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 CELESTIAL SONG / 〜Green Forest 2〜

二日間まるまる、寝ずに看病して、やっとフリックの熱は下がった。
「もう、大丈夫だよ」
「そうかぁ」
ビクトールが笑顔になる。いったなり、彼の腹の虫が鳴いた。
たしかに、ここ二日、二人ともまともになにも食べてはいなかったが、それにしても 安心したとたんにこれとは、正直なものだ。
「ったくしょうがないね、じゃ、買い出しに行ってくるから、様子見といて」
「買い出し?」
「あんたみたいな大男に食べさせるだけの食料が無いのよ」
相変わらずの憎まれ口をたたいて、身支度にかかる。
「そうかー、迷惑かけるなぁ」
ビクトールはのんびりしたものだ。メイファは、口の中でつぶやく。
「……死神に与える食料があるかな」

久しぶりに村に行ったメイファは、まったく以前と変わらない扱いをされた。
ありがたいことだったが、同時に不審でもある。
自分の家に行くには、村を通るしかないのに。
あの真っ昼間に、村人に見つからないわけがないのに、村では何も起こった様子はない。
だいたい、彼らはどこであんな怪我を負ったのだろう?
ここらで、盗賊のたぐいが出たのなら、今ごろ大騒ぎのはずだ。
血は、乾いていなかった。自分のところに来る直前に、怪我したのに違いないはずなのに。
彼らは、どこから来たのだろう?
急に、疑問が大きく膨らんだ。
ともかくも、買い物を済ませることにする。
喪中は、あまり家から出ないのが美徳とされることが幸いして、大量の食料を買い込んでも、誰も不審に思わなかったようだ。
服を縫う布を買ったときも、むしろ好ましい目で見られた。
しばらくは、怪我人をかくまうことはできそうだ。
しかし、その怪我人は、今となってはあまりにも不審な怪我人となったが。
私は、悪人を助けたのだろうか?
『決まり』を破るという、最大の禁忌を犯して?



つい、早足になりながら帰りつく。
ビクトールが、笑顔で迎えた。
「よぉ、お帰り!あいつ、気がついたよ」
言いながら、また、彼の腹の虫がご飯を要求した。
人は見かけによらないとは言うが、この男は、絶対に悪人ではないと思う。
でも、どこから来たのか、さっぱりわからない。
自分が、したことを正当化したいがために、悪人にしたくないだけだろうか?
疑問を振り払うように、首を軽く振った。
「そりゃ、よかったわ……じゃ、包帯かえなきゃね」
返事をしながら、買い物の山を指してみせた。
「食事、作っといてね」
「げ、俺がやるのか?」
「食べる量が想像つかないんだもの」
もっともなメイファの台詞に、ビクトールは思わず頭を掻いてしまう。
「たしかにな、わかったよ」
フリックのほうも、大怪我を負ったあとにしては、ずいぶんと元気そうだ。
もう、ベッドの上に起き上がっている。
彼はメイファを見て、ちょっと驚いたようだった。
「えっと……君が、お医者さん?」
「もぐりだけどね」
「あ、いや、助けてくれて、ありがとう」
フリックのほうは、けっこう律義なタイプらしい。メイファは、包帯を手にした。
「じゃ、包帯かえるからね」
まだ傷のほうは、痛々しい状態だ。消毒液をつけると、さすがに顔を歪める。
「……っ」
「しみる?」
「さすがに……」
「まだしばらくは、糸が取れないから、おとなしくしててもらうよ」
「ああ……」
返事をしてから、少し考えていたようだが、
「『決まり』を、犯させてしまったって……」
「ああ、そのこと?」
どうでもいいんだよ、そんなの、といつもの調子で言いかかったメイファは、フリックの顔を見てその言葉を飲み込んだ。
じつに真面目な顔でこちらをみていたからだ。
いちど、言葉を飲み込んでから、言い換えた。
「人の命のほうが、大事だと思うから」
そんな神妙な台詞が出てきたことに、自分でも驚く。相手の顔つきに、つられたのかもしれない。
こっぱずかしくなって、すぐにそっぽをむいた。
「っていうか、自分のやりたいようにやってるだけだよ」
「まったくそうだよな、人使いも荒いし」
後ろからの声は、ビクトールのものだ。
ぼやきながらも、持ってきた皿たちからは、いい香りがしてくる。
消化のよさそうなものは、手術上がりのフリック用なのだろう。本当に、まめな男だ。

