〜静かな夏休み〜 ■candle・2■
ちら、と須于が時計に目を落とす。
「なんか、遅くないか?」 俊が、疑問を口にする。 麗花は、洞窟のほうへと目をやる。 「うん、ちょっと遅いね」 三十分は、とうに過ぎている。どんなにゆっくり歩いたとしても、充分に戻って来れるだけの時間は経っている。 「意外な人がつっかかったなぁ」 つっかかったといっても、そう大変なコトにはならないはずだ。麗花は、そこまで計算にいれてこの洞窟を選んだのだから。 万が一、蝋燭が消えても、月明かりを頼りに出て来れるはずだ。 「ま、そろそろ出てくるでしょ」 その言葉を合図にしたように、人影が洞窟の入り口に現れる。 案の定、手にした蝋燭の火が消えている。 俊が、手にしていた懐中電灯をつけて振ってやる。 「大丈夫かぁ?」 どうやら、頷いてみせているようだ。 こちらに近付いてきた亮を見て、須于が驚いた声を上げる。 「ほっぺた、どうしたの?」 擦り傷ができて、血が滲んでいる。 亮は、照れたような笑顔を浮かべる。 「途中で、転びました」 「うっわー、かっこわるー」 麗花のコメントだ。俊も、苦笑している。 「他は、大丈夫なのか?」 忍が、他にケガをしていないのか確認する。亮は、こくり、と頷く。 「ちょっと、足元をよく見てなくて」 「暗いからな」 ジョーのコメントは、いちおうフォローなのだろう。 「蝋燭の明るさでも目が慣れてしまうと、月明かりも、けっこう暗くて……時間がかかりました」 心配をかけたと思ったのか、珍しく長い説明だ。 「うふふふふふふ」 亮がこけて、あげくに蝋燭が消えて困惑してるところを想像したのだろう、麗花が不気味な笑いをもらす。俊も、おかしそうに口元が歪んでいるところをみると、想像してしまったようだ。たしかに、いつも落ちついている亮がこけた、というだけでも充分に笑える。 「ま、取って食われてなくてよかったよ」 「じゃ、俺の番だな」 忍が、自分の蝋燭に火をつける。 「よーし、トリ、行ってこーい」 麗花が元気よく手を振る。 軽く手を振ると、洞窟へと向かう。 洞窟の中に入ってすぐ、涼しい風が頬をなでて行った。 外気よりも、幾分、気温が低く感じる。 が、どこからか月明かりが漏れているらしく、蝋燭とあいまってそこそこ、明るい。 しかも、けっこう、平らな部分が多い。 よほどの不注意でもない限り、コケそうには見えない。 あの亮が、ここでこけたのか、と思うとなんとなく、不思議だ。 そんなコトを考えながら歩いて行くと、すぐに祠にたどり着く。 少し減って、火が消えたのが五本。それから、まだ真新しい印付きの蝋燭が、一本。 祠の前に、ゆらゆらとゆらめく、大きな蝋燭が一本。これで、火をつけるのだろう。 忍は、印付きの蝋燭を手にして、大きな蝋燭にかざす。火がついたのを確認して、祠に向き直る。 「…………?」 祠の扉が、ゆるく開いている。 でも、手を伸ばして届く場所ではない。 もともと、開いていたのだろう。 でも、と思う。 なにかが、おかしい。 いたはずの気配は、どこに行ったのだろう? しかし、ないものはないのだし、詮索するのは野暮だ。 忍は、祠に背を向ける。 「お帰り〜」 能天気な麗花の声に迎えられて、肝試しは終わり、だ。 亮の顔を、もう一度覗きこむ。 「ケガ、大丈夫か?」 「戻ったら、いちおう消毒しますよ」 穏やかな笑みが返ってくる。心配をかけないように、だろう。 「結局、いちばんドジやったのは、亮かぁ」 「なんか、意外」 などなどのコメントをしつつ、ログハウスに戻って行く。 翌朝、だ。 なにか物音がした気がして、忍は目を覚ます。 「亮?」 尋ねたのは、音をたてるとしたら相部屋の亮くらいしか考えられないからだ。が、返事はない。 壁を向いていた体を、逆に向ける。 隣りのベッドは、もぬけのカラ、だ。どうやら、今の音は部屋を出た音らしい。 ちら、と窓に視線を移す。夏の陽さえ、まだ昇っていない。 夜中に目が覚めることはあるが、亮がそれで起きあがってどこかに行くというのは珍しい。