□ ぼくのおにいちゃん 3
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7)So Sweet

ジョンが焼いてくれたフレンチトーストは、メープルシロップもたっぷりだし、ふわふわに焼き上がっているし、何よりスコットがアランのおしゃべりに付き合ってくれるしで、大満足だ。
乗っているアイスが、アランのはチョコでスコットのはバニラだったので、いくらか取り換えっこもしてもらった。
「美味しいね!」
アランが笑うと、スコットも笑顔を返してくれる。
「そうだな」
朝食の後は、スコットはコーヒー、アランはミルク多めのカフェオレを手にのんびりと話をした。聞き上手のスコットに、アランがひたすら聞いてもらう、というのが正確かもしれない。
昼食を手にやって来たゴードンと交代する時には、ちゃんと満足していた。
「また、たまには話してね」
お願いしてみると、頷いてくれる。
「ああ」
「さ、僕の番だよ」
行った行った、というように手を振ってくるゴードンに、いーっとしてアランは引っ込む。
「朝から甘ったるかったみたいだから、野菜たっぷりにしたよ」
ゴードンが言うと、スコットは笑い返す。
「ああ、いいね」
「それから、ゴードン特製フレッシュジュース」
「特製?」
首を傾げるスコットに、ゴードンはにんまりと笑う。
「そう、コレ飲んだらケガが早く治るよ」
「そりゃ凄い」
他の兄弟なら、何を入れたんだと不審がるところだが、スコットはにこやかに口にしてくれる。
実際のところ、さっぱりめの口当たりになるよう気を付けつつ色々な果物をミックスしただけなのだが、スコットのケガが早く治るようにと思ったのはウソではない。
口にしたスコットは、目を瞬かせる。
「お、これは美味いな。こんな薬ならいくらでも飲めそうだ」
「なんたって僕の特製だからね」
胸を張ってみせてから、サンドイッチの皿も差し出す。
「こっちも僕特製って言いたいとこだけど、ジョンとバージルが作ってくれたよ」
と、ここまではスコットの体を慮ったが、ゴードンも本音は甘えたい。
「でね、潜って撮ってきたのがいっぱいあるんだけど、食べながらでもいい?」
言いながらホロ映写機能付きの録画端末を見せる。
レスキューの合間の訓練がてら、海洋生物を記録しているのだ。最近は耐圧自動制御型のモノで深海生物を撮るのに凝っている。で、その画像解析にスコットを付き合わせようという訳だ。
兄弟のうちで海に興味を示したのはゴードンだけで、父にもいまいち理解してもえなかったのだが、スコットだけは話を聞いてくれるだけでなく、よく覚えていてくれるし協力もしてくれる。
学生時代には、海洋学専攻の友人からオススメの本を聞いてきた、などとお土産をくれたこともある。ゴードンにとって、大事な理解者でもあるのだ。
今日も、あっさりと頷いてくれる。
「いいぞ、あまり期待されすぎても困るが」
「動体視力いっちばん良いんだから、期待しちゃうよ、やっぱり」
ゴードンは、にんまりと返す。


