『 桜ノ森満開ノ下 拾四 』



視界いっぱいの、薄紅。
今年もまた、満開に咲き誇った桜は、吹いた風に一時に身を任せて散っていく。
頬を撫でていく風に、視界を染める優しい色に、彼の視線はいくらか柔らかになる。
咲き乱れて天を染め、風に舞って宙を染め、散り尽くして地を染める。
物心ついた頃から、不思議と心惹かれる景色。

いつのことだったか、同じように薄紅の天を見上げていた時に。
きれいな花だな。
隣に立った彼が、にこやかに言った。
不思議と、心惹かれる。
思わず大きく頷いた。
同じことを感じていたのが嬉しくて。
だから、誰にも告げたことの無かったことを口にした。
あの、潔さに惹かれます。
満開に咲き誇ったら、何の迷いも無く散っていく。
いざとなったら、華々しく散っていく。
ああいう生き方をしたい。
ややしばしの沈黙の後。
確かに、あの花のように生きられれぱいいな。
見上げたまま、彼が言った。
咲きかかっていても、まだ時ではないと知れば、そのまま耐えて待ち。
咲ききるまでは、雨にも風にも耐え。
存分に咲いて、初めて風に身を任せる。
静かで、真すぐで。
強い瞳が、こららを見据えた。
けして、はかなく舞うだけの花ではない。
咲くべき時を知り、散るべき時を知っている。
死の前に、存分に生について考えつくしている花だよ。
多分、目を見開いていた。
咲いてから散るまでの時が、あまりに短いこの花を、そんな視線で見つめているとは。
もう一度、薄紅の天を見上げた。
咲き誇り、天を染める桜花を。
柔らかで薄く、あまりに儚いその姿とは裏腹に。
今の風にはそよぐばかりで、けして舞おうとはしない。
そんな強さを秘めていることに、初めて気付いた。
そこにあるのは、確かに、ただ、潔いだけの花ではなかった。
隣に立つ彼へと、視線を戻した。
なぜ、彼に付いて行きたいと、強く思ったのか。
その理由が、はっきりとわかった。
けして、有力な勢力ではない。
それでも、彼は待ち続けている。
いつか、咲き誇ることが出来る時を。
今は、寒さの中、静かに時を待つ蕾。
諦めることはない。
そして、時を見誤るつもりもない。
例え、嵐に翻弄されようとも。
やはり、彼に付いて行きたい。
絶対に、彼しかいない。
自分の命を預けられる者は。
だが、それを望むならば。
自分も時を待たねばならぬ蕾。
彼についていく資格を得る時を、待たねばならぬから。
いつか、時が来たら。
あなたにお仕えしたい。
ずっと探していた主君は、あなたであると、やっとわかりました。
その言葉に、彼は嬉しそうに破願する。
俺も、あなたのような方に付いて来て頂けたら、光栄だ。
いつか、時が来たら。
待てる、と思った。
待つ、と彼も告げてくれたから。

あの日から、桜を見つめる視線は変わった。
ただ、潔い花だけとは思わなくなった。
時に狂う季節に翻弄され、時に嵐に揉み潰され。
それでも、毎年のように静かに春を待つ。
咲くべき時を、待ち続ける。
精一杯に咲き誇り。
存分に天と地とを染め上げて。
そして、風にゆるやかに身をまかせる。
咲き誇って天を染める時。
風に舞って宙を染める時。
散り尽くして地を染める時。
全ての時を知る花。
そんな強さを秘めながら、なお、柔らかな色で咲き誇る。
やはり、この花には不思議と心惹かれる。
いつか、もう一度出会う彼も。
どこかで天を染め上げる桜花を、見上げているだろうか。
不思議と心惹かれると思いながら。
そんなことを思いながら、彼は叩き伏せた山賊どもを見渡す。
それから、近付いてきた蹄の音に、目を細める。
新手は何者かと、視線をおろす。


〜fin.
2004.04.04 Under the full blossom cherry trees XIV

**************************************************

蛇足!
見上げるのは趙雲、彼は劉備。
いつか仕えると約束して、再会する直前ですね。うちのサイト的には王道なのに、なぜか今まで書いておりませんでした。


[ 戻 ]