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 CELESTIAL SONG / 〜Green Forest 6〜

ひとまず、『腹が減った』というビクトールのために、メイファはご飯を用意しにいく。
その間にすっかり汚れた服を着替えるべく、ビクトールは汚れ物を脱ぎ捨てた。
そして、ベッドにおいてもらった着替えを手に取ろうとして、その脇の真っ白にくるまれたモノに気付く。
「これ、お前の剣?」
「えっ?……ああ」
どこか、宙に浮いた視線を漂わせていたフリックが、慌てたようにこちらに視線を合わせる。
それから、ビクトールの指差したほうに。
「そう、俺の」
うなずいてみせる。
「なんかの、まじないか?」
からかうような口調で軽く尋ねる。
本当は、弔いの意味でもあるのだろうか、と思ったりしているが。
「違う、メイファが直接触らないようにって、自分で」
フリックは、そこに起こった事実のみを述べるが、それで大体のところは理解できる。
「へぇ、お前の村の『しきたり』も知ってるのか、彼女」
「ああ、ずいぶん、いろんなところに行ったらしいよ」
どうやら、二人だけにしても、会話は存在したらしい。そのことが、一番心配だったのだ。
フリックは自分から話すタイプではないので。
それに、メイファのほうも自分から会話を仕掛けるタイプではない。
必要性を感じなければ、話しかけないのが二人というのは、始末が悪い。
「ふうん……」
フリックの答えに返事を返しつつ、そんなことを思う。
「それよりも、どうして戻ってきたんだ?」
今度は、フリックのほうから、尋ねてくる。
珍しいことだが、それだけ不思議だったのだろう。
ビクトールは、着替えをかぶりながら(前あきじゃなかったから)、
「ん、それは飯が来てからな」
と、メイファも交えて話したい意を伝える。フリックは、軽くうなずいてみせた。
でも、どうしてそうなのか、は尋ねようとしない。
相手の考えを、深追いして追及するのを、無意識に避けているのかもしれない。
そんなふうに深読みするのは、自分が『どうしてか』を聞いてほしかったからだろうが。
それとも、俺がお節介なのかな、とも思う。
「……なぁ」
「ん?」
いや、急がなくてもいいだろう、これは、俺の勝手な思いつきだから。
「いや、なんでもないや」
照れ笑いをしてみせて、頭をかく。
フリックは、不審そうだ。
「なんだ、言いかかったくせに?」
こういうところが生真面目過ぎるんだよ、と心で苦笑する。
口にされなければ、して欲しい深追いさえ避けるくせに、いちど口にすると今度は、聞いて欲しくなくても、尋ねてくる。
たんに不器用なだけかもしれないが。
もしかしたら、フリックは、あの無口なハンフリーなんかとは別の次元で、人とのコミュニケーションが不得手なのかもしれない。
深追いするのが怖いくせに、会話が切れてしまうのは、もっと怖い。
無意識の、孤独。
彼の瞳に宿る、どうしようもなく暗い闇を、知らないわけではない。
めったなことでは、見せないが。
そう、たとえば、死に瀕しているとき、とかにしか。
自分が飲みこんだものとは違うかもしれないが、自分の瞳にもかつてあったモノだから。
そのくせ、まっすぐで純情で。
いや、まっすぐすぎるから、自分の闇をも、持て余すのだろう。
中途半端には扱えなくて。
そう、だから。
やはり、まだ、思いつきの方は、口にするのはやめておこう。
急ぐことはない。時間は、たっぷりとあるのだ。
いま口にして、時機尚早で没では、もったいない気もするし。
ひとまず、矛先はかわしておこう。
「それより、お前、女の子襲っちゃ駄目じゃないか」
言ってやると、案の定、フリックは顔を真っ赤にする。
「いや、あれは……その、そういうんじゃなくて……」
答えが、しどろもどろだ。
ただ、歩く練習をしようとしたら、こけたんだよ、といえば言いだけなのに。
まったく、この男はオデッサと何をしてたんだろう?などど、思わず下世話なことを思ってしまう。
まっすぐな瞳の青年を、グレッグミンスターで、どうしても見捨てることができなかった。
死にたい瞳をしていたのは、知っていて助けた。
闇に飲まれたまま死ぬのは、あんまりだから。
たとえ、いまが闇の中でも、明けない夜はないのだと、知って欲しくて。
だけど、それは、自分の都合なのだ。
目前で誰かを失うのが嫌だという、自分のわがまま。
不思議だと思う。全てを失ったことがあるのに、まだ、失いたくない、と思うなんて。
きっと、人に言えば、『失ったことがあるから、失いたくないんだよ』といわれるに違いない。
でも、全てを失ったら、普通諦めるもんじゃないのかな、と思うのは、自分だけなんだろうか?
