□ ぼくのおにいちゃん 1
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1)まるで壁のようで

どうしてわかってくれないんだろう。
アランは、イライラとするのが止められない。
こんなだから、本格的にレスキューに参加させるのは心配だ、というスコットの言い分がわからない訳では無い。
だけど、だけど。
「パパも、こう言うと思うよ」
ああ、もう、まただ!
アランは、ひどく腹だ出しくなって目前の兄を睨むように見上げる。
ここ最近は、いつもそうだ。
アランが自分ももっとレスキューに参加したい、と話すと、理路整然とアランの未熟を説明し、だから心配だ、と真摯な瞳で告げる。
そして、最後にコレだ。
パパ。
確かに、今はここにはいないパパも同じようなことを言うかもしれない。
でも、アランが聞きたいのはそういうことじゃない。
だって、冷静にアランの未熟さを観察しているのも、そのせいで事故が起こってはと心配しているのも、パパでなくてスコットじゃないのだろうか。
そう言ってくれるだけでいいのに。
パパのことが嫌いなのではなくて、むしろ大好きなのだけれど、でも、アランが欲しいのはスコット自身の言葉だ。
スコットが自分を心配してる、と言ってくれるのなら、それだけで諦めがつくのに。
いつもなら、そんな不満を抱えつつも、引き時だと思うところなのだけれど、今日はどうしても納得がいかない。
ぐ、と唇を噛みしめて睨むアランを、スコットは彼らしい静かな視線で見下ろしてくる。
「まだ、納得出来ないって顔だな」
「出来ない、だって、なんでパパなのさ」
え、というようにスコットが目を瞬かせる。
言葉を継ごうとした瞬間、新たな声が加わる。
「うん、僕も納得出来ないな、なんでパパなの?」
驚いて見やれば、アランと同じようなキツイ目つきをしたゴードンがすたすたと歩いて来てアランの隣に並び、じっとスコットを見上げる。
いつもなら、レスキューに参加したいと言い募るアランに、からかうような顔つきで「まだまだお子様ってことだよ、僕みたいにイカセンサー磨くんだね」などとからかってくるというのに。
なぜか、ゴードンもひどく不機嫌な顔つきだ。
意味がわからない、というように再度目を瞬かせるスコットに、アランよりずっと言葉が滑らかなゴードンが一気に言ってのける。
「スコットはスコットじゃないか、パパじゃない。なのに、最近のスコットはまるでパパならこう言う、パパならこうする、ばっかりじゃないか。まるでパパになり変わりたいみたいだ」
目を見開いたスコットは、次の瞬間に眉をハの字にしてしまう。
視線が、落ちる。
「……ふりかざすような言い方をするつもりはなかったんだが、そう聞こえていたのなら済まなかった」
静かな、低い声。
言葉のままに、丁寧に頭まで下げられてしまって、アランは言葉に詰まる。
そうじゃない、アランが言いたいことは、そうじゃないのに。
違うと言いたいのに、上手い言葉が見つからなくて頭を下げたままのスコットを見つめていると。
『インターナショナルレスキュー、中央アジア方面で土砂崩れ発生だ』
緊急を告げるアラームと共に、ジョンの緊迫した声が響く。
は、と三人共が弾かれるように顔を上げ、浮かび上がったジョンを見やる。
「救助要請が?」
いつも通りの真剣な顔つきでスコットが尋ねるのへと、ジョンが頷く。
『洞くつ探検のツアー客が閉じ込められてしまっていて、これが軍にも手に終えないそうだ。協力要請が来ている』
「わかった、バージル」
信号が入ったことに気付いて駆けつけたバージルへと、スコットが声をかける。
「僕とバージルで出動だ」
「FAB!」
すぐに二号に乗り込むべく走って行ったゴードンを見送り、スコットも一号搭乗口へと立つ。が、スイッチである灯りを引き寄せる前に、先程の困った顔がアランたちへと向く。
「すまない、続きは帰ってからさせてくれ」
二人の返事を待たず、スコットの姿は壁の向こうへと消える。
ああ、誤解させたまま行かせてしまった。
そもそも、ゴードンが途中で加わらなければ、あんなこと言わなければアランだって誤解されずに済んだのに。
そう思うと、むかむかしてきて隣を睨む。
「余計なこと言わないでよ」
「はあ?自分が言いたいことなんも言えて無かったくせに」
負けず劣らずな不機嫌さで、ゴードンも言い返してくる。
「でも!僕は、スコットがパパになりかわろうとしてるなんて思ってない!」
「僕だって思ってない!」
『二人共、いい加減にしないか』
冷や水のように冷たい声に、びく、と二人して肩をすくませる。
目前に、ジョンの姿が浮かんでいた。細められた目も、ひどく不機嫌だと告げている。
『二人して、スコットを困らせてどういうつもりだ』
「そんなつもりじゃ……」
「だって、最近のスコットさ……」
『言い訳は聞かない、ともかくこれ以上困らせるんじゃない』
「「……はい」」
ジョンをこれ以上不機嫌にさせて、恐ろしいことはあっても良いことはヒトツも無いのを身をもって知っている二人は、大人しく頷く。


