□ ぼくのおにいちゃん 2
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4)そこにある、小さな真実

先ほど、一号がいつもの場所に戻ってきたから、てっきりスコットが先行して任務から帰還したのだと視線を上げたアランとゴードンは、ぽかん、と目も口も開く。
「え、ジョン?」
「どうしたの、急に」
「大問題発生だ」
あまり機嫌の良く無い声で告げられ、二人共更に目を見開きつつ立ち上がる。
「どういうこと?」
「何があったの?」
口々に尋ねるのに、ジョンは眉を寄せたまま、ぽつり、と返す。
「嫌でも、すぐにわかるさ」
その言葉を残して、身を翻す。
アランとゴードンは、どちらからともなく不安な目を見交わすが、先程よりも重量感のある足音に視線を向ける。
「あ、バージル」
「おかえ……」
アランの言葉は、途中で途切れる。
がっしりとしたバージルの腕の中には、くったりと力を失ったスコットの姿がある。
「スコット?!」
「ちょ、何があったの!」
二人共が、慌てて走り寄る。騒がしい声にも、スコットは全く反応する様子が無い。
「土砂崩れの現場に、子供が勝手に出てしまって……岩が崩れてきたところをスコットが庇った」
「庇ったって、まさか?」
「頭の方に異常はみつかってない。肋骨にヒビがいってるだけだ。あの状況では、奇跡的だな」
そうは言うものの、バージルの表情は冴えない。
答えは、その腕の中にある。
バージルの筋肉質のがっしりとした腕の中では、華奢にさえ見える兄の瞼は閉ざされたままだ。
「目が、覚めないの?」
「ああ」
困惑した顔つきのバージルに、背後から声がかかる。
「バージル、ベッドの準備出来た」
「ジョン、ありがとう」
「まだ、駄目?」
ジョンが首を傾げるのに、バージルが頷く。
「ああ、二号で移動する間も何度も呼んでみたんだが……」
渋い顔つきで長兄の部屋の方へと向かう二人を、アランとゴードンも慌てて追う。
そっと戸口から覗き込んでみると、ベッドの上のスコットをジョンとバージルが覗き込んでいる。
「スコット、スコット」
肋骨を痛めているとわかっているから、そっと肩のあたりに手を乗せてジョンが声をかけているが、反応は無いようだ。
「起きそうにないな」
「……ああ」
アランとゴードンは、どちらからともなく顔を見合わせると、そっと近付いて声をかける。
「ね、僕らも、呼んでみていい?」
バージルが、あっさりと頷く。
「もちろん、頼むよ」
力の入っていない手を握って、覗き込んでみる。
「スコット、ね、スコット、起きてよ」
「じゃないと、飛び乗っちゃうよ?」
物騒なことを言ってみたところで、全く起きる様子は無い。しゅん、と二人して首を落としてしまうのに、ジョンが小さく息を吐く。
「スコットも、無茶をしすぎだ」
「確かにあの子たちは不注意過ぎるが、目の前にして見捨てるなんて出来ないだろう」
バージルがいたって真面目に返すと、ジョンはもう一度ため息を吐く。
「まあ、スコットはワガママな子だからって見捨てたりはしないけど」
「あの子たちは、どことなくアランたちに似ていたから、余計に」
びく、とアランとゴードンが振り返ったことで、バージルは自分が何を口にしたのか気付いたらしい。困った顔になる。
「あ、いや、その、ブロンドの髪にブラウンとブルーの目でって話で」
はっきり言って、今のアランとゴードンにはトドメだ。出掛けに、あんな酷いことを言ってのけた自分たちを想起させる子供を庇った挙句にケガをして、目も覚まさないなんて。
じわ、と目尻が熱くなるのがわかる。
きゅう、とスコットの手を握る。
「ごめんなさい、酷いこと言ってごめんなさい、ちゃんと言うこと聞くから、目、覚まして」
「ごめんなさい、スコット」
二人して、微妙に涙声になりつつ言うのを聞いて、三度、ジョンはため息を吐く。
「ちゃんと、起きてから伝えないと」
「わかってる」
「ちゃんと言うよ」
頷きながら告げる二人に、ジョンは笑みを向ける。
「じゃ、スコットの側にいてあげてくれ。起きたら動きたがるだろうから、一日は安静にさせるんだ。暇潰しくらいは、させてあげられるだろう?」
どこか意味深な口調で言うのに、アランとゴードンは急いで首を縦に振る。
「うん、ちゃんと言うよ」
「安静にしてもらうの、まかせて」
口々に告げるのへと、バージルも苦笑を浮かべる。
「スコットに何を言ったんだか知らないが、ちゃんと言うことは言えよ」
ジョンとバージルが扉の向こうに消えてから、もう一度、スコットに向き直って。
はた、と現実に気付く。
「スコット、いつ気付くんだろう?」
「わかんない、頭は打ってないみたいだけど」
ひとまずは枕元にでもいればいいんだろうか、と椅子を探すべく見回してみて、この部屋がひどく殺風景なことに気付く。
兄弟の部屋共通のクローゼットの他には、大き目の本棚がヒトツと、ほとんど物が乗っていない机。そこにある椅子しか、無いらしい。
下手にヒトツだけ持ってきても面倒か、と思いつつもゴードンは近付いて、少しだけ目を見開く。
物の少ない机に置かれているのは、両親の揃っている頃の家族の写真と、それから。
「アラン」
「なんだよ」
スコットから気を逸らされることが気に食わなさそうな声にアランに、ゴードンは柄にもなく少しだけ震える手で机の上を指す。 ゴードンらしからぬ表情だ、とは気付いたらしい。
アランは不審そうに眉を寄せつつも近付いて来て、そして。
「……コレ」
二人の視線が釘付けになっているのは、写真にたてかけるように置かれた、いびつな折り紙だ。いちおう、八角形を目指したモノだとは二人共が知っている。
だってこれは、幼い頃に二人が贈ったモノなのだから。
何かの授賞式をテレビで見て、そして、僕たちもあのピカピカしたメダルを誰かに授与しようということになり、選んだのは長兄だった。
父が仕事で忙しくて不在の時にも、母を失ってからも、いつだって側にい続けてくれたスコットお兄ちゃんこそが、最も相応しいと二人で満場一致だった。
折り紙で作り、リボンをテープで無理矢理貼り付けた不格好なメダルを差し出されたスコットは、嬉しそうに笑って受け取ってくれた。
「これは、最高の栄誉だね」
そんな嬉しい言葉と共に。
なんだって器用にこなしてしまう兄は、大学での成績も優秀だったし軍でもなにやら賞をもらっていたはずだ。なのに、飾ってあるのはコレだなんて。
父のふりして遠くへ行ってしまうだなんて、なぜ思ってしまったのだろう。
ずっとずっと、ちゃんとスコットは兄のままなのに。
ひく、としゃくりあげたのはアランだ。ぐい、とゴードンも目じりをぬぐう。
急いでスコットの元へ戻って、きゅううう、と先程までとは比べ物にならない勢いで手を握る。
「お、お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん」
ボロボロと頬をぬらしながらの声にも、まだスコットは応えてくれそうに無い。


