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 CELESTIAL SONG / 〜Green Forest 7〜

すっかり夕方になってから帰って来たメイファの薬草籠には、それはたくさんの薬草が入っていた。
のぞきこんだビクトールが、おそるおそる尋ねる。
「まっさか、これ全部植えて回るのか……?」
「そんなわけないでしょ、植えるのはこっちよ」
あっさり否定したメイファは、小さな袋を取り出す。
どうやら、それは薬草の種らしい。
「かなり、丈夫な品種だから、種の入る程度の小さな穴掘るだけですむわよ」
植えて回るビクトールの手間、まで考えていてくれたらしい。
よくよく気の回る性格だ。
それはありがたいことだが。ビクトールとフリックは、顔を見合わせた。
どちらからともなく、視線が籠のほうにいく。
「じゃ、こっちは……?」
ビクトールのほうが、指さして尋ねる。
「あ、そっちは、お勉強用」
「お勉強?」
怪訝そうに問い返すビクトールに、メイファはなにを訊いているんだ、と言わんばかりの口調で答えた。
「だって、見分けつくようになってもらわなくっちゃいけないでしょ?」
「見分けってまさか……」
「この籠の中身、全部違うモノよ」
にっこり、と微笑んでメイファが頷く。
ビクトールとフリックは、もう一度顔を見合わせた。
先ほど発した質問から察することの出来る通り、二人には籠の中身は同じモノにしか見えない。
もっとも、言われてみて、よーく見つめると、葉の形とかが微妙に違う、気もする。
「俺には、よくわからん」
すぐにビクトールが降参する。
「べつに、熊男の記憶力には頼らないから大丈夫よ」
バカにした口調ではなく、メイファが言う。
「もう一人は、動き回れない折だし、ヒマでしょ」
『お勉強』しなくてはいけないのは、フリックの方だというコトだ。
「こ、これ全部覚えるのか……?」
さすがに、フリックの表情が引きつった。
そりゃそうだろう、初めて目にする植物が、しかもよく似たモノがざっと見ただけでも三十種はあるのだ。
それを、見分けられるようになれと言う。
脳みそが筋肉タイプなのではないが、けっして頭脳派でもない者にとっては、大変なコトである。
でも、ま、そう真剣にやることもないかもしれない。
まだ誘ってはいないが、メイファをつれて行くつもりなのだし。
が、そんなことを考えていたフリック達に、メイファは、はっきりとこう言った。
「私はついてけないんだから、しっかりと覚えてもらうわよ」
あまりにも決然としていて、二人は思わずまじまじとメイファの顔を見詰めた。
『決まり』だけが、彼女をここに縛っているのではない。
そう、気付く。
彼女は、彼女の意思で、この村に留まるコトにしていることに。



夕飯の準備をしに台所へ行ってしまったメイファの姿を見送ってから。
ビクトールとフリックは、もう一度、顔を見合わせた。
「……いったい、どういうことだ?」
「わからない……ここに留まったら、医者にはなれないが……」
「好きな奴でもいるのかな?」
確かにそういうコトなら、話もわかるが。フリックは、首を横に振った。
「いや、それはないよ」
珍しく、はっきりと否定するフリックに、ビクトールは驚いた視線を向ける。
恋愛がかかわることで、フリックがはっきりとした発言をするのが、あまりにも珍しいので。
そんな視線に気付いたのだろう、フリックは、ちょっと視線をはずす。
とってつけたように、付け加える。
「……と、思う」
メイファに、好きな人や恋人がいない、と思ったのには、根拠がないわけではない。
だけどそれは、自分の中の『闇』が共鳴して気付いたことだ。
それに関しては、説明したくなかった。
多分それは、ビクトールには理解できないものだから。
いや、ビクトールに限らず、通常の人にわかるはずのないものだから。
そこまで考えて、はた、とする。
じゃあ、なぜ、メイファはあんなにあっさりと、自分の『闇』に気付いたのだろう?
たしかに、剣は見られた。
でも、それを見たからと言って『闇』に気付く者は少ないだろう。
不思議には思っても、なにか事情があると考える方が、普通に思える。
あの時は、知られたことのほうに気を取られてしまって、気付かなかったが。
メイファは迷うことなく、それが『闇』のせいなんだと気付いた瞳をした。
同じ瞳だと思った。
自分と同種の『影』が、あると。
まさか、彼女も同じ?
