〜4th Alive on the planet〜 ■drizzle・9■
総司令官である天宮健太郎から、直接、忍に連絡が入ったのはアーマノイドの件のケリがついてから、一週間後のことだ。
たしかに忍は『第3遊撃隊』のリーダーという立場だが、通常の連絡は軍師であり、健太郎の子である亮のところに入る。 ようは、とても珍しいことだ。 亮に連絡せずに、忍自身に連絡したというコトは、他には知られたくない用事なのだと察しがつく。 しかも、総司令部への呼び出しとは、なんとなく穏やかではない。 忍は、でかけてくる、といって、家を出た。 総司令部のビルについて、エレベーターに乗る。 最上階である百階が総司令官室だ。 いかに最速のエレベーターとはいえ、少し時間がかかる。 ガラス張りのそこから、外を眺めながら考える。 いったい、なにが起こったのだろう? 正直なところ、想像もつかない。 亮は、倒れた翌日の夕飯の準備から、いつもどおりに姿を見せるようにはなった。 もともと、そう口数の多いほうでもなかったが。 いままで以上に、亮は、表情もなければ、口数も少ないようだ。 コトがことだっただけに、忍達に話しかけにくいのかな、というのが麗花の見解だ。 それに、周囲も同意したようだが、忍は、それだけではないと思う。麗花の見解道理の心理も、もちろん、あるのだろうけれど、どうも、それだけでもなさそうだ。 なにかに、気を取られているように見える。 後始末をすると言っていたのだから、それが終われば、全てが終わったように思えるのだけれど。 なにか、結果待ちらしい。 忍たちに、後始末の内容を言わないのだから、なにを待っているのかも、口にはしないだろう。 あえて、問うこともあるまい、と思った。 ひどく、思いつめている様子でもないので。 もし、なにかあるのだとしたら、亮が気を取られている、そのことだろうと思う。 でも、そうだとしたら、亮が一緒に呼ばれないのは不思議だ。 まったく考えのまとまらないうちに、エレベーターは百階に到着したことを告げる。 特別な暗号をテンキーに入力すると、扉が開く。 それから、もうひとつ、扉が開いて、その向こうに部屋の主である総司令官がいる。 忍の来訪に総司令官、天宮健太郎は微笑んだ。 「呼び出して、悪かったね」 顔を合わせるのは通信機を通じたモノを入れて三回目だが、そのどちらよりも、穏やかな表情に見える。 が、それは一瞬で、すぐにいつもの無表情に近いモノになる。 そして、言った。 「今回の任務は、辛い思いをさせたね。すまなかった」 イスに座ったままではあったが、頭を下げられる。目上の者に頭を下げられると、どうしてよいか、いまいちわからない。 「え、いや……でも、優がそれで楽になるのなら」 俊たちにも言わなかった本音が、思わず口をつく。 それを聞いた健太郎は、また、微かな笑みを浮かべる。 「なるほど、村神くんの人選は、間違っていなかったわけだ」 「……?」 「村神くんから、君宛に手紙がきている」 机上に白い封筒が置かれる。 「日付指定郵便で、今日届いたものだよ。コトがコトだっただけに、扱いに困ったらしくてね、私のところに回されてきたんだ」 が、封筒に開けられた様子はない。 忍の表情から、言いたいことはわかったのだろう。笑顔のまま、続ける。 「読む権利があるのは、君だからね。でも、内容によっては家では読まないほうがいいかもしれない」 手紙というのは、個人から個人にあてたモノだ。通常なら、兵役義務中の者宛のは総司令部に集められ、そのまま、それぞれの元に転送される。 が、今回はアーマノイドだった者からのモノで、しかも、日付指定、ときている。 そのまま転送するのは、どうかと危ぶむのは理解できる。 総司令官の前とはいえ、忍にまず、手紙を読む権利を残しておいてくれたのは、事件内容から考えたら、ずいぶん寛容な処置だ。 忍は頷いてみせ、封筒を手に取る。 几帳面な文字で、自分の名が書かれている。いままで優の字を見たことはなかったけれど、らしい字だ、と、思う。 丁寧に封筒をあけると、便箋を広げる。 中にも、几帳面な文字が並んでいた。 『この手紙を君が読む頃、僕はもう、この世にはいないと思う。 そうであることを、望んでいる。』 そういう書き出しで始まった手紙は、便箋三枚に及んでいて、そして、読み終えた忍は。 それを、健太郎の前に差し出した。 「かまわないのかな?」 「ええ、事後処理に必要な事柄も、含まれていると思いますから」 健太郎は、手紙に手早く目を通し、終わると丁寧にたたんで、忍に差し出す。 「いいんですか……?」 アーマノイドからの手紙だ。 微妙なことが書かれているのは、読んだ忍がよくわかっている。そして、こういったものは資料として保管されるのだ、ということも。 「ドクターの動きに関しては知っていたし、後の内容は、あえて衆目にさらすこともないだろう。個人のコトだ」 忍が戸惑ったままの表情なのに気付いた健太郎は、さらに付け加える。 「この手紙は、村神くんが、アーマノイドとしてじゃなくて、個人として君に書いたモノだから」 健太郎も、忍にとって優が人間であると、知っている。 そして、それを認めてくれている。 思わず、頭を下げた。 