのだろう?
だから、労せずとも添うことが出来るのだろう?
己を顧みて。
問いは、しまわれた。
視線に気付いた彼は。
花の風の中、笑っていた。
いつもと変わらぬ笑顔で。

翌年の花の下で。
彼が戻らぬことを知った。
最後まで、主君の意思に添ってみせたことを聞いた。
それから。
あの日、すでに。
彼の躰は、蝕まれはじめていたことを。

いつもと変わらぬ笑顔で。
彼は笑っていた。
なにも、口にすることなく。
答えは、そこにあったのだ。
問わなかったけれど。
答えなかったけれど。

我知らず、笑みが浮かぶ。
そう、私も。
影として、添い続けよう。
通る筋道は違っても。
主君の意思に添うことを、望んだ二人。
彼が果たし得なかった分も。
きっと、やり遂げる為に。


〜fin.
2002.03.13 Under the full blossom cherry trees V

**************************************************

蛇足!
桜の下で物思いにふけってるのは程c、すでに亡くなってる形跡の彼は郭嘉。
程cは、なんとなく影のように曹操についてるイメージがありまして。それというのはやはり、意思に沿うのが上手いのだろうな、と。
郭嘉は、曹操と最も気が合っていたと思っておりますし。
でも、性質は陰と陽の如く違うので、こんなんどうかな、と。
程cはかなり複雑そうな感じなので、ヤツの一面、というイメージです。


[ 戻 ]