□ この手が届くところ 2
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夕方になり、昼に落ち着きかかっていたスコットの熱が戻ってきてしまったことに眉を寄せていたところで、レスキュー案件が入ったという通信に、ジョンはさらに眉を寄せる。
だが、放っておくわけにはいかず、気配を殺しつつスコットの部屋を後にする。
あまりに聞き慣れている音過ぎて、ジョンは失念していた。
自分の通信機はスコットの安眠の為に音を完全に殺していたことに。
そして、扉が閉まる気配と共に、はっきりと焦点を結んだ青い目が見開いたことにも。

ラウンジに現れたジョンに、バージルとゴードン、アランがすまなさそうな表情を向ける。
「建設途中の橋で、足場の崩落が起きたそうだ」
頷いたジョンは、すぐに浮かんだホロを操作し、状況を確認する。
元々の地盤が不安定なところに新規の建材を使用しているらしい。地盤までの情報取得と解析が必要だと、すぐに判断をつける。
「これは、五号から情報を把握した方が早い。一度戻る」
「悪いな」
スコットの体調を気にしているのをわかっているバージルが口にするのへと、首を横に振ってみせる。
「ここでおざなりしたら、スコットが返って気にする。バージル、ゴードン、四号を持って出動してくれ。ブレインズ、協力頼む」
ラボのブレインズからも、すぐに了解の返事が返り、バージルも頷きかかったのだが、ふ、と首を傾げる。
「アランをサポートに連れてっていいか」
「ああ、それがいいな」
ジョンが頷くと、いつもなら、連れて行ってというアランも、少し緊張気味に頷く。
「うん、任せて」
スコットが欠けた状況だ。もちろん普段でもスコットが不在のこともあるが、いつもならいざという時には連絡がつく。それが無い以上、慎重に動くべきだろう。
「じゃあ、八分後に」
あまりに時間を置いている暇はない、とジョンは身を翻し、バージルたちも搭乗する為に走る。

現場に到着したなり、思わずアランが声を上げる。
『うわ、ヒドイ……』
無理矢理に釣り上げようとした大きな鉄骨同士がぶつかり合い、特殊な素材であるというワイヤーがむき出しになり、ところによっては引っ張り上げ、ところによっては海へと引きずり込む形になっており、もはや橋は見る影も無い。
国を挙げてのプロジェクトだったらしいが、あまりに性急に進め過ぎたのだろう。そのあたりは、自分たちが口を出す範疇では無いのだろうけれど。
すべきことは、ヒトツ。
橋だったモノの上に取り残された人々と、海中で柱を支える作業をしたまま閉じ込められている人の救出だ。
『二号、こちら四号。ポッド切り離し準備完了』
『了解、切り離す』
ゴードンの声にバージルも返し、四番ポッドが海面へと着水する。
いつも通りの救助活動の始まりだ。
すぐに四号は海中を進み、目的の箇所へと到達する。
『あー、けっこう色々と落ちてきちゃってる。ジョン、空気は持ちそう?』
「四号、海中作業ポットの空気浄化システムはまだどうにか稼働しているそうだから、安全優先で構わない」
事前に確認を済ませていたことをジョンが告げると、すぐにゴードンも返す。
『FAB』
そんなやり取りの間に、二号も橋のどうにか高さを保っている柱へと近付いて行く。
『あまり、近付き過ぎると風圧でやりそうだ。上空からワイヤーに四号コンテナを吊って、エレベータ代わりにして対応する』
「了解、二号」
ジョンが返せば、バージルはアランへと告げる。
『コンテナに乗って、誘導を頼む』
『FAB』
相変わらず緊張した顔つきだが、アランもしっかりと頷き返すのが見える。

