〜4th Alive on the planet〜 ■drizzle・8■
居間に入ってきた麗花が、不思議そうな表情になる。
台所に立っていたのが、須于だから、だ。 なにもない日なら、間違いなくいつも、亮がそこにいるはずだから。 「総司令室から、出てきてないみたいなの」 表情での問いに、須于が答える。 麗花は、ますます戸惑った表情になる。 「出てきてないって、だって……?」 「そう、丸二日、出てきた気配ないんだよ。さすがに、忍が様子見に行ってる」 ソファの方で新聞に目を落としていた俊が、肩をすくめる。 「そうだよね、ケガしてるのに」 「体力も、おちているはずだ」 煙草をふかしていたジョーが、ぽつり、と言う。 「薬、うたれたのに、寝てないからな」 「なに、やってるんだろうねぇ」 麗花も、ソファに腰掛けながら首を傾げる。俊が半ば諦めた口調で答える。 「さぁな、当人が言いたがらないんだから、聞くだけムダだろうな」 そういうあたり、亮は、徹底しているから。 言わないと決めたら、絶対、口を開いてくれないのは、よくわかっている。 だが、二日も姿を見せないのでは、さすがに心配にはなってくる。 対『紅侵軍』戦のときも、数日姿を見ないことはあったが、それは特別な事態が起こっていたから、だ。 たしかに、今回も特別な事態はあったが、それはもう、終わったのだ。 あまりにも、痛いキズを残して。 終わったはずなのに、今更、何をしているのだろう? アーマノイド事件がらみだ、とは思う。亮自身、後始末だと言った。たしかに、それが終わった直後から閉じこもっているし、もし、他の事件が起こっているのだとしたら、二日間、まったく出動無しとは考えられない。 足音が聞こえて、四人ともそちらに視線を向ける。 入ってきたなり、忍は、降参ポーズをしてみせた。 「もう少しだから、の一点張り」 須于が並べてくれた夕飯を食べるべく、テーブルにつきながら、半分は独り言のように呟く。 「気の済むまで、ほっとくしかなさそうだな」 「『龍牙剣』で斬るぞ、とは言わなかったんだな」 俊がニヤリとして言うと、忍は苦笑を浮かべる。 が、その笑みはすぐ消えた。 「あの時は、多分、アレをやってると思ったから」 忍の言う、アレ、がなになのか、はわかる。 目前で見た須于は、表情を強ばらせた。 麻酔をうたれたからといって、眠ってはならない状況だったことは確かだけれども。 あの切り刻み方は、尋常ではない。 「……まるで、自分を責めてたみたいだったわ」 須于は、まるで、と言ったけれど。 間違いなく、責めていたのだろう。本人に自覚があるかどうかはともかくとして。 亮は、最初から知っていた。 優が、アーマノイドであることを。しかも、『旧文明産物』の『生命機器』を持った、最も存在を消さなくてはならないモノであることを。 コトが大きくなりすぎる前に終わらせるためには、優の協力は無くてはならないモノだったのだろう。 おそらくは、ドクターの改造によって、アーマノイドになった優の。 優は、ドクターの内情を亮に伝えたに違いない。 それから、優の望みも知っていた。 内部に入れてしまうことの危険性も。 それでも、内部にいれたのは、もしかしたら。 微かに、望みをかけていたのかもしれない。 忍達の手にかかりたい、というのを、諦めるかもしれない、と。 でも、結果は。 そうは、考えてるけれども。 「多分、薬のせいで、力の加減が出来なかったんだと思うよ」 忍は、苦笑を浮かべてみせる。 前にも、やっていたことは、言うつもりはない。 多少、躰にムリはかかるだろうが、自分をああいうカタチで責めなくても、よくなるなら。 いまは、やらせておくしか、ないと思う。 「あとで、なんか食べるモノ持っていくのは、承知させたから」 「ご飯食べるなら、安心だね」 麗花が笑顔になる。 須于も、ほっとした表情で言った。 「消化のよさそうなの、つくるわね」 「頼むよ」 居間からでは、様子すらわからない総司令室のほうに視線をやってから、忍はご飯を食べ始める。 インターホンごしに呼んでも、返事がない。 滅多なことでは無理は言い出さない忍が、こうする、と言ったら、絶対なのは亮もよく知っている。いまさら無視するとは思えない。 体力的には、かなり弱っていた。倒れてる可能性も、ないわけではない。 ロックされてることを忘れて、思わず手をかけると、簡単に開いた。 「亮……?」 部屋の中は、薄暗い。 全稼動していたモニターが、おちているのだ。 中央のいちばん大きなモノだけが、なにか短いメッセージを出している。 