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 CELESTIAL SONG / 〜Green Forest 3〜

手際よく、ベッドメイキングしてみせたメイファは、
「悪いんだけど、そんなに部屋数が無いのよ。大の男が相部屋で申し訳無いんだけど、我慢してもらうよ」
と、肩をすくめた。
「いや、屋根があるとこで寝られるだけで、ありがたいって」
ビクトールが、笑顔でふざけたものだから、
「そういや、熊だったね、あんたには外に行ってもらおうか?」
「それは助かるな、部屋が静かになりそうだ」
メイファとフリックに、連続でつっこまれてしまう。
「だから、屋根のあるとこで寝たいって言ってるだろ!」
情けない顔になったビクトールに、メイファは笑い声で答えると、軽く手を振ってから
「おやすみ」
と、扉の向こうに消える。
足音が去るのを聞いてから、ビクトールはフリックのほうを見た。
「さてと、だ」
「ああ、あまり長居は出来なさそうだな」
フリックも肯く。
「迷惑がかかりそうだし、な」
「もうすでに、迷惑かけてるとは思うが……」
「それ言っちゃおしまいだって……これからどうするか、考えんと」
「ここにいることを、村の人に知られるだけで、ヤバいから、な」
確定事項として、言うフリックを、改めてビクトールはまじまじと見る。
よく考えたら、解放軍に参加してるときは、お互いゆっくり話したことなど無かったから、互いの戦闘能力以外には、断片的なことしか知らない。
夕飯のときだって、メイファが『あんた』と呼ぶ理由をいち早く察して、それでいい、と言ってやったのは、それがこの村の『決まり』の一つらしいのがわかったからだろう。
そういえば、解放軍にいたころも一人火炎槍の存在を思い出したりとか、案外冷静な思考をしていた。
スカーレティシアで、ミルイヒがグレミオを殺した、と皆が殺気立つ中、許すことを決めた少年の肩を持ったのも、彼だった。
『リーダーが決めたことだ』と。
オデッサ中心に世界がまわっているように見えて、それに本質が隠れているようなところがある。
こいつの本性は、どこにあるんだろう?
そんなことを思いながら、尋ねる。
「戻るだろう?」
元赤月帝国に、だ。あの戦いに勝利したであろうことは想像に難くないが、でも、やはり様子は気になる。
「一度は、な」
解放軍のリーダーだった少年は、どうしたろう?戦争の後の混乱は、うまく収まったのだろうか?
一緒に戦った仲間たちは、元気だろうか?
知りたいことは、たくさんある。思い出すだけで、すぐにもトラン湖畔の城へ行きたくなる。
「でも、おまえのケガが治るまでは、世話にならざるをえないしなぁ」
「すぐ、歩けるようになるよ」
「ばか、メイファは医者なんだぜ?歩けるようになっただけで、行ってもいいなんて、言うわけないじゃないか」
「ああ、そうだな……」
フリックは、ビクトールが全部言う前に、なにが言いたいのか理解したようだ。
そう、彼女はこの村では、『医者』としては認められていない。
『命』を預かることは最大の『禁忌』なのにも関わらず、目前に現れたケガ人のために、彼女は躊躇うことなく『決まり』を破った。
相手の『名前を軽々しく呼んではいけない』(みたいなものなんだろう、と勝手に思ってる)という、どちらかというと、些細な『決まり』さえ、破るのを躊躇しているのに。
それほど、このセイレンの村の『決まり』は重いものだったのに。
おそらく彼女は自分の立場より、フリックのケガのほうを優先させるだろう。
『決まり』を破らせたのは、やむを得なかったとはいえ、自分たちだ。
このケガに関しては、彼女の判断が絶対だ。
かといって、このままずるずると、のんびりもしていられまい。
「ひとまず、ここらの様子がわからねぇことには、なぁ」
そう言いながら、星辰剣に目をやる。
「ったく、ずいぶん飛ばされたよなぁ?」
星辰剣は、知らん顔したままだ。
もしかしたら、やっぱり、ちょっと目測を誤ったのかもしれない。
もう一度、星辰剣に頼んで、更に遠くに飛ばされた、なんてことになったら、笑えない。
ビクトールは、肩をすくめてから、言った。
「ま、明日にでも、メイファに地図かなんかもらって、様子見てくらぁ」
「ああ……頼む……」
フリックのほうは、夜飲んだ軽い麻酔が効いてきたようだ。あくびをしている。
「じゃ、おやすみ」
「ん……おやすみ……」
夜はゆっくりと更けていく。



