『 桜ノ森満開ノ下 拾 』



彼が呼ぶ、声がする。
私は、返事を返して廊へと出ていく。
まっさきに眼に飛び込んでくるのは。
風に、ゆらゆらと揺れる薄紅の花びらたち。
空が青いということを忘れさせるほどに天を覆い、咲き誇る小さな花々。
そよ、ともそよげば、千切れてしまいそうなほど薄い花弁に、光をいっぱいに受けて揺れる花。
それから、まるで少年のような笑みを浮かべている、彼。
手を差し出し、私の手を取り、引き寄せて。
薄紅の花の下へと、導く。
彼自身は、一歩下がって。
景色を検証するかのように、難しい顔つきで、じっと見つめて。
やがて、明るい笑みを浮かべる。
それが、桜が咲いたときの彼の儀式。
最も美しい景色が見たいから。
照れる様子なく、言ってのけて。
彼は、ゆらゆらと揺れる花を見上げて、真顔に戻る。
花の中では、一番好きだ。
いきなりの言葉に、私は首を傾げる。
相変わらず、花を見上げたまま彼は言葉を重ねる。
一時に咲き、すぐさま散っていくのを、不吉と言う人間もいるが、俺はこの花が一番好きだ。
それから、私へとまっすぐに視線を戻す。
俺と、似ているから。
私が、目を見開くと。
俺は、こんな風にしか生きられない。
いつかきっと、散る桜花のように突然、いなくなるだろう。
我知らず、自分の口元が緩む。
でも、生き方を変える気はないのでしょう。
彼の顔にも、笑みが浮かぶ。
おかしなくらいに、嬉しそうな笑みが。
それから、胸が苦しくなるくらいに抱きしめる。
耳元で、声が聞こえる。
たった、一人でも。
理解者がいるというのは、嬉しいものだな。
彼のその言葉に。
私も、嬉しくなる。
抱きしめる腕に力をこめて。
囁くように彼は言う。
俺が、突然消えてしまっても。
私は、彼の背に、手を回す。
ずっと、忘れないわ。
私が生きている限り。
ふ、と腕を緩めて、彼は私の顔を覗き込む。
じゃあ、君が生きている限りは、俺も生き続けるんだね。
そして、二人で笑いあう。
会いたくなった時には。
彼は、ゆらゆらと揺れる花を見上げる。
俺はここにいるよ。
私は頷いて、そっと手をつなぐ。
彼は嘘をつかない人だから。
ある日突然、見上げる花が散るように。
私の目の前から、消えてしまうのだろう。
そして、毎年のように。
桜に身をやつして、帰ってくるのだろう。
幾年変わらぬ花となり。
だから、これは幾年変わらぬ約束。
たった、ひとつ。
これだけが。


〜fin.
2003.04.06 Under the full blossom cherry trees X

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蛇足!
私は大喬で、彼は孫策。
桜話、初の呉です。
世間サマだと、どうも周瑜と小喬夫婦の露出が多いようなので。
案外、書いてて楽しかったです(案外?)。


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