もし、一度失っても、それでも望むことが生きることなら、なんて人間は貪欲なのだろう。
それでも、生きていくことに意味がある、と信じるしかない。
たった一人、生き残ったことに、意味があるなら。
自分が生き残ったことに、価値があるなら。
顔を真っ赤にして照れているフリックは、ビクトールがすこしの間黙り込んでるのでさえ、からかわれているのの一環かと思ったのだろう、困ったような目で、こちらを見た。
「冗談だよ、あんま、無理して歩こうとするなよ」
「ああ」
まだ、顔のほうは赤いままなあたりが、フリックらしい。
「どうしたの?顔、真っ赤だよ?」
食事を運んできたメイファが、不思議そうに尋ねるものだから、フリックはさらに真っ赤になった。
さすがに、ビクトールは吹き出して笑い出す。



しばらくは、すきっ腹を満たすことに専念して、無言でご飯に向かっていたが、待っている二人が無言なので、顔を上げる。
「あのな、無言で見られてると、プレッシャーなんだけどなぁ……」
「プレッシャーかけてるのよ」
と、すかさずメイファ。ま、笑顔なので、本気ではないらしいが。
フリックもうなずく。
「そう、早く、戻ってきたわけをきかせてもらわんとな」
ったく、俺がいると、つるむんだから……
そのくせ、絶対、誓ってもいいが2人っきりになると、ギクシャクするに違いない。
いまだって、ほら、自分の発言に反応はしたけれど、二人の間には、会話がないじゃないか……
まぁ、フリックが不器用なのはよくわかっているが。
メイファも、不器用なタイプだと思う。ぞんざいで気の強い発言ばかりして、自分をどこかに隠してしまう。
あらわすことが必要なものさえ、たぶん自分の中に飲み込んでしまう。
弱みを、絶対に人には見せない、いや、見せられないタイプ。
それはともかく、無言でご飯を食べてるとこを見られてるのは、落ち着かない。
などと考えながら、顔を上げると、メイファのほうも沈黙はよくないと思ったのだろう、口を開く。
「帰ってくるの明日の夜じゃなかったの?」
「ああ、そのつもりだったんだが」
ご飯を勢いよくかきこみながら、ビクトールが答える。
「いやさ、村ん中通ってっへ(ここで、おかずを口に入れた)……ふはほへんひゅうひ(村の連中に)……ひふはっへほ(見つかっても)」
「しゃべるか食べるか、どっちかにしろよ、飯が飛んでる」
フリックが言うと、ビクトールはにやりとしたもんで、
「……(ひとまず、飲みこんだ)じゃ、食う」
そんなわけで、ふたたび無言がおとずれる。
どうやら、自分の一言が、せっかく破ったはずの沈黙を、引き戻してきたことに気付いたらしい。
フリックの顔に、かすかにしまった、という表情が浮かぶ。
ビクトールは、わかってて無言でご飯を食べつづける。
どうするかな、と思いつつ。
フリックの視線が、ふらふらと食卓をさまよう。どうやら、自分で話題を探しているらしい。
いったん口が開きかかったのが、ふ、と少し息が漏れただけで閉じてしまう。
それから、またもう少し、視線が漂ってから、
「これって、どこで覚えたんだ?」
「え?」
急な質問に、メイファは目をぱちくりさせる。
しゃべりだしが『これ』では、なにを指してるのかさっぱりわからない。
それに気付いて、慌てて付け加える。
「あ、だから、いや、こういう料理を、どこで覚えたのかと思って……」
「うーん、旅しながらかなぁ、祖父ばっかにやらせとくわけには、いかないし」
「じゃ、けっこう小さいころから?」
「そうね、旅に出てすぐくらいからかな、少しずつだけどね」
食卓だから、料理……安易だが、不器用なりに考えたのだろう。
ま、自分から話題を見つけたのだから、よしとすべきだ。
とは思うが、ホントに不器用だ。もう少し、気のきいたことを言えばいいのに……
『このまま居着きたくなるよな』とかだな、と心で教えてやる。
が、通じるわけもなく、フリックは「へぇ」と相づちを打っただけだ。
そんなんじゃ、また沈黙だぞ……
せめて、美味いとかくらいは、言えよ。