8)穏やかな眠り必要なのは

予測通りに、夕飯時となったところで「ダイニングに行くよ」と言いだしたスコットに、ジョンはにっこりと満面の笑顔で「バージルに抱きあげてもらっての移動ならいいよ」と言い放ってやった。
そうじゃない、と言いたげにスコットは押し黙る。
まったく、肋骨を傷めるというケガをしている兄には、安静の意味を胸に刻んでもらいたいモノだ。
それはともかく、甘えたモード全開のアランたちのこともあるので、少しだけもったいを付けて付け加える。
「でも、皆で食べた方が楽しいのは確かだね」
部屋にぎゅうぎゅう詰めになっての夕飯に、スコットは少し困ったように笑う。
「隠れ家ごっこを思い出すな」
兄弟で遊んだ思い出話ならいくらでもあるから、わいわいと楽しい夕食になった。
その勢いのまま、汗が気持ち悪いだろうと皆でよってたかってスコットの世話をして、抜けださないように釘をさして一日が終わる。
まあ、表向きは、だが。
バージルに告げた通り、ジョンの考えにはもう少しだけ続きがあるのだ。
少し夜も更けたあたりで、そっと扉をノックする。
予想通り、兄はまだ起きていたらしい。
「どうぞ」
と、声が返って来る。
「まだ、起きてたかな」
首を傾げて訊ねると、柔らかな笑みが返って来る。
「ああ、大丈夫だ」
スコットらしい、包容力のある笑みにほっとしつつ、ベッドの側まで行って座り込む。
「ケガをしているのにゴメン、でも、上手く眠れなくて」
嘘は、ついていない。昨晩も、寝付こうとして寝付けなかった。降りてきたのは、上にいてはいつまでもコレが続くとわかっていたからでもある。
スコットは、困った顔になる。
「僕が心配かけてしまったからな、すまない」
そっと、その手が伸びてきて頭を撫でてくれる。スコットだけが、ジョンにとって大事な人に何かあった時にうまく眠れなくなるのを知っている。そして、いつもこうしてくれる。
スコットがケガをしたと知ってから、ずっと強張っていた何かがゆるゆるとほどけていくのを感じながらも、訴えはしておく。
「そうだよ、こんな酷いケガして」
「ああ、不注意だった」
「……でも、スコットが庇わなかったら、あの子たちはきっと命が危うかった」
ある意味プロテクタ代わりでもあるジェットパックを背負っていても、肋骨が傷ついたのだ、そんな岩が子供の頭にあたったりしたら、どんな悲劇が訪れるか想像もしたくない。
さらさらと撫でつつ、スコットが静かに柔らかに言う。
「ジョンとバージルが助けてくれたから、これだけで済んだ。ありがとう」
「助けたのはバージルだ」
「ジョンが位置を教えてくれたんだろう?」
気を失っていたはずなのに、ちゃんとスコットはジョンの行動を察してくれている。嬉しくて、くしゃり、と笑う。
「ね、いつもみたいに一緒に寝てもいい?」
小さい頃から、こういう時にはベッドに入れてくれて、ジョンが寝付くまでずっと撫でてくれていた。
「かなり狭くなるけど、それでいいなら」
「大丈夫、僕動かないし」
ベッドに潜り込もうと思ったところで、コツコツ、とひどく控えめなノックが響く。
アランやゴードンなら、スコットが起きてようがいまいがお構いなしに入ってくるはずだ。そして、ジョンはここにいる、となると。
スコットが扉のあちらへと声をかける。
「起きてるよ」
おずおずという感じの速度で開いた扉の向こうからバージルが済まなそうに顔を出す。
「少しだけ、いいか?」
言ってから、ジョンがスコットの側に座り込んでるのに気付いたらしい。あ、というように目を見開いた後、眉を落とす。
「すまない」
優しくて不器用なバージルに、ジョンも笑いかける。
「バージルも眠れない?」
「いや、その、ちょっと嫌な夢を」
スコットが兄らしい笑みで手招くと、バージルもジョンの隣に膝を落とす。
「バージルも助けてくれてありがとう」
その言葉と共に伸ばされた手を、バージルも大人しく受けている。
ちょん、とジョンが首を傾げてやると、コチラにも手は伸びる。
ふわふわと撫でてくれる手は、暖かい。なのに、なぜか顔を歪ませたバージルは、ぽて、とベッドに顔を埋める。
「無茶をしすぎないでくれ」
ポツ、と漏れた声がほんの少しだけ滲んでいて、嫌な夢がどんなモノか想像がついてしまう。
「バージルとジョンがフォローしてくれてるのをわかっていたから、つい、な」
「ズルいな、スコット」
ジョンが抗議の声をあげると、スコットは首を傾げる。
「そんなこと言われたら、僕たち、怒れないじゃないか」
「怒らないから、気を付けてくれ」
まだ伏せたまま、バージルがぼそりと言う。今回の件は、かなり応えたらしい。
「悪かったよ、バージル」
撫でる手を止めないまま、スコットは少し首を傾げる。
「バージル、アレ持ってくるか?」
「ああ」
もそ、と返すとバージルはのっそり立ち上がって部屋を後にする。
「アレ?」
目を瞬かせるジョンに、スコットはぽんぽん、とベッドを示す。
「ジョンは、こっち」
ベッドの奥側に潜り込んだところで、簡易の折りたたみベッドとかけるものなどを一抱えにしたバージルがやってくる。
あっという間にクイーンサイズのベッド並の広さだ。
バージルももそもそとスコットの隣に潜り込む。
「ジョン、バージル、おやすみ」
柔らかな声と共に横になった二人の頭を撫でてから、スコットが横になる気配がする。
ジョンがその手を探って握り締めると、しっかりと握り返してくれる。
「おやすみ」
そっと告げると、バージルの方からも、ぽつ、と返る。
「おやすみ」

