二人になってからも黙り込んだまま歩いている。
事件が解決した後だというのに、表情も明るくはない。
後味が悪い、という一言で済ませるには、重すぎる。
犯人は捕えられたし、狙われた生徒も無事だった。
だが、あまりにも悪意がありすぎた。
確かに躰は無事であったけれど、きっと彼の心には消えない傷が残るに違いない。
まだ、少年なのだ。
もちろん、ゆっくりとは癒えていくのかもしれないが。
少年の顔に、笑顔が戻るのはいつになるだろう?
小さなため息をついたのは、ホームズだったのかワトソンだったのか。
ますます暗い空気になりかかったところに、子供たちの歓声が届く。
二人ともが、声につられるようにして顔を上げる。
どうやら、校内にもうけられた広場の前まで来たようだ。
「あ、サッカーだ」
微かな笑みを浮かべて、ワトソンが言う。
「ふん」
ホームズが、鼻で返事を返す。すぐに、視線は前へと戻ってしまう。
数歩行ってから、隣りにワトソンがいないことに気付いて振り返る。
ワトソンは、先ほどの場所に止まったまま、子供たちの方を見ているらしい。
声をかけようとしたところで、ワトソンに先制される。
「ホームズ、ほら、あそこ」
軽く指してみせた方へとホームズも顔をやる。
先ほどまで、必死で泣くまいと堪えていた少年の姿がある。
それに気付いた誰かが、手を振っている。
なんとなく、躊躇っていた少年の手を、他の少年が引く。
ふ、と小さな笑みが漏れる。
その笑みを見て、ホームズも足を止める。
ほどなくして、少年も他の少年たちと交じり合って、ボールを追いかけ出す。
一生懸命、走って、パスして。
いつの間にか、先ほどまでの暗い表情は消えて、必死の顔つきになる。
なんとなく、立ち去り難くなって、二人して見ていると。
誰かの蹴り上げたボールが、コントロールを失ってホームズたちの方へと飛ぶ。
飛んできたソレを、ワトソンが器用に足で受ける。
「あ、すみません!」
慌てた声を上げた少年たちに、ワトソンはにこり、と笑顔を向ける。
まだ、ボールは彼の元だ。
しかも、いつの間にか膝の上へと移っている。
軽く跳ね上げられたボールは、二回、三回と膝でうけられた後、今度は足と膝の上を軽く行き来する。
わ、と少年たちから歓声が上がる。
「すごいや!」
「うまい!」
思わず、ホームズも、ほう、と声を上げてしまう。
ワトソンの笑顔が、大きくなる。
「僕も、入れてもらえるかな?」
「いいですよ!」
「もちろん!」
上手い、と踏んだのだろう、子供たちの笑顔も大きくなる。
跳ね上げたボールを手に持ったワトソンが振り返る。
「ホームズ、ルールは知ってるだろう?」
「ああ?」
いきなり問われて、素直に答えてはっとする。
「おい、まさか……」
「審判が出来たよ、ゲームしよう」
異議をとなえる暇なく子供たちが歓声を上げて、ミニゲームが始まってしまう。
革靴にスーツのワトソンは不利なりに、器用な動きをしてみせている。
これくらいのハンデで、ちょうどいいのかもしれない。
仕方なく審判を勤めながら、ホームズはそんなことを思ってしまう。
そうこうしているうちに、ワトソンから器用なパスが通り、あの少年がシュートを決める。
キレイなワンツーだ。
歓声が上がって、弾けるような笑顔が浮かぶ。
すっかり泥だらけで馬車に乗るわけにもいかず、二人して歩いている。
どちらからともなく顔を見合わせる。
おかしそうに吹き出したのは、ワトソンだ。
「ホームズ、その顔」
「君こそ、スーツだめになったんじゃないのか?」
言い返しながら、ホームズの顔にも笑みが浮かぶ。
「日が暮れるまでに、駅までつけるかな」
「どうだろうな、汽車に乗れるかも問題だけど」
「乗車拒否されたら、どうする?」
ワトソンが笑みを浮かべて首を傾げる。ホームズは、肩をすくめる。
「ロンドンまで歩くさ」
「ここから?」
わざと大袈裟に瞳を見開いてみせるワトソンに、笑顔を向ける。
「そう、悪くないだろ?」
「だね」
言いながら、ワトソンは記念にと渡されたボールを、ほおる。
器用に膝で受けて、ホームズへとパスする。
「っと」
ホームズも、胸で受けて蹴り返す。
どうやら、駅に着くまでは、まだまだかかりそうだ。
-- 2002/06/16