「なにか変なもんでも、出しちゃった??」
メイファのほうが、会話をつないでくれる。
「いや、そうじゃなくって……その」
「???」
フリックがしどろもどろなので、メイファは不思議そうだ。
「昨日の夕食も、今日の朝のも美味かったから」
どうやら、それだけいうのにも照れるらしい。頬がまた染まっている。
「そう?ありがと……」
えらく真面目な顔つきで言われて、メイファのほうもちょっと気恥ずかしくなったらしい。
ビクトールのほうに目をむけ、
「熊男は、おかわりするの?」
などと、聞いてくる。
「うん、おかわり」
と、皿を差し出す。
それから、これ以上は、フリックは話題を見つけてきそうにないので、よそってもらっている間に、本題に入ることにする。
「いや、村ん中通ったら、見つかる可能性が高そうだったから、森を突っ切っていこうとしたんだけど」
「……本気で?」
思わず、メイファのほうが驚いた声を上げる。
「迷っちまってさ」
「そりゃ、そうよ、あそこの地図は存在しないんだもの」
「いや、ぜったい目印つけてきゃ大丈夫だって」
自信を持って答えるが、これは根拠のあることだ。
たしかに、散々迷いはしたが、そのおかげで森のだいたいの状況はわかったからだ。
「目印って……なにをつけるつもりだ?」
フリックも、真面目な顔つきで聞いてくる。
「それなんだけどさ、そのことで、メイファに相談したくて、もどったんだ」
「私に……?」
「おう」
面食らった表情のメイファに、にやり、と笑いかける。
その笑顔で、ピンと来たらしい。思わず両手をぱんっ!と叩いて、
「……あ、わかった!熊なのに、賢い!」
「熊なのに、は余計だっての」
フリックにも、わかったらしい。
「薬草!」
二人につられたのか、めずらしく大きい声になる。
「ご名答」
ビクトールは、にやとしたまま頷く。
「メイファなら、村人が見ても、目印とはわからない薬草を知ってると思ってさ」
「それを、植えて回るの?」
「道にだけな。そうすりゃ、出発するころには、いくらか育ってるだろ」
「それはそうだし、いい考えとは思うが……」
フリックのほうは、首をかしげた。
「俺たちに……」
言いかかったところで、ビクトールは慌ててフリックの足を蹴る。
「てっ!」
いきなり、悲鳴を上げるものだから、メイファの方は驚いたようだ。
慌てて立ちあがり、フリックの顔をのぞきこむ。
「なに?大丈夫??傷が痛いの?」
「あ、大丈夫……」
フリックは、メイファには笑顔を、ビクトールには横目をみせた。
ビクトールも、横目をみせた。悪かったよ、と、いまそれは言うな、の意をこめて。
フリックの目が、ちょっと見開かれる。
『まさか?』
目が問うている。軽く頷きかえす。相変わらず、そういう察しは早い。
ほんとは、しばらくフリックにも隠しておくつもりだったが、気付かれたのなら、仕方ない。
それに、この表情は、どうやら反対ではなさそうだ。
「ほんとに、大丈夫なの?」
メイファの方は、まだ心配そうだ。二人が目でやり取りしてるのには、気付いてないらしい。
今日、こけてしまっていることもあるから、心配するのも無理ないが。
「ああ、もう大丈夫」
「そうそう、簡単にくだばりゃしないから、大丈夫だよ」
ビクトールも言ってやると、蹴られたフリックはお前のせいで、心配かけたじゃないかという、文句をいっぱいにした瞳で、もういちどこちらを睨む。
それだけでは気が済まなかったのだろう、ちょっと皮肉な口調で、
「熊の顔見たから、ストレス感じたんだな」
と、やられる。
珍しいフリックの冗談に、メイファは思わず吹き出す。
屈託のない笑顔。これも、守ってやりたいと思うのは、やはり、わがままが過ぎるだろうか?
医者になれないままだったら、彼女も闇の中に行ってしまう気がして。
どうしたら、みんなが幸せになるのだろうな。
ビクトールは、ふとそんなことを思った。

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