大地は赤黒く染んでいる。
人が流した血を吸って。
その中で、たった一人、唇を噛み締めたまま立ち尽くしている少年がいる。
どこか虚ろだった瞳が、ふ、と何かを捉えた。
それは、人。
惨劇が、目に入らぬかのように静かに歩いていく。
この街の者ではないことは、一目でわかった。
だから、なぜ生きているという質問は、無駄だということも。
そして、どこから来たのかという質問は、いまの自分にとって意味をなさない。
だが、どうしても、生きている人の声が聞きたくて、少年は口を開く。
「その手のカゴの中には、なにが入るんだ?」
旅人の左手にあるカゴのことだ。
形は鳥かごにそっくりだが、その柵の間隔はひどく広い。
小鳥だけではなく、たいがいの動物は逃げ出すことができるだろう。
足を止めた旅人は、こちらへと歩み寄ると、ゆっくりと少年の目の高さまで視線を合わせる。
「君の望むモノを、なんでも」
にこり、と微笑む。
「僕の……?」
「例えば、届かぬ相手の想い、やり直したい時の流れ、君にそういうモノがあるかい?」
旅人は、高くも低くもない、それでいて音楽のような響きの声で言う。
その笑顔がまぶしく感じて、少年は少し、目を細める。
「本当に、なんでも?」
「そう、それが僕の仕事だからね」
きゅ、と少年は唇を噛み締める。
やり直したい時の流れ、それは痛みを持って少年の心で呟かれる。
両親だけでなく、この街の皆が、あの横暴な執政に殺される前に戻ることが出来るのならば。
だが、少年は、知っている。
あの執政が生きている限りは、また、同じ悲劇が繰り返されるのだと。
また、皆が殺されるのだと。
「……この街で殺された人々の、あるべきはずであった命を、僕に」
少年は、決意した瞳で旅人を見つめる。
「あの男を殺さなきゃ、また同じことが起るとわかってるけど、誰も、あの男に近付けないから……だから、この街の人の命が欲しい」
握り締めた拳が、自分の口にしようとしていることに、微かに震える。
「何度殺されても、あの男を葬り去るまでは、蘇ることが出来るように」
「このカゴに捉えることはお安いこと、ただ、自分のモノにしたいなら、それを飲み下さねばならないよ」
「やってみせる」
旅人の笑みが、少し、大きくなる。
「では、カゴにこの街の人のあるべきはずであった命を」
言ったなり、ごう、と風が吹く。
たまらず少年は、瞳を固く閉ざす。
風がおさまり、恐る恐る旅人の方へと視線を戻す。
変わらずに微笑む旅人がいる。
「ほら、捕らえたよ」
言葉と共に差し出されたカゴの中を見て、少年は少し目を見開く。
「これが?」
「そう、ご依頼の皆のあるべきはずであった命」
キラキラと様々な色で輝く光の塊がある。
時折、暗い光も持っているようだ。
それぞれの生き方が光に変じたかのように、それはキラキラととめどなく光り続ける。
「では、約束どおり、君にあげよう」
旅人は、ゆっくりとカゴの中へ手を差し入れる。
まるで柔らかな綿でも掴むように、光の塊を手にして。
そして、手を引き抜き、少年の前へと差し出す。
「いただきます」
少年は、両手で包み込むように受け取る。
手にした光の塊は、ほんのりと暖かいようでもあり、ひんやりと冷たさも感じさせる。
このヒトツヒトツの色が、この先の人生であったはずなのだと少年は思う。
だけど、選択を誤ったとは思わない。
「皆の命、僕にくれ……その代わり、もう他の誰かに同じ思いはさせないから」
低く呟くと、一気に口へほおりこむ。
見た目どおりの様々な味を感じながら、目を閉じて必死で飲み下した後。
目前には、誰も、いない。
慌てて、あたりを見回すが、いるのは死に絶えた街の人ばかり。
急に不安になって、少年は己の胸を押さえてみる。
なにか、いままでにない暖かさがを感じ、ほっとする。
まずは、皆の墓を作って、それから旅立とう。
少年は、まっすぐに前を見据える。
旅人は、振り返りもせずに街を出る。
しばらく、歩いた頃に。
ふわり、と肩に空に溶けそうなくらいに青い鳥が舞い降りる。
その羽といい、翼といい、美しいという表現が相応しいが、その足にある爪は細くはあるが鋭い。
鋭利な刃物のように。
旅人は、にこり、と笑む。
「お疲れサマ」
右手をかざし、なにかを掴みとって、また開く。
やさしい光を帯びた、手の平の上のそれを青い鳥はついばむ。
「あるべきはずだった、あの少年の命だね」
「そう、皆の命を飲み込んだりしなければ、生きていたはずの命だよ」
笑みが、少し大きくなる。
「イチバン綺麗なものをヒトツいただく、それが僕の報酬だからね」
「前途洋洋たる未来を捨てて、敵討ちに殉ずるのだな」
鳥は、どこか嘲りを含んだ声で言う。
「さて、敵を討った後はどうなるやら?」
さらり、と旅人は答える。
「彼は死に時を知っている……残虐な殲滅をしてのけた執政を殺すまで、と制限をつけた」
鳥は、少し爪に力を入れる。
「その制限も、叶えてやったのか?」
「僕がじゃない、自分でしてのけた」
くすり、と旅人は笑う。
「そういうことにしとくかな」
鳥は翼を大きく広げる。
「肝心なことは、どうだろうね?あの子は、してのけるかな?」
空に舞い上がった鳥を見上げ、旅人は肩をすくめてみせる。
「してのけねば、皆の命が許すまいよ」
「それはそうだね」
今度は、鳥がくすり、と笑う。
「次は、どんな依頼人がくるやら」
鳥は羽ばたき、また、旅人は歩き出す。
2003.01.28 A stranger with a cage 〜Scarlet grave markers〜