2)54,000kmの憂鬱

ジョンは、ため息をつきつつアランとゴードンとの通信を切る。
全く、末弟は興奮し出すと状況把握が甘くなりすぎる。そもそも、もっとレスキューに参加させてくれという要求はスコットだけに言っても通用しないと思っているのか、ジョンへも繋いでいたというのに。
いつの間にか、スコットにばかり話をしていたアランは、自分がジョンへも繋いでいたのをすっかり忘れていたらしい。
お陰で、最初から最後まですっかり聞いてしまった。
正直、今日のアランの不満の主体はレスキュー参加のことでは無かった。いや、最初はそうだったかもしれないが、少なくとも本当の不満はそこではない。
当人も、きちんと気付いているのかは定かではないけれど。
ついでに言えば、ゴードンも同じことを不満に思っている。
ある意味、岡目八目でジョンには二人の不満の正体が正確にわかっている。
正直に言えばいいものを。
そうすれば、スコットは少し困ったように笑いつつも、ちゃんと不満を解消してくれるだろうに。
そんなことを考えつつ、救難信号を発しているホテルからの情報の聞き取りを続けていると、いつものごとく真っ先に到着するスコットの声が入って来る。
『サンダーバード一号、現場に到着。五号、閉じ込められている洞窟の位置を教えてくれ』
「FAB、一号、すぐに座標を送る」
『ありがとう、洞窟に移動する……これは酷い、崩れた石が溜まっていて、入り口をこじ開けたとしてもすぐに崩れて塞がれるな』
浮かんだスコットの表情からも、厳しそうなのが容易に伺える。
「救難信号によれば洞窟のツアー客は入り口からはだいぶ離れた奥にいるようだ」
『五号、このあたりの詳細な地質と地形調査のデータを探してくれ、洞窟に上穴か横穴を開けられるか知りたい。それから、閉じ込められている位置がわかるようなら座標を頼む。こちらも土壌を探ってみる』
「わかった」
スコットの判断と指示は相変わらず的確だ。実際の作業をする二号が到着する頃には、ジョンからのデータとジェットパックを使っての実地見聞でバージルが作業すべき場所を特定し終えている。
移動中にスコットとジョンのやり取りを聞いていたバージルが、作業地点へと二号をつけて救出活動の開始だ。
『ようし、穴が空いたぞ』
『良くやった、二号。中へは僕が行くからエレベータの操作を頼む』
あっさりと危険な側を引き受けるスコットに、バージルが気忙しげに声をかける。
『大丈夫か?』
『二号の方が安定してエレベータを動かせるだろ。揺れが少い方が皆が安心出来る。それに……』
返しかかった言葉が、途切れる。
『一号?』
『いや、何でもない。機械操作はお前の方が上手い、頼むよ』
『了解、では降ろすぞ』
バージルはすぐに切り替えて、目前の救助に集中することにしたようだが、ジョンはひっそりとため息を吐く。
スコットが口をつぐんだ言葉は、わかっている。
パパもこうしたさ、だ。
父がインターナショナルレスキューをハンドリング出来なくなって以来、スコットの行動は基本的に父ならどうしたか、で決まっている。
が、その言葉の影で、前よりも、誰より危険な場所へと真っ先に行ってしまうのは気のせいでは無いと思う。
人一倍優しい兄は、幼い頃から何かと兄弟たちを守ってくれているけれど、あの日以来、今まで以上に自分たちを守ってくれているのだ。
もう少し、自分のことも大事にして欲しいものだけど、と思いつつ、今は救助活動を見守るしかない。


