〜4th Alive on the planet〜 ■drizzle・1■
「ドクターの作成したアーマノイドは、他より数段上のレベルを誇っていますから、通常のフィルターでは感知不能です……」
音量はないのによく通る亮の声が、最新技術を駆使した3D画像と共に、要領よく現在の状況を説明していく。 残暑もようやくおさまろうかという、十月上旬。 世間を騒がせているのは、リスティア国内から生じた混乱だ。ニュースでの見出しをそのままいただくと、『アーマノイドの反乱』である。 旧文明産物であるアーマノイドとは、一種のサイボーグである。ただし、全身が機械ではない。 ほとんどが、人間と同等の有機物からなる。なぜなら、モトは、人間だから。 ただ、心臓に当たる部分が、特殊な『生命機器』と呼ばれるモノである。 『統治型』と『単体型』に大きく分けることが出来る。『統治型』とは体内に組みこまれた『生命機器』は端末と同じで、特定の場所に存在する中枢が存在するモノ、『単体型』とは体内の『生命機器』そのものが、生命活動を支えているモノ、となっている。 もちろん、第一級禁止旧文明産物だ。 では、なぜアーマノイドの反乱が起こりうるのかというと。 治療不能な深手や病気の再生研究のためには避けて通れない研究対象のために、研究自体は盛んであり、あまり表沙汰にはなっていないが、裏では出すモノさえ出せば、アーマノイド作成が可能だからだ。 不慮の事故で、大事な者を失うくらいなら、と思うことを、誰も止めることはできないだろう。 もちろん、禁止している理由はある。『生命機器』は所詮は、人が作ったモノなのだ。 ようは、作成者がその気になれば、アーマノイドを操ることができるから、だ。 アーマノイド相手に限られはするが、『緋碧神』になりえる。 そして、なった者がいる。 その関連では、知らない人はいないというくらいに知られたアーマノイド研究者である、矢野博士。 ドクターと呼べば彼のことを指すほどに。 その目的は、アーマノイドの市民権確保。しかし、今回の反乱は、要求通過には逆効果を及ぼしている。 せんだっての『紅侵軍』の記憶が新しい世論は、操ることの出来るモノの存在を『危険』と感じ、裏で黙認されていたアーマノイドの徹底取締りに傾いている。 取り締まりの有無はともかくとして。 まずは、ドクターと率いられているアーマノイドをどうにかしなくてはならない。 どうにかといっても、アーマノイドを知っている者で、知らない者はいないというくらいの天才が相手だ。 それは、じつにやっかいである。 『統治型』に関しては、ドクターのいる中枢をたたかなければならないから、まずは『単体型』をしらみつぶし、その戦力を割く、というのが、総司令部の方針。そして、その『単体型』の始末を命じられたのが『第3遊撃隊』。 先ほど亮が口にした『フィルター』とは、『単体型』の『生命機器』を見つけ出すための特殊な道具だ。ドクターの作り出したアーマノイドは、通常のフィルターにはつっかからない高性能の『生命機器』を搭載しているのだ。 「潜りこんでいるアーマノイドを見つけ出すことが急務ですから、特殊フィルターを用意しました。コレの扱いですが……」 亮が、言葉を切った。 少し、間があってから、五人がそれに気付く。怪訝そうに、亮に視線を向ける。 らしくない、ことだ。 口元に苦笑が浮かぶ。 「せっかくですから、村神さんの意見も交えて対策を考えることにしますか」 亮の言う『村神さん』とは、『第3遊撃隊』の前軍師、村神優のことだ。 対『紅侵軍』戦時の作戦失敗の責任を取り、辞職、留学中だ。その優が、一時帰国するという。 到着が、今日なのだ。 いまさら、亮を軍師として認めないなんて、誰も思っていない。 そういうのとは別に、結成当時のメンツが揃うというのは、嬉しいモノだ。 でも、それを後任の軍師に察されるのは、少々決まり悪い。 「あ、うん……」 忍が、歯切れの悪い返事をする。 なんとなく、沈黙が訪れた。 その気まずさをかき消すように、誰かの来訪を告げる音がする。 ここを訪ねることが出来る人間は、限られている。だから、誰が来たのかは、明らかだ。 麗花が、弾かれるように立ちあがる。 「話の続きは、明日にしましょう」 亮の台詞に、四人も次々と立ちあがる。 最後に残った亮は、手にしていたフィルターに目を落とした。 そして、特殊と自分で言ったそれを、ぞんざいに置くと、総司令室を後にする。 夕食は、亮が腕をふるってくれたようだ。いつもより、豪勢なメニューが並ぶ。 優は、留学前と変わらず穏やかな表情でみなの話を聞いている。もともと、聞き上手のほうだ。 もちろん、半年のあいだに優がなにをしていたのか、も興味の対象になる。 留学先のことやら、専攻のことやら、そういう話題が盛りあがる。 別れ際に、『勉強が終わったら、また軍師に挑戦するよ』と言っていたが、その言葉通り、そういう関係の勉強をしているらしい。 きいた俊が、ふ、と言う。 「今回は、けっこうやっかいそうだよな」 「ああ、アーマノイドの反乱のこと?」 