〜4th Alive on the planet〜 ■drizzle・7■
薄暗かった部屋が、急に明るくなる。
優が閉めた扉を、誰かがあけたのだ。 こんなときでも、殺気があるかどうかを判断している自分に気付いて、微かに苦笑する。 敵ではない。 俊か、誰かだろう。 あまりにも、戻りが遅いので、心配になって見に来たのだろう。 だとすれば、全て、終わったのだ。 今回の首謀者のドクターのケリもついたのだろう。じゃなければ、様子を見に来る、など出来るはずがない。 ただ、誰が来たのかを確かめるために、顔を上げる気にはなれなかった。 と、いうより。 優から、目が離せなかった。 「忍、大丈夫か?!」 扉をあけた人物は―この声は俊だ、と忍はぼんやりと思う―まずは膝をついている忍が目に入ったのだろう、ケガでもしたかと思ったのか、驚いた声を上げる。 それから、忍の視線が、なにを見ているのかに、気付いたらしい。 息を呑むのが、わかる。 「優……?」 きっと、一緒に忍が握り締めたままの『龍牙剣』も視線の中には入っているだろう。 この部屋に、他の人間がいた気配は、まったくないのだ。 そして、片方が倒れているというコトは。 起こったことは、ひとつしか、考えられないから。 「ねぇ、第一級旧文明産物ってどういうコト?『生命機器中枢』って、ドクターが造ったんじゃないの?」 やはり、心配で様子を見に来たのだろう、俊の後ろから麗花の声がする。 「俊?」 麗花の、怪訝そうな声。 そして、驚愕のあまりに、低くなった声。 「……どういう、コト?」 信じられるわけがないだろう。 自分だって、まだ、悪い夢の中にいるような気がしているのだから。 でも、紛れもない現実。 優が、旧文明産物の『生命機器』を持ったアーマノイドだったことも。 その機能を止めたのが、自分だということも。 様子を見に行ったまま、俊も麗花も戻らないものだから、ジョー達もなにかがあったと思ったのか、足音が近付いてくるのが聞こえる。 いつまでも、悪夢の中には、いられない。 立ち上がると、剣を鞘におさめる。 そして、まっすぐに顔を上げた。 「ドクターは?」 「毒を飲んだわ」 まだ、室内の様子を知らない須于が、答える。 「じゃあ、終わりだな」 呆然と立ち尽くしたままの、俊と麗花の脇を、通り過ぎる。 「フィルター、どうした?」 ジョーが、怪訝な表情をする。 古いほうに戻ってることに気付いたのだろう。 コレを通して見えるモノは。 口元に、笑いが浮かぶのがわかる。苦笑、が。 「コレが、最強モノ、だよ」 「どういうことか、聞いてないわ!」 我に返ったのは、どうやら俊より麗花が先だったらしい。よく通る声が忍の足を止める。 「亮の言った『第一級禁止旧文明産物』って、『生命機器中枢』のコトじゃ、なかったの?!」 振り返りらない、返事もしない忍に、さらに麗花の声がかぶさる。 「どうして、優が倒れてるのよ?!どうして、血が出てないの?!」 「……答え、知ってるじゃないか」 忍が、振り返る。 「『生命機器中枢』の旧文明産物部分は、外殻だけだった」 血が出ない、死体。 それがなんなのか、麗花もよく知っているはずだ。 麗花だけではない。俊も、ジョーも、須于も。 この一週間、イヤというほど、見てきたはずだ。 「……優が、アーマノイドだったってのか?」 俊の、声。 無言が、肯定の返事だ。 「なんの話なの?高性能フィルターで、全部見えてたはずでしょう?」 須于が、戸惑った声で問う。 ジョーには、なにがあったのか、理解が出来たのだろう。 「ドクターの造った以上の、性能のモノが、存在したということか」 もし、それが存在するとすれば。 間違いなく、『旧文明産物』だ。 そして、それを止めることが出来るのは。亮の、『命令』の意味は。 「亮は、忍に、優を殺せって言ったの?」 優が、なんであろうと、人間なのは、忍にとってだけではない。 だから、また、亮が先回りをしたコトに気付く。 優と忍の会話は、亮以外には、聞こえてはいない。 なのに、亮はみなに聞こえるようにあの『命令』を出したのだ。 亮が『命令』しなくても、そうしていたのは、確かなこと。 それも、亮は知っていたはずだ。知っていて『命令』したのは、きっと。 頭では理解できても、感情はついていかないから。 これは『命令』だったから。 もし、誰かを責めずにはいられないとしても、忍を責めることのないように。 忍からは、返事が返ってこないとわかったのだろう。 麗花はヘッドホンの向こうの亮に向かって声を張り上げる。 「亮、そういうことなの?!」 『……そう、ですよ』 かすれた声が、それでも、はっきりと肯定する。 その声で、忍ははっとする。目前のあまりの出来事と、『命令』した時の亮の声が、あまりにもはっきりとしていたので、失念していたが。 亮の身にも、なにか起こっているはずだ。 指示を差し替えるのに、あれだけ苦労していた。 優が、自分の機能を忍に止めさせようとするのを、あれだけ邪魔して見せたのだ。みすみす、こちらに向かうことを、許しはしないだろう。だとすれば、優はその障害を取り除いたことになる。 怒鳴った麗花にも、亮の声色がいつもとは違うことはわかったのだろう。 整理はできないまでも、いつまでもここにいても、仕方がないとは判断したようだ。 「ともかく」 そうとしか、言えない。 「戻ろう」 優の遺体に手を触れることは、許されない。 