近付くと、『データ送信了』だった。 もう少しで終わる、という言葉に嘘はなかったらしい。 何をしていたのかはわからないが、ともかくも終わったようだ。 そして、亮当人は、というと。 イスに沈み込んでいた。 肘までの手袋をした左腕が、力無く肘掛からこぼれおちて、下がっている。 少し、ぎくり、としながら、覗きこんでみる。 血の気のあまりない、整った顔を。 どうやら、規則正しく聞こえるそれは、寝息のようだ。 ぐっすりと、眠ってるらしい。 人の気配にあれだけ敏感な亮が気付かないところをみると、優にうたれた麻酔が、いまごろ効力を発揮しているのだろう。というより、いままで、亮が麻酔に逆らいつづけていた、というのが正確なところなのだろうけれど。 ちょうどいい、と思う。 いま、必要なのは休息だと思うから。 部屋に連れて行く前に、左手をとってみる。 どうやら、新たに切ってはいないようだ。 少し、ほっとして抱き上げる。 相変わらず、身長と釣り合わない体重の、細い躰を。 「………」 焦点の完全にはあっていない瞳が、こちらを見上げた。 イヤになるほど、敏感だと思う。 こんなときくらい、寝ていれば楽なのに。 すぐに、自分の足で立とうとするかと思ったのだが。 やつれた、という表情があっている顔に、どこか、辛そうな表情が浮かぶ。 「忍にとっては、人間だったんですよね……」 「……ああ」 忍の返事が、亮に聞こえたかどうかは、わからない。 麻酔による眠りに、また、落ちていったから。現実に目前に忍がいるのかどうかも、わかってはいないかもしれない。 言いたかったのは、優のことだろう。 忍達にとっては、優の正体がなんであろうと、関係無かった。 そのことを、亮はよくわかっている。 だが、『旧文明産物』だと知っていて、目に届かない範囲に置いておくことも、総司令部の立場からいけば不可能だ。 もっとも、危険な選択をせざるをえなかった。 軍師としての立場では、間違っていない。 亮も、それはわかっているはずで。 それでも、忍が優を斬るという結末を防げなかった自分を、責めている。 優を、この手で斬ったというコトが、痛くないわけはない。 でも、あのまま、苦しみながら、終わらない時を過ごさなくてはならないくらいなら。 望まぬ手にかからなければならなくなるくらいなら。 彼の望み通り、自分の手で止めてやることで、優が楽になれるのなら。 なにが正しくて、なにが間違っているのかなんて、わからないけれど。 階段を上がったところで、須于とあう。 多分、出てきたら、なにか食べたほうがいいと思って、待っていてくれたのだろう。 亮が抱きかかえられているのを見て、心配そうな顔つきになる。 「大丈夫、麻酔が、いまごろ効いてきただけみたいだから」 それを聞くと、少し表情をゆるめて頷く。 須于も、亮が敏感なのは察してるらしい。 そのまま、階段を上がって、亮の部屋に入る。 ベッドに寝かせてやって、毛布をかけようとした時に、亮はもう一度、瞼を開いた。 相変わらず、どことなく焦点の合ってない瞳のままで。 また、辛そうな表情が浮かぶ。 「それでも、待っててくれる人は、いるんでしょうか……?」 なにか、気がかりがあるのだと思う。 どのくらい強い麻酔を、優にうたれたのかはわからないが、あれだけ切りつけなくては眠ってしまうほどだったのだから、かなりのモノだったのだろう。 その眠りを途切れさせるほど、なのだから。 でも、いまは。 少しでも、休んだほうがいい。たとえ、麻酔の力を借りてでも。 「大丈夫、待ってるよ、絶対」 聞こえているのかはわからないが、安心させる言葉を選ぶ。 「もう、彼らは、充分、苦しんだんですから……」 亮の言ってるのが、どうやらアーマノイドたちのことだとは、察しがつく。 確かに、自分の意思で動けなくなった彼らは、どんなに苦しんだだろう? 忍の脳裏にも、機能停止したとわかった瞬間に、ほっとした表情になった彼らの顔が浮かぶ。 苦しんだのは、彼らだけではないことも、知ってる。 「うん、もう充分だと思うよ」 亮も、自分を責めなくて、いい。 「だから、亮も、休めよ」 まぶたに、手をやる。 逆らわずに、閉じるのがわかる。 どこか、辛そうな表情のままではあったけれど。 ひとまずは、眠りに落ちたようだ。 忍は、毛布を肩までかけてやると、そっと立ちあがる。 それから、自分の部屋への扉を音をたてないように開ける。 部屋に入り、扉を閉じる前に、もういちど、振りかえる。 それでも、待っててくれる人、とは、誰を指しているのだろう、と思いながら。 |