『 桜ノ森満開ノ下 拾弐 』



青の空が、薄紅に染まる日に。
彼女は、城へと連れられてきた。
ただ、眉をひそめる。
あの女が、と思う。
ある男を惑わせ、さる男を迷わせ、挙句。
反逆の刃を剥かせたのだ。
人は美しい、と言う。
またとない、と言う。
過ぎれば、全ては毒になる。
彼女も毒だ、と思った。

気付けば、彼女が側に立っていた。
その日も、空は薄紅に染まっていた。
無意識に眉を寄せていたらしい。
彼女は、春を告げる花に負けぬ麗しさの唇に、笑みをのせる。
それから、爛漫に咲き誇る花を見上げ、柔らかな声で問う。
正しい主君に、仕えていて?
目を見開いて、彼女を見つめる。
その問いは、まるで。
誰にでも、間違いはあるものだから。
次、があることを忘れないで。
花を見上げたままで言う。
やはり、彼女は毒であった。
主君に仇なす毒であった。
確信して、剣を握った自分に、気付かぬはずはないのに。
彼女は、変わらぬ笑みを浮かべたまま。
もう、毒は回りきってしまいました。
それだけ告げて、背を向ける。
何も出来ずに、立ち尽くす。

それからいくらも経たぬうち。
彼女の言葉通りに、毒は回り切り。
水に囲まれた城の中で、主君は縄打たれる。
自分も兵たちに追われながら。
彼女はどんな顔しているかと、走る。
己の望みどおりに毒を回して。
敵が迫るのを、どんな顔して見ているかと。
半ば、わかっていたはずだったが。
やはり、足が止まる。
彼女は、花のように。
いや、花より艶やかな笑みを浮かべて。
貴方には、次があるのを、忘れないで。
では、貴女は。
彼女の笑みが、大きくなり。
ふわり、と花が散る。
手にした花弁が、散ったのだ。
枯れた花弁が、床を染める。
私はこの花だから。
言ったなり。
深紅の花弁を、散らし尽くす。
止める間もない、潔さで。
散った一輪の花を覆い尽くして。
時ならぬ花は、満開に咲き誇る。

彼女と最後を共にした花弁は。
いつ咲いた、花だったろう。
毒と言われても、微笑んで。
花よりも美しい花は、散り去った。


〜fin.
2003.04.20 Under the full blossom cherry trees XII

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蛇足!
語っている張遼で、彼女は貂蝉。
張遼と関羽は親友だねつながりということで(謎)。
しかし、いつかは書きたいと思っていた張遼、まさか呂布陣営のを書くとは思いませんでした。


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