3)問題発生

バージルの安定した操作と、スコットの的確な誘導のおかげで救助は順調に進み、洞窟には行かなかった客が残っているうちに合流させることが出来た。
行方不明者もいないことをホテル関係者と軍の救助担当者と共に確認を終える。ここから先は、軍の仕事だ。
スコットとバージルは、ほっとした表情を見合わせて頷き合う。
「よし、戻るか」
「ああ」
一号と二号をホバリングさせている方へと身を翻そうとした時だ。
悲鳴のような女性の声に、二人共が振り返る。
「む、息子がいないんです!」
「どういうことだ!」
軍の救助担当者に怒鳴るように迫られて、ホテルの担当者は慌てて首を横に振る。
「宿泊者名簿の確認はしました!間違いありません!」
「いえ、いえ、今、ほんの少し目を離した間に」
動揺しつつも、母親らしい女性が付け加える。
土砂災害に巻き込まれたこの場所に、大きな輸送機は下せない。現に、巨体である二号はもちろん、一号さえ降ろすことが出来ずにホバリング状態だ。
よって、軍は小さめのヘリを数を寄越して救出にあたっている。ただ、いくら数を稼いでいるといっても限度があり、時間はかかっていた。
まずは体調を崩している者、災害発生時に怪我を負った者などが優先して運ばれ、今は、女性と子供を搬送しているところだ。その順番が待ち切れなかった子が抜けだした、ということらしい。
「人数は?」
冷静な声をかけたのは、スコットだ。顔色を無くした女性が、わななく口で応える。
「あ、ふ、二人です」
「年は?」
「六つと、八つです」
がくがくと震えつつも、はっきりと返した母親にスコットは安心させるように頷きかけてから、軍の救助担当者とホテル担当者を見やる。
「救助口以外の出入り口に人を配置して下さい、僕たちは子供を探してきます」
「お願いします」
外は、どこで再度土砂が崩れてくるかわからない状態だ、素人は外には出られないし、軍の関係者も必要最低人数しかいない。 相手が頭を下げるのを待たず、バージルとスコットは外へと向かう。
「視界が狭いな」
あちこちに散らばる岩やらガレキやらに眉を寄せるバージルに、スコットはジェットパックのスイッチを入れつつ告げる。
「僕が上から探す。下手に動いて崩れたら危ないから、バージルは呼んだら来てくれ」
「FAB」
すぐに上空へと跳び上がるのを見届けてから、バージルは通信機器を起動する。
「五号、聞こえるか」
『どうした二号、救助は完了したんじゃないのか?』
「別口で子供が抜けだしてしまって行方がわからない、生体反応を追って欲しい」
バージルの言葉に、ジョンの声も硬くなる。
『急いで追う、二号、下手に動かない方がいい』
「ああ、一号がジェットパックで探してくれてはいるが」
『わかった、見つけたら一号にも伝える』
早口で返事が返る。
バージルも、足場を確認しつつ少しでも視界が広い方へと移動しつつ、呼びかける。
「ジョン」
『バージル?』
仕事の声ではない、と敏感に察した声がジョンから返る。
「何かあったのか?その、スコットなんだが」
『……ゴードンとアランが言葉選びに失敗したんだ』
「言葉選び?」
『パパに成り代わる気かってさ』
我知らず、バージルは眉を寄せる。
最近、口癖のようになってしまっている、パパならこうする、のコトだ。
「スコットのアレは、そうじゃないだろう」
『ああ、どちらかというと、スコットがパパの方針や手法から逸れないように自分を制して』
ジョンの言葉は、他ならぬスコットからの通信で途切れる。
『子供を見つけた』
「どこだ?」
バージルは伸び上がるように周囲を伺うが、姿見えない。が、返事の代わりに返ってきたのは。
『危ない!』
切羽詰まった声と、何かが大きく崩れる音。
「『スコット?!』」
バージルとジョンの声が重なるが、返事は返らない。
「スコット!おい、聞こえるか?!」
『バージル、スコットからの通信発信位置だ』
行った方が早いと判断したジョンからの情報に、バージルはすぐに向かう。
「ッ、スコット!」
目に入ってきたのは、その身を挺して子供たちをかばい、大小の石に埋もれて倒れているスコットだった。





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