5)少しだけ眩しい朝

何やら眩しくて目を細めつつ、アランは光の方を見やる。
朝だ、と思うけれど、なにやらいつもと様子が違う、と思う。
むく、と起き上がって、ええと、僕、どうしたんだっけ、と首を傾げる。
体中がギシギシとしてるのは、床で寝ていたかららしい。落ちたつもりはなかったんだけど、と見回すと、なぜか隣でゴードンが寝ている。
「ちょっと、ゴードン」
ゆさゆさとゆする。
「なんで、僕の部屋に……」
ん、ここ、僕の部屋か?もしかして僕が間違ってゴードンの部屋に、と思ったところで、声が聞こえてくる。
「……ん」
それは、小さな小さな声だったけど。
聞き間違える訳がない。
そうだ、昨晩はスコットは目を覚まさないままで、ゴードンと二人してかける物を持ち込んでスコットの部屋で一晩過ごしたのだ。
「ゴードン、ゴードン」
慌てて、隣の兄を起こす。
「んん?」
「スコットが」
アランの言葉に、ゴードンも恐ろしい勢いで飛び起きる。
覗き込んだ二人の視線の先で、綺麗な青の瞳が驚いたように瞬く。
「「スコット!」」
いきなり二人に身を乗り出されて、ますます意味がわからないというようにスコットは瞬きを繰り返す。
「ええと、すまない。僕は話の続きをちゃんとせずに寝てしまった……か?」
「違うよ、レスキューで子供庇ったんだ」
「で、ケガして」
「ケガ?」
不思議そうに首を傾げつつ起き上がろうとして、スコットは顔をしかめる。
「いっ」
「あ、ダメ!子供ちゃんと助かったから」
「ろっ骨やってるから安静ってジョンが」
慌ててアランが止め、ゴードンが付け加える。
「ジョンが、ね」
大きく息をついて、スコットは横になり直す。
「これでいいかな」
こくこく、と二人して大きく頷いてから。
「「スコット、ごめんなさい!」」
いきなり頭を下げた二人に、スコットはまたも目を瞬かせる。
「どうしたんだ?」
「昨日のこと、僕たち、酷いこと言ったから」
聞いたスコットの眉が下がる。
「酷いことを言っていたのは僕だろう?」
「違うんだ、その」
やはり、真っ直ぐな兄の瞳を見ると素直に言うのは恥ずかしい。でも、昨日みたいな思いをするのは、もう絶対にイヤだ。
「その、寂しかったんだ。最近、ちゃんとおしゃべりしたり、出来なかったから」
「僕も。だって、海の話、ちゃんと聞いてくれるのスコットだけなのに」
うつむき加減で言い募っていたアランとゴードンは、ごそ、と動く気配に視線を上げる。スコットが、少しだけ顔をしかめつつも上半身を起こそうとしているのに、また慌てる。
「だから、ダメ」
「いいから」
その一言と共に起き上がったスコットの大きな手が、二人の頭に乗る。
「ちゃんと相手になってやれなくって、済まなかった。心配してくれて、ありがとう」
ふわふわと撫でてくれる手が、暖かい。ちら、と見上げれば、一番見慣れた優しい兄の顔だ。少しだけ気恥ずかしいけれど、それ以上に嬉しくてアランもゴードンも目を細める。
兄の手を堪能してしばし、コンコン、と一応のノックと共に声が加わる。
「お目覚めだね、スコット」
「ジョン、降りてきてたのか」
また、目を瞬かせるスコットに、ジョンは肩をすくめてみせる。
「スコットの目が覚めないっていうから」
「それは、心配をかけて済まなかった」
「そう思うなら、せめて二日は大人しくしてて欲しいな」
告げられた言葉に、スコットは困り顔になるが頷く。
「わかったよ」
「あ、スコット、目、覚めたのか」