優は、確認する口調だ。リスティアのみならず、世界中のトップニュースとなっていることだ。 『第3遊撃隊』なら、間違いなくなんらかの任務についていると考えるのは、不自然なことではない。 ましてや、関わったことのある人間なら。 というわけで、ヘタに隠したところで無意味なので、あっさりと頷く。 「そう、それ」 ホットサラダの皿を持ってきた亮の方を、優は向く。 「やっぱり、対策としては……」 「フィルター性能の向上しか、ないでしょうね」 あとを引き取った亮は、当然、続きとして出てくる疑問にも、先に答える。 「まだ、問題もありますが、対応品ができました」 「そうなんだ?」 思わず、麗花が言う。それから、総司令室で亮が言いかかってたのがそのことだったのに、思い当たってちょっと頬を染めて黙り込む。 「単型がつぶせるね」 「その、予定ですが」 言い切らない亮の返事に、優は微笑む。 「慎重だね」 「結果が出ないことには」 「でも、その対応品って、亮も手がけたんだろ?」 忍が尋ねる。肯定の返事が返ってくるのを待って、続ける。 「だったら、大丈夫だろ」 「ドクターは優秀な科学者ですから」 軍務関係でココまで慎重なのも珍しい。いつもなら、対応品ができたところで『あとは作戦の良し悪しで決まりますから』くらいのことは、言いそうだと思うが。 逆にいえば、それだけ油断のならない相手、ということになるのだろう。だからこそ、少々集中力に欠いていた今日は、説明することを避けたのかもしれない。 優も、頷いてみせる。 「確かに、彼相手に油断は禁物だと思う」 食事をしている手を止めて、まっすぐに亮のほうを見る。 「あまり役立つとは思わないけれど、協力させてくれないか?」 この申し出は微妙なものだ。『第3遊撃隊』はすでに、亮を軍師として機能している。 が、亮は迷う様子もなく微笑んで見せた。 「ありがとうございます」 「ホントに?!」 「最強ね」 女の子らが喜んで声を上げる。ジョーも微笑んだ。 忍が微かに、首をかしげた。 「………?」 「どうかしたか?」 俊が小さく尋ねる。忍は、首を横に振った。 「いや、なんでもないよ」 話題の方は仕事のことから、留学先でのおもしろい出来事へと移って行き、食事はなごやかに過ぎていく。 皆が部屋に引き上げた後。キッチンには後片付けをしている亮だけが残っている。 が、その手を止めて、顔を上げる。 優が立っていた。 「ごちそうだったね」 にこり、と微笑む。 「口に合ったんだといいんですけど」 「とても、おいしかったよ」 「それなら、よかったです」 返事をして、亮はまた、食器を拭きはじめる。 「……早かったね」 優は、先ほどとは語調を変える。おだやかな声には変わりないが、鋭さがある口調だ。 食器を拭く手を休めないまま、亮は答える。 「データがそろっていたわりには、遅いですよ」 二人が話題にしているのは、フィルターのことだ。 「あれは、全単型に対応してるのかな?」 「まだ、していません」 「やろうと思えば、すぐにできる?」 「望めば、ですが」 亮の返事に、優は笑う。ごく、自然な笑い声だった。だからといって、緊張感は消えていないが。 「まるで、望んでいないように聞こえるね」 それから、真顔に戻る。 「もしかしたら、望めばすぐ済むかもしれない」 「もう、納得しないでしょう」 言葉足らずな返事に聞こえるが、それで優は納得したらしい。 「たしかにね、やりすぎだ」 「タイミングが、悪すぎました」 食器を片付ける手が止まる。顔を上げた亮は、無表情だ。感情のこもらない声が、言う。 「あまりにも」 それから、急に語調を緩める。 「なにか、飲みますか?」 優も、微笑んだ。語調から、鋭さが消える。 「カフェオレ、入れてもらえるかな」 二人の語調の変化で、気配に気づかれたことを察した忍は、そっとその場を離れる。 亮の感覚は、相変わらず鋭い。 別に、立ち聞きをしようと思って、行ったわけではない。 喉が乾いたので、冷蔵庫に冷やしてあるお茶でも飲もうかと降りていっただけだ。 そうしたら、聞こえてきたのだ。優の声が。 なんと言っているのかはわからなかったが、その声には軍師のときにでる緊張感があった。 優が、総司令室以外でその緊張感のある声を出すことは、現役時代ににはなかったことだ。 だから、思わず足を止めた。 いま、二人の間で、緊張感を伴って会話されることがあるとしたら、『アーマノイド反乱』以外には、考えられない。 はっきりと聞き取れたのは、亮の無表情な声だけだ。 あまりにも、タイミングが悪すぎた、という。 階段を登りながら思う。 亮が、あんなふうな無表情になるのは、なんらかの感情をかき消している時だ。 優が戻ってくるタイミングが悪かったとしても、本人の前であんなふうには言う訳がない。 いったいなにの、と、忍は思う。 タイミングが悪かったのだろう? 亮の表情が消えるほどのことが、起こっているのだろうか? だとしたら、今回の事件は、根の深いモノになるのかもしれない。 |