[  ]



始末をつける

不機嫌そのものの顔でじっと立たれると、この上なく圧迫感がある。
端麗な造作をしているというのも考えものだ、などと余計なところに思考がいくのは曹操が逃避しているからに他ならない。
それすらも読んでいるらしく、仁王立ちのままで荀文若は口を開く。
「余計なことを考えるのに付き合う暇は無いですよ」
化け物、というのは喉元で止めておく。
陳羣が郭嘉の行跡について訴え出た際に適当に誤魔化しておけばよかったのだが、あまりに些細なことに拘泥してるのが面倒くさくて、ついやってしまったのだ。
「では、お前はどうしたらいいと思うんだ?」
考えた陳羣は、荀文若を目付け役に指名した。役職からいって無理な組み合わせだとかなんとか誤魔化せば良かったのに、そのままにしてしまった。
その後の詳細は知らないが、どのようなやり取りがあったのかは想像がつく。
一日二日、それなりに大人しく郭嘉は仕事を片付けた。荀文若を不機嫌にして損はあっても得は無いと知っているからだ。
無論、適当な口実は常に探していたろう。そうでなければ、このように微細なものに気付くはずが無い。
そもそも、書類と名の付く物にろくに目を通すような男ではないのだから。
郭嘉は満を持してこれを荀文若の元へと持って行ったのだろう。
「このままでは少々困ったことになりそうですが、進めてよろしいですかね?」
などと微妙な皮肉をこめた口調で差し出したのに違いない。
受けた荀文若は、郭嘉がわざわざ持ってきたという意味を取れないほど愚かではない。どの部分が、というのにとっとと気付いて、そして返したのだろう。
「なるほど、確かにこのままでは問題がありますね」
二人とも、この瞬間を待っていたのに違いない。
命じた時点で異論を差し挟まないあたりが、二人の嫌なところだ。
ついでに、その書面の間違いを犯したのは、曹操自身であるあたりもだ。
今のところ荀文若だけだが、うっかりすると郭嘉もこの場に呼ばねばならないことになる。
「確かにこのままでは困ったものだな」
仕方ないので、状況は認めてみる。
「この件に関しては、改めて……」
一応、逃げも打ってみる。
ほんの微かにだが、間違いなく荀文若の眉が上がる。
視線を少し逸らしてから、からからと問題の竹簡を振ってみる。
「この件に関しては、ともかくやり直しだろう」
「そうですね」
やはり、それだけでは済ませてくれないらしい。
「この書類は担当官まで降りてしまったわけだから、困った間違いをしたものには罰がいるだろうな」
「当然、未然に防いだものには褒美が必要です」
信賞必罰、曹操の信条でもある。
「奉孝に元通りでいいと伝えろ」
「ありがとうございます。で、罰の方はどういたしますか」
誰が間違っていたのかわかってて、ぴくりとも表情が変わらないのだから恐れ入る。
「ああ、それな。どうしたものか考え」
「間違いましたという、署名つきの書面をいただけるのでしたら、今回はそれで流してもいいかとも思っておりますが」
時間稼ぎをして適当にうやむやというのは許さないと目がはっきりと告げている。
ここまで具体的に提案されてしまうと、どうしようもない。
「わかった、書けばいいんだろう、書けば」
「渡すまでしていただけませんと」
にこり、と極上の笑みが浮かぶ。
やはり、端麗な造作というのは考えものだ。
満足げに立ち去った荀文若を見送ってから、まるで計ったかのように現れた程仲徳へと恨みがましい視線をやる。
「気付いていたなら」
「嫌ですね、面白いのに」
さらりとやられて、なんとなく頭痛がしてくる。
「こういうのばかりか」
「ばかりですねぇ、なんせ暇ですから」
軽く笑いながら自分の用件を済ませて背を向ける。
「たまにはいいんじゃないですかね」
「どこがだ」
行け、と手を振る。
それから、口元に笑みが浮かんでいることに気付き、慌てて首を横に振る。


〜fin.〜
2006.09.20 Phantom scape XXX 〜Liquidate!〜

[ 戻 ]



□ 月光楽園 月亮 □ Copyright Yueliang All Right Reserved. □