健太郎は、それを気にする様子もなく、もう一つ、封筒を取り出した。 「こちらは、君たち宛、だよ」 「君たち、というと……?」 「『第3遊撃隊』宛、ということさ。出した人は、誰に出してよいかわからなかったみたいで、アーマノイドを止めた人へとなってるけどね」 「内容、確認してもいいでしょうか?」 ここで、という意味だ。 アーマノイドを止めた者に宛てているということは、非難する内容のこともありえる。それでなくても、優の一件で、だいぶへこんでいる状態なのに、そんなモノを皆に見せることはない。 忍の懸念は、すぐ理解出来たらしい。健太郎は、頷いてくれた。 封筒を裏返すと、知らない名前が書いてある。 だけど、名乗っているというコトは、そう悪い内容でもないのかな、と思いながら広げる。 読み進むうちに、忍の表情はなんともいえないモノになってきた。 手紙を封筒に戻した忍は、健太郎のほうに、笑顔を向けた。 「二通とも、持って帰ります」 「そうか、では、これが受領だよ」 サインをする忍を見守りつつ、何気ない口調で健太郎は付け加える。 「そうそう、伝言を頼めるかな」 「伝言ですか?」 「君のところの軍師にね、『全員、帰ることができた』と」 顔を上げると、健太郎は微笑んでいる。 忍のところの軍師、とは、もちろん亮のコトだ。総司令官直下で、すぐに連絡が付く上に自分の子だ。 直に連絡を取るのが、イチバン早いはずなのだが。 なんとなく煙に巻かれた気分になりながら、確認する。 「そう言えば、わかるんですか?」 「ああ」 健太郎は、相変わらず笑顔で頷いてみせた。 「……そうですか」 健太郎からの伝言を聞いた亮の返事はそれだけだけだったが、なにかに安心したのが、忍にもわかる。 少しおとしていた視線をあげて忍と眼があうと、一瞬、困ったように視線を逸らす。 が、思い直したのか、こちらをもう一度、見た。 「亡くなった方たちの遺体、みんな、家族に引き取ってもらえたようです」 「亡くなったってのは……」 だいたいは察しがつくが、一応、確認する。 亮は、頷いてみせる。 『亡くなった人』というのは、『生命機器』を止められたアーマノイドたちのことだ。 「後始末って、それだったのか?」 もう一度頷いて、亮は肯定してみせる。 それから、少し考えたあと、ゆっくりと話し出す。 「『生命機器』がなければ生きていけない状況になるとしたら、大事故に巻き込まれるかなんかしか、ないですから……」 言い換えれば、もう、死んでいるとしか言いようのない状況に巻き込まれていることになる。ようは、あの大怪我が直りました、とは言い難い状況なのだ。 それでも、生き延びる方法といったら。 別の、人間として生きていくしかない。 戸籍はない。当然、社会保障などない。通常の人生を、歩むのは難しくなる。 それでも、生きていて欲しいと望む人々が、アーマノイドを生んだのだ。 だから、アーマノイドたちが名乗っていた名前は、虚偽ということになる。実際は、もう死んでいるハズの人間なのだから。 生きている間も、元通りには、家族や大事な者たちとは暮らせなかっただろう。 そして、死んだ後さえも、帰る場所がないのでは、あんまりだ。 それでは、あまりに酷すぎる。 「もしかして……?」 「ドクターの研究所に残されていたデータを使えば、探すことは簡単でしたから……ただ、数が膨大なので、処理に時間がかかりましたけれど」 さすがに、そんな膨大な数のアーマノイドたちの家族に、連絡をとることはできない。 だから、そこから先は、総司令官と総司令部にまかせたのだろう。 『生命機器』を取り外された彼らは、普通の人間の遺体となんら、変わらない。 遺族たちに返すのに、なんの問題もない。 忍には、朦朧としながら言った亮の質問の意味が、やっと理解できた。 『それでも、待っててくれる人』とは、もう、生きてはいなくなってしまったアーマノイドたちを、それでも、帰りを待っててくれるかどうか、だったのだ。自分の意志ではないにしろ、あんな事件の主役になってしまった、彼らを。 自分たちのしてしまったことを思い出させるモノたちを、迎えることができるだろうか? 問わずにはいられなかったのかもしれない。 自分のしていることは、とんでもないおせっかいではないか、と。 だけど、結果は。 みな、家族のもとに帰ることができたようだ。 「そっか、優だけが特別じゃなかったんだな。よかったよ」 忍の台詞に、今度は亮が首を傾げる。 「優のおふくろさんから、手紙が来たんだ」 言いながら、ポケットから取り出してみせる。 亮は、あて先を確かめてから、広げる。 内容は、もう忍は知っている。苦しみながら生きてきた息子を止めてくれたことを、そして、事件に関わったモノであるのにも関わらず、遺体を引き取らせてくれたことを感謝する文面だ。 読み終えた亮は、かすかに微笑んだ。 この手紙で、救われるのは忍だけではない。 命令だと、告げた亮も、そうだろう。 他のアーマノイドたちにとどめを刺した俊もジョーも須于も麗花も。 それから、忍は、もう一通の手紙を取り出す。 優からの、手紙を。 亮は、あて先を見て、いいんですか?と確認をする。 「ああ、亮には、読む権利、あると思う」 丁寧に、亮は白い便箋をゆっくりと、丁寧に広げた。 |