戦友たちが、妻に両親に子供たちに、手紙を書き出したので。
家族も兄弟もいない兵士が一人、夜の散歩に出た。
細い三日月と、満天の星。
見上げながら、細い道をぶらぶらと歩く。
「ねぇ」
小さな声がした気がして、兵士は足を止める。
「ここよ、ここ」
声がする方に、振り返る。
そして、驚いて、ひとつ瞬きをした。
そこにいたのは。
半分こになった、小さな星。
「こんにちは、私は『星のかけら』」
きらり、と煌く。
「少し、おしゃべりをしない?」
奇妙なことになっているとも思わずに、頷いたのは。
『かけら』のまとう光が、優しい色だったからかもしれない。
手ごろな木の根元に座り、『かけら』を見上げる。
「どうして、あなたは手紙を書かないの?」
『かけら』が兵士に尋ねる。
「書く相手がいないからさ」
兵士が答えると。
「そう……」
と言ったきり、『かけら』は黙り込んでしまった。
仕方がないので、今度は兵士から尋ねる。
「どうして、君は『かけら』なんだい?」
「『出会いのかけら』だからよ」
『かけら』は、ちょっと得意そうに煌いた。
兵士は、少し目を見開いた。
「誰でも『出会いの種』は持っているけれど、ここまで大きな『かけら』は、なかなか育たないのよ」
得意そうな説明は続く。
「『あなたと出会う人』と『あなた』、二人共が育てなくてはならないもの」
育ったカタチと大きさによって。
恋人同士になったり、すれちがうだけだったり。
様々な出会いとなるのだと。
「じゃあ、君は?」
星型の『かけら』に、兵士は尋ねる。
「君は、どんな『出会いのかけら』なんだい?」
「私?私はね……」
もったいをつけて、少し間を置いてから。
「『親友との出会い』よ」
大事そうに言って。
そっと、付け加える。
「もうすぐ、消えてしまうけれど」
「どうして?そんなに大きくなったのに?」
「あなたの育てた、『かけら』だから」
『かけら』は、静かに言う。
「あなたは、この戦場から、生きて帰るつもりがないでしょう?」
「僕は軍医だよ?直接戦闘に参加するとは限らない」
兵士の反駁にも、『かけら』はひるまない。
「戦地病院に配置されたのに、志願して前線に来たのは誰?」
返答につまって、兵士は視線を逸らす。
天涯孤独の彼は、故郷に帰る理由を見つけられずにいたから。
『かけら』の言うとおり、戦場で生を終えることを、考えていたから。
「……もし、僕が生きて帰ったとしても、その『親友』に出会えるとは、限らないと思うけど」
『かけら』がじっと自分を見ているような気がして。
なんとなく、いたたまれなくて、兵士は言葉を続ける。
「人生なんて、賭けみたいなモノだし」
「自分の人生を、賭けているっていうわけ?」
皮肉を込めた口調で、『かけら』は言う。
その言葉に、返す言葉はなかった。
命を軽んじてるようなことを言ったのは自分で、そして事実、その通りなのだから。
沈黙が、訪れる。
夜の静寂と、沈黙と。
それを破ったのは、『かけら』だった。
「いいわ、賭けをしましょう」
「賭け?」
兵士は、うつむき加減になっていた視線を、上げる。
「そうよ」
『かけら』は、少し光を強くした。
「三年の間に、あなたが『親友』と出会えるかどうか、賭けるの」
「だから、三年間は生きろと?」
「そのかわり、出会えなかったら、あとはあなたの自由だわ」
兵士の口元に笑みが浮かぶ。
「なるほど、運命共同体ってところかな」
「圧倒的に、あなたが優位のね」
まいった、というように兵士は両手を上げてみせる。
「わかった、賭けに乗るよ」
それから、空に視線を向けた。
月が、傾いている。
「そろそろ、キャンプに戻らないと」
立ちあがり、『かけら』に背を向ける。
それから。
兵士は前線での戦闘で、重症を負った。
軍医である彼が巻き込まれるほどの、激しい戦闘。
たくさんの仲間を失ったと、後から聞いた。
でも、彼は生き延びて。
そして、その負傷ゆえに、故郷に戻ることになる。
いまは、戦場に復帰することは無理だから。
国に帰る船の中で。
兵士は考える。
『かけら』と出会ったのは、きっと夢だったのだ、と。
だけど。
はからずも生きて帰ることになったのだから。
あの約束通り、三年間は生きていくのも、悪くない。
その先は、また考えればいい。
そう思いながら見上げた空は、いままでよりも青く見えた気がした。
「兵隊さんの賭けは、どうなったの?」
ベッドの上の少女が、目をきらきらさせて尋ねる。
話を語って聞かせていた、枕もとの白衣の青年は、首を横に振る。
「さぁ、その先は、僕も知らないんだ」
それから、にこ、と微笑んで尋ね返す。
「君は、どうなったと思う?」
「きっと、きっとね、ステキな友達と出会えたんだよ」
一生懸命な口調で、少女は言う。
「だって、そうじゃないと『かけら』が消えちゃうもん!」
「うん、そうだね。きっと出会えたんだと思うよ、僕も」
やさしく少女の髪をなでてやる。
「だから、君の持っている『かけら』も大事にしなくては、ね」
少女は、急に不安そうな瞳になる。
「私も、『かけら』、持ってるのかな?」
「みんな、持ってるよ」
相変わらず微笑んだまま、青年は言う。
少女の口元に、笑みが浮かぶ。
そして、大きく頷く。
「うん、がんばる。『かけら』が消えちゃったら、可哀相だもん」
青年は大きく微笑むと、もう一度少女の髪をなでてやり、そして立ち上がる。
「また、来るからね」
「せんせい、ありがとう」
軽く手を振ってやってから、扉を開ける。
容態が安定したことを家族に告げて、外に出る。
門に壁に寄りかかっている人影に視線を向ける。
先に帰ったとばかり思っていた相棒は、どうやら待っていたらしい。
目があうと、感情のこもらない口調で尋ねる。
「彼女の容態は?」
「本人に治る気さえあれば、大丈夫だよ。君の発見が早かったから」
「そう」
そっけない返事だが、眼の色がかすかに緩む。安心したのだろう。
彼は、感情を表すのが苦手だ。
背を向けて、さっさと歩き出す。
先に立って、しばらくは黙って歩いていたのだが。
彼は、もう一度口を開く。
「賭けは、どうなったのかな?」
「賭け?」
「いや、なんでもない」
青年はひとつ、瞬きをした後。
くす、と笑って、早足になった彼を追いかける。
そして、隣りに並んでから、尋ねる。
「ホームズ、君は、どうなったと思う?」
彼は、ぷい、とそっぽを向く。
「知らない」
「僕も、残念ながら知らないんだ……御伽噺だから」
青年は淡淡とした口調で言う。
しばらくは、二人して黙って歩いていたが。
ふと、青年が尋ねる。
「僕らが出会ってから、何年経ったっけ?」
彼はそっぽを向いたまま、ぼそり、と答える。
「こないだで、四年だ」
「僕が前線から戻って、もうそんなに経つんだね」
青年は、足を止める。
少し目を細めて空を見上げる。
彼も、足を止めて、一緒に空を見上げる。
ぬけるような青が、どこまでも広がる空を。
-- 2001/02/24