血の出ない遺体の、機能を止めたそれは、総司令部の手によって回収される。 もう二度と、こんな悲劇を起こさないために、それらは抹消される。 『生命機器』を取り除かれた彼らがどうなるのか、それは、忍たちにもわからないこと。 例外は、ありえない。 なにも、会話もなく、帰路をただ、急ぐ。 どういうことなのか、順序だてて説明出来るのは、亮しかいないだろう。 忍も、わかってはいるのだろうが、口を開こうとしない。 が、戻ってきた忍たちを迎えたのは、ロックされた総司令室だ。 亮は、その中に篭ってしまっているらしい。 アーマノイド相手の戦いは、全て終わったはずだ。『旧文明産物』の『生命機器』も、止めたのだから。 総司令室でやることなど、ないはずなのに。 「亮、ちゃんと説明してよ!」 ヘッドホンを使って、麗花が呼ぶが、返事は返ってこない。 「さすがに、顔出せないってやつか?」 俊が、ドコに怒りをぶつけていいのかわからずに、イラついた声を上げる。 そうではないと、忍は思う。 『命令』までしたのだ。 責められる覚悟は、あるはずだ。 だとしたら、閉めているのは別の理由。 顔を出せない、のではない。でも、なにかを、見られたくない。 優は、自分の行動を邪魔させないために、亮になにをしたのだろう?そして、亮は、どうやって優の戒めから抜け出したのだろう? 物理的なモノは、抜け出されてしまう可能性が高いだろう。 『遊撃隊』に所属する者は、そういった場合の特殊訓練も受けている。軍師も例外ではない。 だとすれば、薬でも使うしかない。眠らせてしまうのが、いちばん、手っ取り早い。 眠らないためには、どうする? 亮が、眠らないためにしたことは、自分らに、見られたくないこと。 そして、気付く。 ヘッドホンのスイッチを入れる。 「亮、開けろ」 有無を言わさない口調に、俊も麗花も、ぎくり、とした視線を向ける。 「開けないと、龍牙で斬ってでも、入るぞ」 返事はなかった。が、扉のほうは、ロック解除の音がする。 忍が扉を開けると、眩しい光があふれてくる。 全てのモニターが、動作している。情報処理をしているのが、わかる。 振り返ろうとは、しない。 でも、床に落ちている小さな光が、忍の予測を裏付けている。 微かな匂いに、麗花は足をすくませたようだ。この匂いは、忍たちもよく知っている。 ただ、この部屋にその匂いがするのが、異様なだけで。 血の、匂い。 だから、亮は、ロックしたのだ。 その痕跡を消すだけの力は、もう残っていないから。 優にうたれた薬のせいだけではない。その薬に抗うために、自分でしたことでも、かなり弱っているはずだ。 亮のしたことは。 忍は、大股に歩いて行くと、亮の真正面にまわる。 血の気のひいた顔が、こちらを見た。 「……申し訳、ありませんでした」 優を、斬らなければならなくなったことを、言っているのだろう。 いままで、見せたことのない表情が、浮かんでいる。どうしようもない、痛みを抱えた顔。 忍は、ただ、首を横に振ってみせる。 帰ってくるまでに、完全とはいえないが、整理はついていた。 ドクターに操られなかった優には、自分の機能を止める手段は、他にもあったはずなのだ。 それでも、優は、忍たちに殺されるほうを、選んだのだ。 苦しませるとは、わかっていて。 亮の、せいではない。 他人を、責める気はない。 いつもは、左手の肘まで隠しているはずの手袋が、手首まで落ちている。 いつか、病院で偶然、バンドが切れたときと同じように。 が、見えている腕は、あの時の比ではない惨状だ。切りつけた、というより、切り刻んだ、という表現が、あっている。 忍の視線が、自分のキズに落ちているのに気付いたのだろう、亮の顔に、困ったような表情が浮かぶ。 「自爆装置は、止めなければならなかったから……」 眠らないためには、なんらかの刺激が必要だ。強い薬に抵抗するために、亮は自分で自分を切りつけた。 それくらいの痛みでもないかぎり、眠ってしまうから。 須于は、匂いに気付いた時点で、救急箱のほうに走ったようだ。が、亮のキズを目にして、息を呑んだ。 忍は、須于の手から救急箱を受け取ると、黙って、キズの手当てを始める。 亮も、それには抵抗しなかった。 代わりに、入り口で足を止めたままの俊たちの疑問に答えるために口をひらく。 「最初から知っていましたよ、村神さんが、なになのか」 だから、ここに戻ってこれたのだ、と亮は告げる。 いくら、元軍師でも『遊撃隊』に戻ってくることは、通常はできないのだ、と。 「じゃあ、最初から、こうなるとわかってたってコト?」 「……いずれにせよ、止めなくてはならないモノだったことは、確かです」 亮の静かな声に、俊の怒声がかぶさる。 「優は、モノなんかじゃねぇよ!」 「それでも」 亮の声ではない。 俊も、麗花も、ジョーも、それから、隣りにいた須于も、声の主を見た。 「誰かが、止めなくちゃならなかったんだ」 忍の、静かな声。 斬り捨てた当人である、忍に言われたら、これ以上はなにも言えない。 少しうつむいて、俊は黙る。 消毒を終えた亮の左腕に、忍は包帯を巻く。手当てが終わるのを待って、亮はうつむき加減だった顔を上げる。その顔には、さっきの痛みを感じている表情はない。 「……まだ、後始末があるので」 皆の方を振り返った亮は、いつもどおりの、軍師の表情だ。 邪魔をすることは、許さない表情。 まだ、血の匂いが残るそこから、五人は出る。 そして、総司令室の扉は、再び閉じた。 |