ジョンの背後から安心した笑みをバージルが覗かせる。
「バージル、助けてくれたんだな、ありがとう。心配をかけた」
「そう思うなら」
スコットが困り顔になりつつ先回りをする。
「わかった、二日は大人しくしてる」
「なら、いい」
満足そうに頷くバージルとジョンに、スコットは困惑顔のまま首を傾げてみせる。
「だが、その、お腹が空いたんだけどな」
「持ってくるよ」
にっこりとジョンが告げる。
「あっ、僕、一緒に食べたい!」
ずっとスコットの手に撫でられて満足そうにしていたアランが、ぱっと顔を上げる。
「ちぇ、先手かあ、じゃお昼の前までは譲るから、昼ご飯からは僕だよ」
ゴードンが言うのに、アランも頷く。自分がそうしたいようにゴードンだってスコットを独り占めしたいに違いないのだから。
勝手に占有権を決められているスコットだが、いくらか困ったような顔で笑うばかりだ。
「じゃ、朝食はアランの好きなモノにしようか」
「メープルシロップたっぷりのフレンチトースト!」
間髪入れずにリクエストしたアランに、ジョンが肩をすくめる。
「乗せるのはそれだけ?」
「アイスも!」
「了解」
にっこりと返されて、アランも笑顔を返す。


6)それは仕組まれた

キッチンへと立ったジョンは、ついてきたバージルへと首を傾げてみせる。
「バージルもフレンチトースト欲しいのか?」
「いや、僕はシンプルなトーストでいいよ。手伝おうと思ってね」
「それは、ありがとう」
バージルは卵と牛乳を取り出してジョンへと差し出しながら首を傾げる。
「一応は、一件落着かな?」
「ミッションはほぼ成功、といったところかな」
ジョンは、にこり、と返す。バージルが不審そうに眉を寄せる。
「ほぼ?」
子供を庇ったスコットが、脳震盪を起こして気を失っていたのは確かなことだ。が、子供たちを送り届け、岩の下から助け出したところで気が付いた。
脳波にも異常は無いことがわかったまでは良かったのだが、責任感の強過ぎるスコットは、肋骨をやっているのに無理矢理に動こうとしたのだ。
で、とっさの判断で鎮痛剤と鎮静剤を速攻で処方し、二号に運び込んだ、というのが真相だ。
さて、と困り顔を上げたバージルに、ホログラムのジョンはにっこりと笑って見せた。
『僕に考えがある』
「考え?」
『まあ、ちょっとしたミッションかな。スコットには休息を、ゴードンとアランには反省を』
その結果が、今朝まで眠りこけていたスコットだ。
ちなみに、わざわざバージルが抱きかかえて移動したのも『バージルの体格と比較すれば、スコットも華奢だからね』というジョンの発案による。
実際、アレだけ動くクセにその為の筋肉しか無いんじゃないかと思わせられるほどで、アランやゴードンというより、バージルが冷や冷やするはめになったのだが。
ジョンはスコットが机に何を飾っているか知っていたらしく、部屋に誘導して仕上げ、という訳だ。
弟たちは、自分たちの寂しさをヤツアタリでぶつけたことをおおいに反省したようだ。
あんなにお兄ちゃんを連呼するのを聞くなんて、何年ぶりだろうか。
そんな訳なので、スコットが目を覚まして、アランとゴードンがちゃんと謝ったところで完了だと思ったのだが。
「あと、少しだけ、ね」
手際良くフレンチトーストを作りながら、ジョンはにっこりと笑う。





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