〜4th Alive on the planet〜 ■drizzle・2■
降りおろした『龍牙剣』が、空を切る。
目前のホログラフィーの敵は、ニヤリと口元に笑みを浮かべてかき消える。 忍は、思わず舌打ちする。 両目で見ることと、片目で見ることがこんなに違うとは思わなかった。片目をアーマノイド識別用特殊フィルターに奪われてるので、実際の戦闘に使えるのが片目だけなのだ。 利き目を使ってるとはいえ、この距離感のなさにはまいる。 実戦でこんなヘマをするわけにはいかないので、訓練中、というわけだ。 しかも、忍一人が。 というのは、アーマノイドの『生命機器』を破壊するには、銃がもっとも確実だというので、もともと得物が銃のジョーだけでなく、俊、須于、麗花も今回は銃を使用することになったから、だ。 で、その場合は的が『生命機器』なので、フィルターに距離表示をつけることによって、片目しか使えないというハンデはなんなくクリアできた、というワケなのだ。 別に、忍が狙撃が苦手なわけではない。それどころか、遠距離射撃の腕なら五人の中でランクをつけたらジョーの次になるほどの腕だ。 なのに、通常の得物のままでいくことを決めたのは亮だ。 「誰か一人くらいは、接近戦もできてもらわなくては」 いつもの感情のこもらない声で、言ってのけた。 自分を選んでくれたのは嬉しいと思う。 それだけ、忍の腕を認めてくれている、ということだから。自分の得物が『旧文明産物』で、特殊な使用法があることも、選んだ理由のひとつだろうが、亮はそれだけで決定するような安易なマネはしない。 が、思った以上に、これは難事だ。 距離感と位置感が同時に狂っている。 最初よりは、ぐっとヒット率は上がってるものの、これではまだ、実戦には臨めない。 間をおいて、再び現れた敵を今度は確実に切り捨てるが、たたみかけるように現れたその次は、はずす。 まわりのバリアーがとける。 訓練プログラムが、一通り終了したということだ。 誰かが見ていることに気付いて、振り返ると優が立っていた。 穏やかな表情で言う。 「さすがに、片目は難しいだろう?」 「まぁね」 タオルで軽く汗を拭きながら、ミネラルウォーターを口にする。 「忍は遠距離狙撃、得意だったろう?」 そっちにしてもらえばいいのに、ということなのだろう。だが、忍が『龍牙剣』を使うことをきめたのは、軍師である亮だ。 必要もないのに、難しい要求をするコトはまずないと確信できる。 だから、あいまいに返事を返した。 「苦手ではないよ」 それを優はどうとったかというと。 「僕が、亮君に言おうか?」 「いや、もう何セットかやれば、もっと良くなると思うから」 首を横に振って笑顔になる。 「感覚はつかめてきてるし」 優はただ、微笑むと背を向ける。 どうしてそう思ったのか、忍にはわからない。 が、らしくない、と思う。 昨日の晩のことがあったからかもしれない。 「優……?」 思わず呼びとめた忍の方を、優は笑顔で振り返る。 「ん?」 「あ、いや、なんでもない」 なんとなく、らしくない気がしたから、なんて、言えるわけもない。 「そう?」 そのまま、優は行ってしまう。 忍は、『龍牙剣』を握り直す。 翌日、亮が示した作戦には忍の出番も十分、用意されている。 それを聞いた優が、かすかに眉をよせた。 「命中率が九十パーセントというのは、『遊撃隊』としては充分とは言えないと思うけれど」 それは、忍自身もわかっていることだ。 が、作戦を提示した場で口にすると言うのは、あまり感心はしない。軍師の作戦にケチをつけてるも同然なのだから。 なんとなく、イヤな感じの空気が漂う。 亮はそれで気分を害した様子は微塵もなく、相変わらず、落ち着いた口調ではっきりと言う。 「実戦も訓練と思ってくれてかまいません」 瞳にも、カケラの迷いもない。 やはり、なにか考えあってのことなのだろう。 「俺もフォローにはいるから、滅多なことはないし、な」 俊が銃をふってみせると、麗花がにや、とする。 「忍にサポートされてたりしてね」 「そりゃねぇだろ」 心底情けなさそうな表情になる俊に、思わず須于が吹き出す。 これで、一瞬凍りついた空気は、元通りになる。 それを見計らって、亮は出撃合図をだす。 忍たちは、頷いてみせると、その場を離れた。 五人が去った後で、亮は優に向き直る。その目つきは鋭いわけではないが、はっきりとした意思がある。 「忍には、『龍牙剣』でいってもらいます」 「万が一のことがあったら、どうするつもりなんだ?」 