などと思っていると、バイクのエンジン音が飛びこんでくる。 こんどこそ、忍は飛び起きる。 そして、カーテンを開け、窓を開け放つ。 共用のバイクに慣れた様子でまたがり、まさに走り去ろうとしているのは亮に違いない。 「…………?」 忍は、首を傾げる。 結局、亮が戻ったのは、陽もとっぷりと暮れたあと、だった。 あんまり遅いので、五人で夕飯を済ませて、まだしばらく経ってから、だ。 シャワーをすませて戻ってきた亮に尋ねる。 「どこ、行ってたんだ?」 「……ちょっと、調べモノに」 忍の問いに、疲れた表情の亮は、なんとなく言葉を濁す。 「仕事、なんか入ったのか?」 帰ってすぐの仕事なら、亮はもう準備にかかりたいかもしれない。でも、せっかくの休暇だ。台無しにするまいと気を使ったのかもしれない、と思ったのだ。 亮は、ただ、首を横に振る。 「ほんとに、たいしたことじゃなくて……」 小さな、あくびをする。妙に疲れているように見える。 睡眠時間をけずっても、人前であくびをしたりなど、するタイプではない。 ベッドに腰掛けて、独り言のような口調で 「明日も出かけますけど、心配しないで下さいね」 そう言うと、亮はそのまま、ベッドに潜りこんでしまう。そして、すぐに寝息が聞こえてきた。 忍は、そっと覗きこんでみる。どうやら、ぐっすりと眠っているようだ。忍が近付いている気配にも、起きる様子はない。 「?」 あくびだけでも、おかしかったが。 これは、絶対におかしい。亮が、人より先に寝るなんて、ありえない。 気配に敏感過ぎて、いまだに忍が夜中に起きあがったりすると、目が覚めているのに。それは、家で内ドアにへだてられていてさえ、だ。 人の目前で、ぐっすりと眠ることなどありえない。 なにが、起きた? 考えられるのは、昨日、なにかがあった、ということ。 転ぶはずのない場所で、転んだと言っていた。 そして、うすく開いていた祠。 そう、それから。 亮の入った時だけ、はっきりと風が吹いたのだ。洞窟の中で。 なにかが、起こっている。 神経を張って寝るくらいのことは、軍隊の訓練を受けた忍には簡単なことだ。 ほとんど気配をさせない亮の、であっても察知することはできる。 昨日と同じように、陽が昇る前に亮は起き出した。それをやりすごしてから、忍は自分の腕時計に目をやる。 四時過ぎ、だ。 昨日と同じように、バイクのエンジン音がする。 忍は、その音をやり過ごしてから、起きあがった。 手早くTシャツとGパンに着替えると、外に出る。 それから、小細工が上手く行ったことを知る。後部タイヤに仕掛けた、蛍光塗料がぽつぽつと行き先を告げている。普段の亮なら、こんな子供だましの手にはすぐに気がついただろうけど。 やはり、なにか、いつもと違う。 ともかく、あまりノンビリとはかまえていられない。蛍光塗料だから、陽が昇ったら見えなくなってしまう。 忍も、バイクにまたがってエンジンをかける。 蛍光塗料の道しるべは、一昨日、肝試しをした洞窟を過ぎて、さらに続いている。 よく、こんなところを通ったものだと思うような細めの土の道に、てんてんと印はついている。 東の空が、うっすらと明るくなってきて、少し、あせる。 紫外線波長のライトを持ってこればよかったか、と思い始める頃、亮の乗っていたバイクをみつける。 うっそうとした森の入り口、だ。 思わず、見上げてしまう。 どのくらいの樹齢なのだろう、と考えてしまうほどの大木の森だ。 なかに踏みこめば、迷うのは確実そうな。 一歩先は、陽が昇ってもその光は届くまい。 亮自身には、なにも目印はつけていない。ヘタに踏みこめば、自分が迷うだろう。 だけど。 亮の様子は、あまりにもおかしい。 忍は、目前の木に、目印をつける。 そして、うっそうと生い茂る森に、足を踏み入れた。 [ Back | Index | Next ] □ 月光楽園 月亮 □ Copyright Yueliang All Right Reserved. □ |