そんなことがありえるのか?
「……じゃ、説得しとけよ」
「え?」
すっかり自分の考えに囚われてしまって、ビクトールの話を聞いていなかった。
我に返って、ビクトールに視線を戻す。
「悪い、なんだって?」
「だから、俺が帰ってくるまでに、メイファを説得しとけよ、って言ったんだよ」
「説得?」
いちいち訊き返すのが、らしくなく見えたのだろう。
ビクトールはいったん話をきって、フリックをのぞき込んだ。
「おいおい、大丈夫かよ?まったく話、聞いてなかったな??」
「……ああ、ごめん」
あんまり素直に、聞いてなかったと認められたので、ちょっと力が抜けてしまった様子だ。
だが、フリックが聞いていなかったうちに言ったと思われる台詞を、もう一度繰り返した。
「俺の勝手な考えだけど、あの性格なら遅かれ早かれ、村の連中の病気だか怪我だかに手ぇだして、ややこしいコトになるのは、目に見えてると思うんだ、だったら、やっぱり、村の外に出た方が、いいと思うんだけどよ……」
一気にまくし立てるところを見ると、けっこうメイファを連れ出すことを、真剣に考えているのだろう。
助けてもらったからには、彼女がみすみす不幸になりそうな状況をほっとけないのに違いない。
おせっかいともとれるくらいの、面倒見のよさがビクトールらしいところだ、と思う。
でも、その『おせっかい』が本当のおせっかいだったことは、ほとんどない。
いつかは、誰もがビクトールのしたことに感謝する。
そういう、不思議な嗅覚みたいなものを、この男は持ち合わせている。
だから、自分もきっと、いつか、グレッグミンスターの焔の中から救われたことを、心から感謝する日が来るのだろう、と思う。
いまは、完全に素直には感謝できなくても。
ビクトールが言うのだから、メイファが村を出た方がいいだろう、というのも、正しいだろう、とは思う。
だから、フリックは頷いて見せた。
「ああ、俺もそう思うよ」
でも、どうして、彼女はあんなにはっきりと、『村を出るわけにはいかない』と言ったのだろう?
いつもの口ぶりからは、この村を『忌まわしい』と思ってるとしか思えないのに。
さっきのあれは、『しかたなく』留まることにしているモノではなかった。
自分の『意思』でそう言っていた。
『恋人』以外で、そう彼女に思わせるモノ。
同じことを、ビクトールも考えていたのだろう。
「いったい、どうして……」
思わず、口にしている。
「それは、本人の責任に関わるなにかがあるからだろう?」
何を言ってるんだ、と言わんばかりの口ぶりで口を挟んできたのは、星辰剣だ。
「本人の責任って、医術関係のことだろ?」
そんなコトは俺にだってわかってる、という口調で、ビクトールが答えた。
「でも、ここじゃメイファは医者にはなれないんだぜ?」
「それでも、彼女にしか直せない病気があるとしたら?」
「まさか、そんな……だって、メイファの祖父さんだって、メイファが医者になれねぇってコトは イヤってほどわかってたはずだぜ?だったら、弟子とるとかして、伝えとくはずだろ?」
「でも、それはありえるよ」
思わず、フリックは口を挟んでいた。
ビクトールと星辰剣の会話を聞いてるうちに、はっとしたのだ。
もしかして。
「なぁ、メイファにしか直せない病気ってのは、メイファの祖父にも、治せないものだったんじゃないかな」
自分がとっぴなことを言い出しているのは、わかる。
でも、それはありえないことではない。
いや、その方が、話のつじつまが合う。
「だって、あれだけの薬草が見分けられるほど、医術に通じてるってコトは、かなり幼い頃から勉強してなくちゃ無理だろう?きっと、旅に出た頃から、学んでるんだよ」
「でも、それは、メイファがそうしたいって、言ったからかもしれないぜ?」
「もちろん、それはあると思う……でも、医者になれないとわかってる孫娘に、用もないのに医術を学ばせるだろうか?仮にも、自分の大事な孫に?将来、返って辛い思いをさせるって、わからないはずがないだろう?」
言っているうちに、どんどん確信がわいてくる。そうだ、それに違いない。
「村を襲った、メイファの祖父が旅に出てまで、その治療法を探しに行った病気は、きっと、彼女にしか対処できないんだと思う」
