□ この手が届くところ 3
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あの散々な目に合ったレスキューから、バージルやゴードンたちが戻ったのはトレーシーアイランドに朝日が昇る頃だった。そもそも出動したのが、この島では夕方だったのだから当然ではあるのだけれど。
さすがにアランは疲れきってしまったらしく、ゴードンにおぶわれて寝息を立てている。
「寝言で、スコットのこと呼ぶんだよ」
そう苦笑するゴードンの背をジョンが覗くと、目尻を赤くしたアランが、すん、と鼻をならす。
「……スコット、どこにも行っちゃ、いやだよう」
悲しそうな寝言を言う頭を、そっと撫でてやる。
「スコットは大丈夫、安心して寝ていいよ」
珍しいジョンの柔らかい笑顔と声に、バージルとゴードンは目を瞬かせるが、撫でられたアランは、もう一度鼻を鳴らした後、すうすうとどこか安心した寝息を立て始める。
ちょっと驚いた顔になりつつも、ゴードンは軽くアランを背負い直す。
「僕はアランを寝かせてくるよ」
「ああ、ゴードンも休んだ方がいい」
「そうだね、そうさせてもらうね」
ちら、とベッドの上のスコットに気忙しげな表情を向けつつも、ゴードンも頷く。
二人が去ってから、渋い顔を向けてきたのはバージルだ。表情での問いに、ジョンも真顔に戻って返す。
「熱が前よりあがってしまっていて、下がらない。もう一度、医者にみせた方がいい」
「わかった、呼んでくる」
あっさりと頷き、バージルも背を向ける。
ジョンは、スコットの枕元に戻ってタオルを濡らしなおして、額に置く。
兄弟たちがこんなに近くで話していたのに、目が覚める様子は無い。でもきっと、また先程のような出来事が起きれば、どんなことだってやってのけてしまうのだろう。
ジョンだとて先程のようにアランが泣いていれば、安心させてやりたいと思うのだから。
いつも、兄弟たちを守り包み込んでくれる大きな手を、そっと取る。
わかっていても、この手を失ってしまうのには耐えられそうに無い。

父が健在の頃からの馴染みである医師は、当然、ジョンたちの仕事も知っている訳で、どうしてこう酷くなったのかもすぐに理解はしてくれた。
が、大層渋い表情で告げてもくれた。
「これ以上無理を重ねるのなら、本当にどうなるかわからないよ」
それから、鎮静剤も入れたから一日は眠っているからね、とも。
相変わらず熱は下がりきらないまま、日も暮れようという時に現れたのがバージルだ。
「ジョン、代わる」
無言で眉をあげたジョンの目前まで来たバージルは、静かだが強い口調で続ける。
「自分がどんな顔してるか、鏡見てきてみろよ。そんな顔で、スコットが目を覚ましたらどんな思いをすると思う?医者が一日寝てるって言ったんだ、間違いなく目が覚めるのは朝だよ。その前には代わるから」
「……スコットが寝ている間だけ代わるっていうのか?」
バージルだとて、スコットのことが心配でたまらないはずだ。五号からわざわざ降りてきて、そのままはりついているジョンに遠慮をしているだけで。
今日も、一休みを終えたアランやゴードンは、静かにしてるから少しだけ側に居させて、と遠慮がちにだがしばらくスコットの部屋にいたりしたが、バージルは現れなかった。
本当なら、彼だってずっと側についていたいだろうに。だが、バージルはまっすぐにジョンを見つめたままで告げてくる。
「このままじゃ、目が覚めたスコットはまた無理をする」
バージルの表情が、どこか苦しそうに歪む。
「でも、僕は気の利いたことは言えない。だから、頼む、ジョン」
少しだけ掠れた声に、思わずジョンは瞬く。微かに視線を伏せて、バージルは繰り返す。
「頼む、ジョン。きっとジョンだけだ、スコットを止められるのは」
まさか、バージルがそんなことを考えていたとは。あとは、きっとバージルなりの優しさだ。ジョンを休ませるにはこの手しか無い、と。
「随分と大役なんだな、僕は」
肩を軽くすくめつつジョンが返すが、バージルは困ったような顔のままだ。
「バージルの言う通り、この睡眠不足じゃバージルから承った役目はこなせそうにないから、休んでくるよ」
立ち上がり、軽く肩に触れる。
「引き受けるよ。だから、夜は頼む」
「ああ」
やっと、少しほっとした息がバージルの口から洩れる。
「おやすみ、バージル」
「おやすみ、ジョン」
そっと、扉を閉ざす。

