『 桜ノ森満開ノ上 拾四 』



満開の桜の海に浮かぶ楼には、星見をしている軍師がいる。

にこりと笑って、楼へと顔を出したのは馬良だ。
「ご無沙汰してます」
「貴方でしたか、季常殿」
名を呼ばれて、馬良は悪戯っぽい笑みになる。
「私では、よろしくなかったですかねぇ?」
「いえ、まさか。ゆっくりと楽しんでいって下さい」
孔明は、笑みを返して真正面を示す。
促されるままに楼へと歩み、視線を向けた馬良は笑みを大きくする。
「これはこれは」
軽く身を乗り出して、一面の桜を見渡す。
首を大きく二往復させてから、一つ頷く。
「話にはうかがっていましたが、素晴らしい眺めですねぇ」
「気に入っていただけたようで、安心しました」
「おや、私がこの美しい景色に不満を抱くとでも?」
またも、悪戯っぽい笑みを浮かべて首を傾げるのへと、孔明はさらりと返す。
「季常殿は、案外、しっかりとした好みをお持ちでしょう。それに、他人の意見に流される方でもない」
「それは、褒められていると思っていいんですかねぇ」
「無論」
半ば、言葉遊びのようなやり取りに、二人はどちらからとも無く笑う。
笑い終えてから、馬良はまた景色へと視線をやる。
「もちろん、見事と噂のこの景色を眺めたいのもあるのですが」
言う間に、その口調から楽しそうな調子が消え、生真面目なものになる。
「一つ、お願いしたいことがありましてねぇ」
「何でしょうか?」
首を傾げる孔明に、馬良は景色をみつめていた視線を、戻す。
「こちらへ、伺ってもいいでしょうか、と」
もうすでに、ここにいる人間が口にする問いでは無い。
そして、お願いだ、と言った。
意味がわからぬほど、鈍いわけはない。
しかし、孔明は首を傾げたまま、馬良を見つめるばかりだ。
ややの間の後。
困ったように笑みを浮かべたのは、馬良だ。
「実のところ、一つというのは正確ではないかもしれないのですが」
その言葉に、孔明は口の端を持ち上げる。
ゆるやかに白羽扇が動く。
指した先では、桜の花弁が風にゆらいでさざめく。
「この景色、誰であろうと、美しいと思うのでは無いでしょうか」
正確な意味を察して、馬良の笑みは明るいものになる。
だが、言葉にはしない。
ただ、ほの白く浮かぷ花弁へと視線を戻す。
「本当に、美しいですねぇ」
ささやくような声は夜の闇へと溶けていき。
ふわり、ゆらりと、桜はさざめく。


〜fin.
2009.04.06 Above the full blossom cherry trees XIV

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蛇足
マイペースだけど、なんだかんだで。


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