ふ、と目が覚めると、いつの間にかスコットの手を握るどころか腕のにしがみついていたらしい。
さすがに寝にくいだろう、とジョンはそうっと離したのだが、自由になったスコットの手は、ふら、と動いたかと思うとジョンを腕枕するように滑り込んできて、軽く背中をあやされる。
起こしてしまったかと伺うが、月明かりの下のスコットは瞼を閉ざしたままだし、呼吸も穏やかだ。
どうやら、無意識にやっているらしい。
怖い夢からも守ってやるから、と言われているような気がして、ジョンは口元を緩めつつ、暖かな腕にありがたく寄り添い、また眠りに落ちていく。


9)あえて、言葉を

朝、目を覚ますと、いつも通りスコットの方が先に目覚めていた。が、どうやら起き上がるのは待っていてくれたらしい。
「おはよう」
久しぶりに兄らしい笑みを見た気がするな、と思いつつ、バージルは体を起こす。
「おはよう、って、あれ、いつの間に?!」
うっかりと目を見開いてしまったのもしかたあるまい。いつの間にか、幼い頃のように腕枕されていたのに気付いたからだ。
「さあ、僕もよくわからんが」
苦笑を浮かべたスコットは、左右の手をぎこちなく動かす。
「うん、さすがにしびれた」
「まあ、当然だよね」
苦笑気味な声は、奥で寝ていたはずのジョンだ。手に、朝食らしいプレートを持っている。
「お陰で、僕らは良く眠れたけど」
「うん、まあ、そうだな」
認めざるを得ない事実なので、バージルも頷く。
「さ、片付けて。午前は僕がもらったよ」
にっこりと笑うジョンに、バージルは再度頷き返す。