翌日の朝。
丸一日、強引に寝かせるという医者の処方が功を奏したらしく、スコットの熱はほとんどひいていた。
バージルは、宣言通りに目が覚める前に、そのことをジョンに告げて入れ替わりに出ていく。
まったく、心配ならバージルも側にいてもいいのに、とは思うが、彼の意思を尊重することにして、ジョンは椅子に腰を下ろす。
昨晩、ジョンが部屋を出る時よりも、スコットの呼吸はずっと楽そうだ。変な汗もひいている。
良かった、と内心で息を吐きつつ覗き込むと。
微かに、瞼がわななく。
それから、ゆっくりと青の瞳が現れて、ジョンを捉える。
「……ジョン?」
「おはよう、スコット。僕がいない間に、随分と無茶をしてくれたみたいだね?」
にっこりと微笑んで返してやる。
が、スコットは心底不思議そうに瞬きをする。
「無理?……僕が?」
まだ、少しはっきりしていないのだろう。もぞ、と身じろぎするので、起き上がるのを手助けする。
「起きていいのはここまで、はい、水」
きっぱりと告げつつ、蓋を開けたボトルを渡す。体を支えられたままなのを、少し気にするようにスコットが見やるので、笑みを大きくする。
「体調が悪い間は、僕に頼ってってお願いしたよね?」
あくまでお願いなのだ、と告げれば、スコットは困ったような表情になりつつも大人しくそのまま水を受け取って口に運ぶ。 その動き方からしても、体調はかなり良くはなってきているのだろう。
それなりの量を一気に片付け、息をついたスコットはボトルを返してきつつ、首を傾げてみせる。
「なあ、もう大丈夫だよ」
「医者からね、どんなに楽そうになってても、数日はベッドから出すなって言われてる」
嘘はついて無い。これ以上無理をするなら、と告げた時の医師の目は真剣だった。
困惑気味に眉を下げるスコットを、半ば強引にベッドに押し返す。
「ねぇ、スコット、少し僕の話を聞いてくれないかな」
ジョンの声色が、少し硬いことにすぐ気付いたのだろう、大人しく横になったスコットは真面目な視線で見返してくる。
「先ずは、バージルたちを助けてくれてありがとう。スコットの言う通り、僕は上から見てるしか出来なかった」
それから、少し唇を噛みしめる。
「そもそも、僕がきちんと艦隊に気が付いていれば」
「ジョン」
少しだけ鋭い声が返る。
「レスキューした相手が、あんな手ひどい返しをするとは普通は思わない。自分を責めるな」
きっぱりと言い切るスコットの視線は、まっすぐだ。
今、何かが起こったとしたら、いつも通りにこなしてしまうのだろう。それが、知らず命を削るのだとしても。
ジョンは、小さく唇を噛みしめる。
「ペネロープから連絡があったよ。伝言を言付かってる」
前半を聞いて目をいくらか細めたスコットは、後半を聞いて少し困ったような顔になる。
「僕しか聞いてないよ」
そう付け加えれば、更に困ったようになるものだから、ジョンは苦笑してしまう。
「僕は、怒ってくれたって聞いて嬉しかったよ。ともかく、アレを指示した連中は国外追放だってさ」
「そうか……」
いくらか考えるような目にはなるが、それ以上は何も口にはしない。
「ねぇ、スコット。怒ってくれたのは、バージルたちに何かあったらって思ってくれたからだね?」
「ジョン」
困惑顔になるスコットに、ジョンは少しだけ身を乗り出して畳み掛ける。
「違う?」
「……違わない」
ぽつ、と返る返事に、口元が緩んでしまいそうになるのを我慢しつつ、続ける。
「僕もスコットに何かあったら、ものすごくツラい。今回みたいに」
口にした途端、格納庫の端にへたり込んでいた姿や、高熱なのにジョンを慰めようとするスコットの姿をまざまざと思い出す。
微かに震えたジョンの手が、ふ、と暖かくなる。見れば、スコットの手が重なっていた。
スコットへと視線を戻せば、困惑はしているけれど、それ以上にジョンを気遣う顔だ。でもきっと、兄を止めるには足りないので、ダメ押しをする。
「アランは泣いてたし、ゴードンはなんども様子見に来たし、バージルは一晩中ついてた」
何か返そうとしたらしい口元は、言葉が見つからなかったらしく、微かに開いただけで閉じてしまう。