「祖父さんに直せなくって、メイファには直せる……??」
ビクトールのほうは、混乱気味のようだ。
話としてはわかるのだろうが、その中身はどことなくパズルのようだ。
「……でもって、弟子にも無理……」
さすがに、そこまで口にしたら、ビクトールにもわかったらしい。
「あ、そうか、男にゃ治せねぇんだ」
それはわかったはいいが。
「いったい、どんな病気なんだ……?」
「いや、わからないけど……」
謎は、増えてしまった気がする。
「でも、そいつも聞き出せりゃ、どうにかなるかもしれねぇ」
「え?!」
なんてことない口調でビクトールは言うが、フリックは、思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。
なにをやらせるつもりか、わかったからだが。
ビクトールは、そんなフリックの反応におかまいなく、肩をぽんぽん、と叩く。
「がんばってくれよ、フリック」
にーっこり満面の笑顔に、思わずため息が出た。
『聞き出す』なんていう作業は、いちばん苦手なのに。
がくっと、頭を下げてしまったので、フリックはビクトールと星辰剣が顔を見合わせて、にや、としていたのには、気付かなかったようだ。



「ありあわせのものしかないから、悪いわね」
と、メイファは言ったが、なかなかどうして、今日の食卓も贅沢である。
各地を旅した、というメリットは、こういうところに発揮されているのかもしれない。
毎回、国際色豊かなメニューが並ぶ。
材料のほうは、たしかに買いだしに行ったときに、まとめて購入したモノだから日持ちの関係で、似たようなモノが多いが、調理法のほうが多種にわたっているので、苦にならない。
調理法が多種にわたる、ということは、味付けも多種だということだからだ。
たしかに、これならどこの奥様におさまっても、旦那さまは幸せになれるだろうが。
彼女は、どうみても、それに満足するようには見えない。
やはり、村の外に出たほうが、メイファ自身が幸せだ、と思う。
そう思うのは、自分勝手な考えなのかもしれないが。
いつもと同じペースで(ということは、とても速いペースで)、ご飯を平らげながら、ビクトールは思う。
でも、聞いたことのある悲劇が、彼女をつれて行け、と言って止まない。
『しきたり』や『決まり』といったモノを破ったがために、たとえそれが村のためだったとはいえ、命を落としていった者達の、物語。
旅をしている量は、ビクトールもかなりのものだ。
『しきたり』自体には疎いが、それにまつわる話は、行った先々で、たくさん聞いていた。
村の中で生きていくには、メイファはあまりにも、責任感が強すぎる。
現に、自分らを救ったのだって、そういう性格の現われでもあるのだから。
だから、みすみす、死なすような羽目になる前に、連れ出したかった。
外には、いくらでもメイファの能力を生かせる場所はあるのだから。
生きて欲しい、と必要以上に願ってしまっているのかもしれないが。
それは、フリックに対しても、同じかもしれない。
死なないで欲しいと思う気持ちが、自分は強すぎるかもしれない。
それは多分、自分の大事な者は、生きたかったのに死んでしまったからだろう。
だから、生きていけるチャンスがあるのなら、生きていって欲しかった。
そう、俺の身勝手だ、と思う。
でも、メイファの強い瞳はもしかしたら、と考える。
救われるのは、彼女だけではないかもしれない、と。
そんな考えを押し込めて、笑顔で皿を差し出した。
「おかわりくれよ」
「よっく食べるわねぇ」
よく、の間に、發音を入れて、ビクトールの大食いをメイファが強調する。
「また、夜になったら出るからな、腹ごしらえよ」
意に介した様子もなく、笑顔で答えるビクトールに、フリックとメイファは顔を見合わせて笑う。
だいぶ、打ち解けてるようだ。
たぶん、もう二人っきりにしても、会話がないなんてコトもないだろう。
そんなことを思いながら、ビクトールはおかわりに取りかかった。

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