綺羅な鞍の上の若き王は声を発した。
「そこの者、待たれるがいい」
「なんでございましょう?」
穏やかな笑みを浮かべて、旅人が振り返る。
王は、馬上から微かに首を傾げつつ尋ねる。
「その手のカゴの中には、なにが入るのだ?」
旅人の左手にあるカゴのことだ。
形は鳥かごにそっくりだが、その柵の間隔はひどく広い。
小鳥だけではなく、たいがいの動物は逃げ出すことができるだろう。
旅人は、王へまっすぐな視線を向ける。
「お望みのモノを、なんでも」
にこり、と微笑む。
「なに、私が望むモノを、か?」
「それが私の仕事でございますゆえ」
旅人は、高くも低くもない、それでいて音楽のような響きの声で言う。
「例えば、届かぬ相手の想い、やり直したい時の流れ、そういうモノがございますか?」
「そのようなモノは、望まぬ」
首を横に振ってから、王は、にっこと微笑む。
「望むのは、その美しいカゴに相応しい、逃げぬ美しい小鳥だ」
「小鳥でございますか」
「そうだ、そして、その方からカゴと小鳥をもらいうけ、我が最愛の妻に見せたい」
望んだことは叶わぬことはないと、知っている視線。
旅人は、深々と頭を下げてみせる。
「かしこまりました」
とたんに、ごう、と風が吹く。
思わず瞼を硬く閉ざした王が、恐る恐る旅人の方へと視線を戻す。
変わらず、穏やかに微笑んだ旅人が、カゴを高くかざしていた。
カゴの中には、黄金色に煌く小さな鳥がいる。
王の視線の先で、金の小鳥は翼を羽ばたかせ、それから可憐な声で鳴いてみせる。
「ほう、これは見事」
満足気に頷いてから、旅人へと向き直る。
「ついて来るがよい、金子を取らそうほどに」
「恐れながら、金子は望みませぬ」
旅人は、その場から動こうとはせずに、はっきりと言う。
「なに?では、なにが望みだ?」
王は、軽く眉を寄せて尋ねる。
「このカゴは、差し上げてしまうわけには参りません。ご必要では無くなった時に伺いますゆえ、お返しいただくことをお約束ください」
深々と頭を下げてみせる旅人に、王は更に問う。
「我がカゴが要らなくなる時期が、わかるか」
「はい」
王は、破顔した。
「おもしろい、約束いたそう。このカゴは、借り受ける」
さっと受け取ると、馬首を巡らせる。
「また、いつか会おうぞ」
旅人は、ただ無言で頭を下げてみせる。
翌日。
生きた人の気配は全く無く、ただ紅い血に染まる城に、一人の人影が現れる。
「お約束通り、カゴを返していただきに参りました」
昨日と変わらぬ穏やかな笑みを浮かべたまま、旅人は告げる。
胸を大槍で貫かれ、首を失った王に向かって。
返事は無論、ない。
旅人は、廊下へと歩み出て、まっすぐに歩いていく。
そして、開いた扉の向こうには、見慣れたカゴがヒトツ。
金の小鳥が、可憐な声でヒトツ鳴く。
カゴを拾い上げる旅人の視線の端に、深々と胸に剣を受けた女がうつる。
恐怖で大きく見開いた瞳にかかる、絹のような金髪。
彼女こそが、王がカゴの中の鳥を見せたがった王妃であろう。
旅人は、軽く首を傾げて彼女の顔を覗き込んでから、軽く肩をすくめる。
そして、民に見捨てられた城を、後にする。
しばらく、歩いた頃に。
ふわり、と肩に空に溶けそうなくらいに青い鳥が舞い降りる。
その羽といい、翼といい、美しいという表現が相応しいが、その足にある爪は細くはあるが鋭い。
鋭利な刃物のように。
旅人は、にこり、と笑む。
「お疲れサマ」
「捕まえること自体はたいしたことはないが、待つ時間が辛かったね」
言いながら、鳥はカゴの中を覗き込む。
旅人は、笑みを大きくする。
「いま、出すよ」
大人しく旅人の手の中におさまった金の小鳥は、カゴから出ると光の玉へと姿を変える。
差し出されたそれを、鳥はついばむ。
「こんなに美味しいモノは、久しぶりだね」
「王を思う人々の想いなんて、そうそうは手に入らないからね」
鳥は、可笑しくてたまらぬという口調で言う。
「愚かなものだね、飢えても暴利をむさぼる役人たちがはびこっても、いつかはと待っていてくれたことに気付きもせずに」
「妻に小鳥が見せたいと仰せになられる」
「己が不自由ないならば民も不自由ないと信じているとは、無邪気なものだ」
「望みは叶ったのだから、悔いはないだろうよ」
くすり、と旅人は笑う。
「イチバン綺麗なものをヒトツいただく、それが僕の報酬だからね」
「あのままでも、いつまでも気付かぬのがオチであったろうよ」
鳥は翼を大きく広げる。
「愚か者に相応しいっていうところかな」
空に舞い上がった鳥を見上げ、旅人は肩をすくめてみせる。
「次は、どんな依頼人がくるやら」
鳥は羽ばたき、また、旅人は歩き出す。
2003.01.07 A stranger with a cage 〜A golden dulcet bird〜