「せめて、今回は医者が良いっていうまで、休んでくれないかな」
「……わかったよ」
納得したのかはわからないが、言質は取った。思わず大きく息を吐く。
「まあ、良くなるまでは僕が絶対に離れないけど」
「ジョン」
「言っただろ、体調悪い間は頼ってって。医者が良いって言うまでは体調は悪いんだよ、スコット」
あっさり告げてやれば、困った顔で、両手を軽く揚げてみせる。
降参、ということらしい。
にっこりと笑いかけてやる。
「わかってくれれば、いいよ」
立ち上がり、扉を開ければ不安そうな顔をしたアランとゴードンだ。
「目が覚めたよ、医者が良いって言うまでは大人しくしててくれるって」
部屋を覗き込み、スコットが目を覚ましていることを確認したアランは、飛び付かんばかりの勢いで側に行くが、体調が悪いことにギリギリで思い当ったらしい。
急ブレーキをかけたように止まると、ぺたん、と座り込む。
「もう、熱、下がったの?どっか、痛かったりしない?」
「大丈夫だよ、それに、ちゃんと大人しくしてるから」
柔らかいスコットの声に、えぐ、とすすりあげる声が返る。
「ど、どっか行っちゃったりしないで」
「どこにも行かないよ、アラン」
ふわふわと撫でる手を見やりつつ、ジョンはゴードンに尋ねる。
「バージルは?」
「ジョンに任せてあるから大丈夫ってさ。まあ、夜は寝なかったみたいだし、午後には来るんじゃないかな」
返したゴードンは、なぜかそこから動こうとしない。
「ゴードンは、行かないのか?」
「ん?いやまぁ、ああいうのはアランに任せとこっかなーとか」
ちら、と視線を逸らしながら言うものだから、軽く背を押す。
「わかるけど、今はダメ押しした方がいい」
きょと、と目を瞬かせるのへと、肩をすくめてやる。
「どうもね、言われないと全くわからないみたいだ。言われても、どこまでわかってるやら、だけど」
「……あー、まぁ、そうだね」
ジョンの言葉が、我慢せずに兄の側に行っていいのだという意味もあるということまで悟ったらしく苦笑を浮かべてから、ゴードンもスコットの側に行く。
「あーあ、スコット、アラン泣かせた」
「え、あ、すまん?」
戸惑ったように視線をあげるスコットに、ゴードンは腰に手を当てて唇を尖らせる。
「ジョンからきいたよ、なおったって言い張って起き出そうとしたって?」
「え?!」
涙目で見上げるアランに、スコットは苦笑を向ける。
「抜けだしてないし、抜けださないよ」
が、ゴードンは目を細めたまま、不審そうな声をあげる。
「ふうううん?」
「……約束するから」
そこまでスコットに言わせて、やっとゴードンは、にっと笑う。
「そう、ならいいよ。それに、助けてくれてありがとう」
スコットが自分の体調を悪化させてでも一号で出たのが、誰の為なのかもよくわかっている。
ふわり、とスコットも笑みを浮かべる。
「無事で良かった」
それは、本当に心底からのモノで。
やはりスコットは、いざとなったら、あっさりと無理をするのだろう、とジョンは思う。
ひとまずは、今回の体調不良がすっきりするまでは、ベッドに縛り付けておけるらしいので良しとするしかないだろう。
「スコット、何か食べられそう?」
尋ねると、こくり、と頷かれる。
「ああ、実は、けっこう腹が減ってる」
「そう、じゃ、作ってくるよ」
「僕たちが見張ってるからさ」
ゴードンがにんまりと返すのに、スコットは苦笑するが、アランも大きく頷いている。
「ああ、重要任務だ、頼む」
大げさに告げて、ジョンは部屋を後にする。
こうして少しずつ、スコットのことを弟たちも大事に思っているのだと伝え続けて、いつか分かってくれるといい。



2015.11.09 He has a fever.III

■ postscript

よりみちさんより、お兄ちゃんが疲労のあまり格納庫でぶっ倒れてるのをジョンが見つける、という素敵ネタを譲っていただきました。ありがとうございます!

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