おやすみ、とは言ったがメイファのほうはまだ寝る気はない。
やらなくてはならないことは、いろいろある。
自分でメモを取っておいた、この二日で投与した薬の一覧を眺める。
そして、明日からの予定を考える。とくに、麻酔関係には気を遣わねばならない。
効かなくても意味がないが、多かれ少なかれクセになってしまう成分が含まれているから、ヘタな投与は命取りだ。
ゆらゆらとゆれる蝋燭の灯かりの下、手早くメモを取っていく。
「……っと、これは足さなくちゃ駄目か……」
ふ、と手を止めてつぶやく。
祖父も、こうやっていつも夜になると薬の確認をやっていたっけ。
そんなことを思い出す。
夜、こうして蝋燭の灯かりに浮かびあがる薬ビンを眺めていると、いつも笑顔ではなくて、考え込んでいる祖父の視線を思い出す。
残量を調べるのを手伝うメイファに、祖父はいつも済まなさそうな視線を向けていた。
メイファが医者になれないと知っていながら、医術を学ばせたことを、後悔していたのかもしれない。
でも、彼女が学ばなければ、あのとき、村は全滅していただろう。
その事実を知る者など、今は自分以外に誰もいないが。
今日も、どこからか困った視線で祖父が見つめているような気がして、つぶやいた。
「ごめんね、じいさん……『決まり』やぶっちゃったよ」
喪中の間は、家のどこかに魂がいる、という迷信がこの村にはある。
それが本当だとしたら、祖父は、どんな想いでメイファが『決まり』を破るのを見たのだろう?
でも、目前に瀕死の怪我人がいて、見捨てることなど、できない。
祖父でも、手当てをしたと思う。
ただ、この村で自分が医者としては認められていない、というだけで。
などと考え込みはじめて、我に返った。
どうも、彼らが来てから、いつもの自分らしくない。ついつい『決まり』のことを考え込んでしまう。
いままで馬鹿にしきったきた『決まり』だが、案外縛られているのかもしれない。
現に今日だって『家族でない異性の名を呼んではいけない』という、『決まり』を破ることを躊躇している自分に、気付いてしまった。
そういえば、なんであの男、なんでわかったのだろう……
『決まり』だ、ということに。
……ああ、もしかしたら、と思った。
そうか、あの男もおなじか。
それから、くすり、と思わず笑う。
思考の中でさえ、相手の名を呼ぼうとしない自分がおかしくて。
ぱし、と自分の両頬を軽くたたくと、ふたたびメモにむかう。
いまは、彼らにとっては主治医なのだ。しっかりしなくては、と言い聞かせながら。



目が覚めると、いい天気だった。
ビクトールは、ベッドの上で伸びをする。
戦い続きに看病での徹夜で、溜りに溜まっていた疲れは、すっかりとれたようだ。
「さぁーてと」
と、言いかかって隣のベッドに目をやる。
フリックのほうは、まだここちよさげな寝息を立てているようだ。
昨日、起きて話しているときには、さほど気にならなかったが、こうしてみてみると、けっこう憔悴した顔をしている。
昨日まで高熱が続いていて、しかも、何も口にできなかったのだから、当然なのだが。
「……ん……」
かすかな声と共に寝返りをうとうとして、毛布から出ている手が、無意識に怪我をかばっている。
たぶん、かなりな痛みがまだあるのだろう。
ちょっと、眉をしかめている。
やはり、しばらくはここを発つのは、体力的に無理だろう。