優も、まったく動じる様子もなく、亮を見つめ返している。 「そうならない作戦は、いくらでもありますよ」 「だが、効率がおちるはずだ」 「効率が悪いのも、数日です」 この場にもし、忍達がいたら、亮にしては珍しく多弁だ、と思うだろう。 優は、皮肉な笑み浮かべてみせた。 「ずいぶんと忍の腕をかってるんだね」 「実力は、いちばんよく知っています」 にこり、と笑う。 自信に満ち溢れているその表情に、これ以上言う台詞が見つからなかったらしい。ただ、軽く頷いてみせる。 亮は、大量のモニターに向き直った。 事前指示を与えるだけが軍師の仕事ではない。戦況がいつどうかわるか、わからないのだから。 少しのあいだ、めまぐるしく変わるモニターたちを優も見上げていたが、やがて背を向ける。 階段をのぼり、そして、居間にいく。 窓の外から見える、小さな庭に誰が植えたのか、コスモスが揺れていた。 もう、すっかり季節は秋なのだ。 まわりの木々も、その緑がくすんできている。 風が吹いてきたのだろう、葉がかわいた音をたて、そして花が揺れる。 柔らかく、しなやかに。 いまは風にも耐えているけれど、時がくれば、あの花も色あせ、そして枯れていく。 木々の葉も、やがてはその緑を失い、散っていくのだ。 それが、自然だから。 彼らは、時を逸したりはしない。 優は、視線をそらした。 いままでも、アーマノイドなのか、そうでないかの見分けはつけることができた。 なぜなら、彼らは前に見たことのある瞳をしていたから。 狂信者の瞳を。 『緋闇石』に操られている人間と、同じ瞳を。 望んで、そうなったわけではないけれど。 特殊フィルターの性能は、亮が『特殊』だと言い切るだけのことはあった。 どこか狂った機械人形たちの、『動力源』である『生命機器』をはっきりと捉えることができる。 姿形は、人間と変わらぬ彼らは、だが、『生命機器』を破壊されると、断末魔の悲鳴をあげることもなく、ぴたり、と止まってしまうのだ。 まるで、オモチャの電池が切れたかのように。 狂ったおとぎの国にでも、迷いこんだような気分になる。 アーマノイドたちが、声をあげないのも一因だろう。 ただ、こちらが彼らの『生命機器』を討ちぬく音だけが、響き渡るのだ。 『生命機器』を失った彼らは、糸が切れた操り人形のようにその場にくずおれていく。 正直なところ、気味の悪い光景だ。 いつだって、実戦は気分のいいモノではないが、今回はまた格別に、だ。 帰り道も、なんとなく、黙りがちになる。 その沈黙にも耐えられなくなったのだろう。 麗花が、ぽつり、と言う。 『なんか、気持ち悪いね』 通信用のヘッドホンを伝わってきた声が沈んでいる。 血がでるわけでもない、苦しそうな表情になるわけでもない。 ただ、その動きが止まるだけなのが、返って気味が悪い。 しかも、その目つきが普通でないときている。 『『紅侵軍』相手のときのほうが、まだマシだったよね』 黙りこんでいると、様子が頭に浮かんでくるのか、麗花はまた、口をひらく。 たしかに、『紅侵軍』は完全に狂信者の目付きではあったが、ケガをすれば血も出るし、苦しそうな表情もした。 彼らは、まだ、人間らしかった。 『人形みてぇだもんな』 俊も、いつもより低い声で言う。 そしてまた、沈黙が訪れた。 しばらくしてから、だ。 忍が、考え込むような口調で言った。 『でも、ほっとした顔、してた』 銃での応戦は、ある程度の距離をおくことになる。得物が剣である忍だけが、接近戦をしているのだ。 いちばん目前で見ていることになるわけで。 『……そうかも、しれないわね』 須于が、少し考えてから返事をした。 生命機器に付加された、なんらかの機能によってドクターの思いのままに操られてはいるけれど。 彼らだって、生きているのだから。 どこかに、彼らの『意思』が残っているのだとしたら。 反乱は、望みではないかもしれない。 でも、自分の手で自分を止めることはできない。 止めてくれるのを、待ってる者も、いるかもしれない。 自分の『意思』で動かない自分など、生きていることにはならない。 確かに、ドクターの目的は、切実なモノだったかもしれない。 それに用いられた手段は、間違いだと、断言できると思う。 どんなに、後味が悪いとしても。 止めなくてはならないと思う。 誰も止められないのなら、自分たちの手で。 ひとまず、アーマノイドたちには、立ち向かわざるをえないのだ。 でも、なんとなく、すっきりしないのは、多分。 俊が、ふと、思い出したように、言う。 『優、どうしちまったんだろうな』 |