食卓を用意して、ビクトールの作った料理を口にしたメイファは、思わず言った。
「へぇ、あんた、料理けっこうじょうずじゃない」
久しぶりのまともなごはんにありついた、ということをのぞいても、なかなかのものだ。
きいたビクトールは、にやり、と笑ってみせる。
「そりゃ、このビクトールさまがつくったんだからな」
でも、その後で、ちょっと顔を歪めた。
「なぁ」
「なに?」
「その、『あんた』っての、どうにかならねぇか?ちゃんと、名前はあるんだぜ?」
メイファの表情が、一瞬固まる。ちょっと間があってから、口を開こうとして、
フリックの声に遮られた。
「いいよ、『あんた』で」
黙ったまま、フリックのほうを見る。彼は、口元に不思議な笑みを浮かべた。
メイファはらしくもなく、少し視線を漂わせてから、ビクトールを見た。
もう、その顔にはいつもの不敵な笑みが浮かんでいる。
「じゃ、熊男、にしようか」
「!」
「そりゃいいや」
詰まるビクトールに、吹き出すフリック。
「あー、はいはい、どうせ熊ですよ」
すねたように言うビクトールに、メイファも吹き出した。
ビクトールも、それ以上『あんた』と呼ばれることに対する異議は挟まない。
でも、『熊男』の話題で、先ほどより話しやすい雰囲気にはなっている。
やっと確かめずにはいられない疑問を口にした。
「あんたたち、いったいどこから来たの?」
二人は、顔を見合わせた。どちらも、奇妙な表情だ。
「きいたら、まずいこと?」
「いや、そうじゃないんだ」
すぐに、フリックが否定した。そして、ビクトールのほうを、じと、と見る。
なにか、事情がありそうだ。ビクトールは、なんとも気まずそうに、こう言った。
「んとだな……その前にききたいんだが、ここ、どこだ?」
「…………」
思わず、じっと相手の顔を見てしまう。
見られたビクトールのほうは、実に情けない表情になった。
なんとなく、わかった気がした。
とつぜん、村の中を通ることなく現れた男たちが、ここがどこだかわからない、ということは……
「ここはね、レンディアン帝国の最南東で、セイレンの村というんだよ」
素直に教えてやる。
「レンディアン帝国ぅ?!」
案の定、二人の方が、眼がまるくなっている。
メイファは、より正しい質問をした。
「どっから、飛ばされたの?」
察しをつけているのを見て、ビクトールが正直にこたえる。
「……赤月帝国の首都、グレッグミンスターから」
「赤月帝国……またずいぶんと、遠いとこから飛ばされたね」
「知ってるのか?」
「知ってるよ、行ったこともあるし」
その答えに、二人はまた驚いたようだ。
「……メイファって、じつはいくつなんだ?」
「二十一だよ」
この年で、そんな遠くへ行ってることが珍しいのはよくわかっている。
「で、赤月帝国では、戦争でもやってるの?」
「いや、終わったよ」
答えたのは、フリックのほうだ。穏やかにこちらを見ている。不思議な表情だった。
ビクトールも言う。
「それに、正確にはもう、赤月帝国という国は多分、ない」
「革命?」
「……に近いのかな」
「あんたたちは、どっち?」
「革命したほう」
「ふぅん」
やはり、悪い男たちではなかったのだ。
赤月帝国の皇帝が、狂い出した噂を、旅の途中に聞いたことがあった。
やはり、手術をして、彼らを助けたのは間違いではなかったのだ。
移動魔法がこの世に存在することも知っている。
ただ、えらく奇妙な場所に飛んできただけで。
感傷的な気持ちなってきたのに気付き、また憎まれ口をたたく。
「移動へたくそなんだね」
その瞬間、別方向から声がした。
「しっけいな」
えらく、気分を害した声だ。ビクトールが慌てる。
「お、おい、星辰剣……」
メイファは、思わず声のしたほうを見た。地をはうような、低い声だ。
しかし、そこには誰もいない。
「……??」
いや、人ではないが顔は存在した。ビクトールが握っていた、黒い不気味な剣。
薄気味悪い顔だとは思っていたが、いつもより、眼が釣りあがっているようだ。
「……いましゃべったのって……」
「わたしだ、まったく失礼な小娘だな!わたしは、正確に医者のところへ飛ばしたというのに!!」
やはり、しゃべってるのは、この黒い剣らしい。
顔を戻すと、ビクトールとフリックは、やってもうたという表情。
メイファはもう一度黒い剣を見た。
「あんたが飛ばしたの?」
「あんた、ではない!真の紋章のひとつ、夜の紋章が化身、星辰剣だ」
えらそうに言う。
「真の紋章かなんか知らないけど、遠くに飛ばし過ぎなのは確か」
メイファはきっぱりと言いきる。
思わず、ビクトールが吹き出す。フリックも吹き出すのをこらえているようだ。
「せっかく戦ったのに、その後どうなったかわからないじゃない」
「戻ればよかろう……小娘も、ついてけば医者になれるかもしれぬぞ」
言われた三人は、思わず顔を見合わせた。
「馬鹿言ってんじゃないよっ、ここから旅立てるわけないだろう」
「村の『決まり』、で?」
フリックが問う。
メイファは、ため息混じりにうなずいた。
「でも、赤月帝国に行ったことがあるって……」
「じいさまの護符だったからね」
「護符?」
ビクトールがきき返す。
「そう、セイレンの村は、レンディアンの中でも特殊な村なんだ。『決まり』があってね、それに従わなくてはならないんだ」
メイファは語り出す。ここが、どういう村なのかを。はるか昔に定められた『決まり』に、全てが支配される村。
「……だから、じいさまについて旅に出たのも、家族の女は護符になるという『決まり』だからで、医者になれないのも、そういう『決まり』だから」
あまりの特殊な『決まり』たちに、二人とも感心したような顔つきになってしまっている。
似合わず、湿った話をしてしまったことに気付く。
さっきの感傷的な気持ちが、まだ残っているのかもしれない。
「まぁ、しばらくは、ここにいてもらうよ、怪我したまんまで出てかれて倒れられたら、こっちが迷惑だからね」
「で、その間こき使うってわけだな」
ビクトールはまぜっかえす。
「働かざるもの、食うべからずって言葉、知ってる?」
「はーいはい、片づけさせていただきまーす」
フリックが、肩を震わせて笑っている。
星辰剣は自分の言いたいことは言ったのか、知らんふりだ。
平和な光景だった。
よかった。自分のしたことは、間違いではなかったのだ。
穏やかな夜がふけていく。

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