診療してくれた部屋も、台所にも、メイファの姿が見えないので、外に出てみる。
喪中は客が来ることはまずない、と言っていたので、まあ大丈夫だろう。
久しぶりに、のんびりと空を眺める。
青い空に、白い雲が数個、ゆっくりと風にのって流れていく。
たまには、こんな景色をのんびりと眺めるのもいい。
でも、たまには、だ。
そう思って、ビクトールは苦笑する。
なぜ、いまだに感傷的になるのか。もう、ずいぶんと前の出来事なのに。
たった一日、故郷をあけている間に起こった、悲劇。
平和そのものだった村は、腐臭のただよう死の街と化した。
死体同士が、更に殺しあっている、悪夢の街へと。
残っていれば、自分もその中の一人だったのに。いっそ、そのほうが、どんなに楽だったか。
家族も、知り合いも、そして大事な人もみんな一度に失った。
涙すら、でなかった日のことを、たぶん忘れられないだろう。
仇はとった。星辰剣とともに。
でも、だからといって、故郷が戻ってくるわけではない。
平和な光景を見て、感傷的になるなんて、まったくどうかしていると思うが、故郷を失ったあの日から、どうしても、いつもそうだ。
考える時間がある、ということ自体が、そうさせるのかもしれなかった。
「俺らしくねぇよ」
自分でそう言ってやる。
それからまた、空を見上げる。風に流されていく雲が、かたちを変え、やがて消えていく。
そんなふうに、いつか自分の気持ちも、変わっていくのだろうか。
いや、変えていくことができるだろうか?
仇はとったのだから。
まぁ、急ぐことはないさ、と小さくつぶやいた。
そう、生きていれば、いつかは。
もう、自分の役目は終わった、というフリックに、自分が、そう言ったのだから。
グレッグミンスターの、燃えさかる城の中で。
あの時、そう言ったのは、半分は自分のためだったのだな、といまさら思う。
生きていれば、生きていく理由は、きっと見つかる。
「よーしっ!」
気合ついでに、思いっきり腕をふりまわした瞬間に、
「朝っぱらから、元気ねぇ」
真後ろから声をかけられる。
振り返ると、メイファが草のようなものでいっぱいの篭を手に立っていた。
「おう、おはよう」
笑顔で挨拶してやる。
「朝っぱらから、草むしりかぁ?」
「これは薬草。それより、そんな元気があまってるなら、朝食作ってよね」
相変わらず、人使いは荒い。でも、それがなんとなく、ありがたい。
いまはまだ、これから生きてく理由も見つかってないし、感傷的な気分を忘れるには、なにかするしかなかったから。
「はーいはい、働かせていただきまーす」
大袈裟に肩をすくめてみせながら、家に入っていく。
その表情には、先ほどまでの感傷的な気持ちのかけらは、どこにも残っていなかった。

メイファは、ビクトールが家に入っていくのを、なんとなく、見送ってしまう。
薬草も摘んだんだし、自分も中に入るのだが。
じつのところ、薬草を摘んで戻ってきたのは、声をかけるよりもだいぶ前だった。
別に、盗み見るとかいうつもりはなかったのだが、声をかけられなかったのだ。
あまりにも、寂しい背中をしていたので。
孤独を、すべて背負い込んでしまったような後ろ姿に、思わず立ち竦んだ。
そして、自分でそれを飲み込むように元気になるのを見て、ほっとすると同時に、感心した。
なにを背負っているのかは知らないが。
それを自分で包みきってしまうだけの、強さのある男のようだ。
「……やっぱり、助けてよかった」
解放軍だったとか、そういうの抜きで。
二人のケガが直るまで、やれることをしよう。
『決まり』なんて忘れて。
と、そこまで思って、でもやはり名前を呼ぶのは照れくさいことにも気付く。
「…………」
昨日は、からかう意味でそう呼んだけど、今日は親しみを込めて呼んでやる。
「熊男!ご飯終わったら、薪わりもしてね!!」

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