バージルからしてみれば、ジョンはあれで、意外とちゃっかりとしている部分がある。
インターナショナルレスキューのこともそうだ。元々、情報収集と処理の担当だったことを上手く利用して、出動の有無などの決定権を持っていってしまった。
結果として、それでなくても増えたスコットの負担をある程度減らしてしまったのだから恐れ入る。
そして、兄を占有するということについても。
スコットにだけは、五号という環境下で続けている天文学の研究内容を詳細に話しているらしく、いつの間にやら良き相談相手にしてしまっていた。
まあ、あれだけ専門的な内容を話されて、あっさりと理解してしまうスコットだからこそ、ではあるのだが。
そんな訳で、二日目の午前という時間を一人占めしたジョンは、たっぷりとその研究内容について話していたらしい。体を動かすことも好きだが、知的好奇心も旺盛なスコットも、随分と楽しんだようだ。
さすがに二日もベッドの上のままでは、あまりお腹も空かないだろうと、軽めの昼食を持って部屋に行くと、ジョンも満足そうだったけれど、スコットも楽しそうな顔つきだった。
「また、データが出たら教えてくれ」
「うん、一緒に解析してくれると嬉しいよ」
そんな言葉を交わして、専門書と端末を手に立ち上がったジョンは、あっさりとした口調で付け加える。
「じゃあ、僕は上に戻るよ」
「え?!」
「もう?!」
目を見開いたのは、バージルに便乗してスコットの様子を見に来たゴードンとアランだ。が、バージルは、やっぱりな、と思う。
二日はベッドにいてくれ、とスコットに頼んで、彼は聞き入れてくれた。が、これ以上は絶対に無理だ。
明日からは、肋骨のケガなど無かったように振る舞うに決まっている。とすれば、情報を担当しているジョンが先回りするのは頷ける。
なら、皆揃っている今のうちに、最後の後始末をしてしまうべきだろう。
「その前にさ、ヒトツだけ」
バージルの言葉に、皆が注目する。
もちろん、ベッドの上のスコットも、だ。
その、スコットをまっすぐ見詰めつつ、バージルははっきりと口にする。
「インターナショナルレスキューのことに関しては、僕はスコットの指示に従うよ」
「もちろん、僕もだ」
バージルの言葉の正確な意味を、すぐに察したジョンが続く。聡い兄にも、すぐにわかったらしい。
少しだけ、目を見開いている。
父ならどう考えるか、どうするか、どうしたいか、ではなく。
他ならぬ、スコット自身の意思に従う。
父の行方不明後に、インターナショナルレスキューを続けると決めた時点で、少なくともバージルは心に決めていたことだ。
が、この点をはっきりさせていなかったのは、兄弟たちにとっては、あまり良い方向には作用していなかったと思う。
「僕も、スコットの指示に従う」
きっぱりと、ジョンが繰り返す。ゴードンも、にっと口の端を持ち上げて頷く。
「当然、僕もだよ。スコットの指示を支持するね」
「ぼ、僕も!僕も、スコットの言うことを聞くよ」
父に拘泥する必要な無いのだ、と、スコット自身の判断と言葉で良いのだ、と。
それは、全面的にスコットに責任を預ける、ということでもある。
少しだけ目を伏せていたスコットが、つい、と視線を上げる。
まっすぐで、綺麗な青の目が四人を見つめる。
「わかった」
はっきりと頷いてから、ふ、と目元を緩める。
「ありがとう、バージル、ジョン、ゴードン、アラン」
四人も、笑い返す。


10)そして、新たな事実

今日も今日とて、スコットはまっすぐな視線で皆に指示を飛ばす。
「バージル、出動だ。ゴードン、サポートを頼む。僕は先行して様子を探る」
「FAB」
「FAB、スコット」
アランが、遠慮がちに口を挟む。
「ねぇ、僕は……」
「待機していてくれ」
ごくあっさり、だが、きっぱりと告げて、姿は一号へと向かう通路へと消えていく。
落ち込み顔のアランの肩に軽く触れてやってから、急いでバージルたちも二号へと乗り込み、発進準備にかかる。
「ねぇ、バージル」
肩からのバンドを調整しながら、ゴードンが声をかけてくるのに、バージルはコンテナの積み込みを確認して発射台へと向かいながら返す。
「なんだ?」
「スコット、様子見だけだと思う?」
言われて、思わず眉を寄せる。
「あー、今日のは危ないな」
ジョンの情報からして、時間勝負の要素が強い案件だ。しかも、スコットの機動力がモノをいうタイプ。
「だよね」
ゴードンが、肩をすくめる。
ふ、とジョンの姿が浮かぶ。
『だから、早いところ追いついて欲しいね』
「当然」
この程度のおしゃべりで手が休まるなんてことはなく、二号は空へと飛び立っていく。
他ならぬ、スコット自身の判断で動いていいとなってから、これが彼の本質だったのか、と四人の誰もが思い知らされた事実がある。
スコットにとって、彼自身は仕事や家族を守る為の、道具に過ぎない。
大事に思うモノを守る為なら、ソレはいとも簡単に差し出されてしまう。
あの日、子供かばった時も、何のためらいも無かったのに違いない。
これからも、あんな事故はいくらでも起こりうるし、今度は命を落としかねない。
スコットの思うがままにすればいい、と言ったのは自分たちだ。
だからこそ、その命が簡単に消えてしまうことが無いよう守るのも、自分たちの責任だと思う。
何よりも。
兄弟の誰もが、スコットのことが大事で、失いたくないのだから。



2015.10.16. For him, himself is one of the tools.

■ postscript

良くも悪くも、偉大な父という枷。

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