『 桜ノ森満開ノ上 拾伍 』



満開の桜の海に浮かぶ楼には、星見をしている軍師がいる。

随分と長い時間、気配はするのに閉ざされたままだった扉が、小さくきしむ。
「そこからでは、見えますまい」
やっとの思いで開けたらしい相手が、微かに息を飲む気配がする。
「ここまでいらっしゃったかいが無いのではありませんか?」
重ねられた言葉に、意を決したのだろう。
扉がゆっくりと開く。
劉封は、視線の合った孔明に笑みが浮かんでいるのに、少し驚いたように目を見開く。
が、その視線はすぐに伏せられる。
「お邪魔を、いたしまして」
らしくなく歯切れも悪い。
「今宵は少々風がありますが、それもまた風情ですね」
言葉と共に、ゆるりと動かされた白羽扇に誘われたかの如く、劉封は楼へと歩を進める。
ざ、と音を立てて風が吹く。
思わず目を細めた後。
「あ」
我知らず、声を漏らす。
残ってそよぐ風に舞い、薄白い花弁が海のようにさざめく花々の上を漂っていく。
楼の端に手をかけ、いくらか身を乗り出す。
「…………」
小さく口は開くが、上手い言葉がみつからないのだろう。
そのまま、景色に見入っている。
ややの間の後。
我に返って、孔明へと向き直る。
「や、すみません。お邪魔した上に」
「いえ、お気に召したようで、何よりです」
相変わらず向けられる笑みに、劉封は戸惑ったように視線を逸らす。
「軍師殿、俺は」
搾り出すような声。
「どなたに、ここのことを?」
「関平に」
反射的に返して、慌てたように口をつぐむ。
「もう、済んだことです。誰もにとっても」
今にも泣きそうな視線が上がる。
「関平殿は、なんと?」
「とても美しいから、と。それから……」
軽く、顔を振る。
浮かんだのは、笑みだ。
「軍師殿、いましばらく、ここで眺めて行ってもよろしいですか?」
「無論です」
「目に焼き付けて帰りたいのです。そして、今度こそ」
久方ぶりのまっすぐな視線に、孔明は、ただ、笑みを返す。
そして、どちらからともなく月明かりに浮かぶ薄白へと視線を向ける。
ふわり、ゆらりと、桜はさざめく。


〜fin.
2009.04.07 Above the full blossom cherry trees XV

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蛇足
関平と劉封の養子コンビもけっこう好きなので。


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