かなり際どい部分もあったが、救助自体は順調に推移した。
橋の上の人々は早々に収容出来たし、海中のポッドも瓦礫を避けきったゴードンが、ブレインズのアドバイスに従って吊っていたワイヤーを切り離して海上へと浮上させた。
ちょうど、到着した橋を建設している国の軍隊が到着し、救助者を引き渡して無事に完了、のはずだったのだが。
『え、何する気?あの人たち?!』
驚愕の声をあげたのは、四号を引き上げる為に、再度コンテナ投入準備に入っているバージルの隣で外を見やっていたアランだ。
『え?』
視線をあげたバージルも、目を見開く。
救助者を搬送していく船以外にも、イヤに船体の数がある、とは思っていたが。
一斉に橋だったモノに向けて、装備された砲を向けている。
「何をする気です?!」
ジョンが急いで通信で介入するが、返事はそっけない。
『国からの命令で、橋の破壊を行う。このままにしておくわけにはいかんので』
「待って下さい。まだ、レスキューにあたった機体が浮上していない」
微妙な位置での作業を強いられた四号は、まだ海中に残ったままだ。今、自分の機体を脱出させる作業をしているところなのだから。
『猶予はならないと命令を受けている』
話にならないと判断したジョンは、急いで通信を切り替える。
「バージル、ゴードンを頼む!」
それだけ告げ、すぐにまた切り替えだ。
「ペネロープ、頼みがある!」
この国は王制だ。英国貴族であるペネロープなら、繋がりがあるはずで、速攻性のある対応は彼女に頼るしかない。
早口に事情を告げる傍らで、バージルの緊迫した声が聞こえている。
『ゴードン、すぐに脱出しろ!上から瓦礫が来るぞ!』
『え?何それ、今更どういうこと?!そんな急に言われても!』
恩を仇で返すとはこのことだ、という典型だ。恐ろしい轟音と共に橋の残骸は崩れて海中へと飲み込まれて行く。
『あんなの落ちたら、四号潰れるよ!』
アランの悲鳴のような声と共に、二号が最速で発進する。
目前のモニターでもアラートが点滅し続けている。あのワイヤーと鉄骨のお化けだけは駄目だ。
二号が上空へ上がり、ワイヤーを飛ばしてどうにか吊り下げる。ギリギリ、支えられる重量らしい。
『よ、し、ゴードン、今のうちに』
『今のうちったって、何にも見えないし!ホント、どうなってるのさ!』
ゴードンからも悲鳴のような声が上がってくる。
『ジョン!』
バージルの思わず上げた声に、ジョンは頭を下げるしかない。目前のことに気を取られ過ぎて、あの艦隊の意味を悟れなかった。
だが、さすがはペネロープで、状況を知ってすぐに介入してくれた。
「すまない、一撃が止められなかった。これ以上は無い、引き上げるそうだ」
ジョンの言葉通り、艦隊は、何事も無かったかのように引いて行く。
『え、このまま放って行くの?!そりゃあ無いよ!』
アランが地団太を踏んでいるようだが、追撃が無かっただけマシなのかもしれない。彼らの様子では、考えなしに前に飛び出した二号も標的にされるかもしれなかったのだから。
バージルも同じことを思ったのだろう、アランをたしなめるように告げる。
『アラン、先ずはこの鉄骨を支え切って、ゴードンが脱出するのを待つのが先だ』
『ね、ソレなんだけど、あそこ、見て?』
必死で機体を制御し、ワイヤーが外れたりしないよう操作を続けるバージルの代わりに、周囲を見やっているアランが青白い顔で振り返るのが見える。
何事か、とジョンもカメラを二号から見えているモノへと切り替える。
そこには、グラグラと揺れる柱が見える。
そして、それは無駄に丈夫なワイヤーを振り回すようにしながら、倒れてくる。柱自体は二号に直撃しないが、ワイヤーは勢いよく迫る。
『うわあ!』
『くそ、避けるわけには!』
避けたら、今、吊ってる鉄骨がゴードンの真上へと落ちる。機体を回避させることの出来ないまま、二号はまともにワイヤーを受ける。
「二号!二号、大丈夫か!」
身を乗り出したジョンの前で、思わず閉ざしてしまったらしい瞼を開いたバージルはヒトツ、息を吐く。
『ああ、どうにか。鉄骨も、離さずに済んでる』
「そうか……」
ジョンは安堵のため息を吐くが、ゴードンは弱り切った声を上げる。
『こっちは、また何か落ちて来たよ。ホント、これじゃ作業が出来ないよ』
先程から、ガレキがひっきりなしに落ちていくせいで海水中での視界が得られず、脱出作業が進まないらしい。
二号の状況を確認したバージルも、難しい表情を向けてくる。
『最悪だ、二号がワイヤーに絡めとられた。落ちないが、脱出も出来ない』
「なんだって?」
思いきりジョンも眉を寄せるが、ゴードンも自分を棚に上げて心配そうな声で尋ねてくる。
『大丈夫?!』
先程降って来たワイヤーは、勢いでよりがほどけて、それはもう見事に鳥籠か何かのように二号を絡め捕えてしまった。
真下に降ろしていた二号からのワイヤーに当たらなかったのが、奇跡のようだ。
『こいつをどうにかしないと、二号は飛べない』
バージルの報告に、ゴードンからすぐに力のこもった声が返る。
『了解、先ずは僕が脱出して、それからワイヤーを切るよ』
「待て、ゴードンが動くと、そのワイヤーが一緒に崩れる」
本当に動いていいものなのか、と確認をしたジョンは強張った声で告げ、解析した画像を皆に送りだす。
元々、四号の動きを阻んでいたワイヤーが、海面上では大きく湾曲した挙句に覆いかぶさるように二号を捕えてしまっている。
四号が脱出の為に、芯になってしまっている部分を変形させれば、このまま二号が海中にワイヤーごと突っ込まれてしまう。
かといって、二号がワイヤーを振り切るような動きをすれば、吊り支えている鉄骨が海中に落ちて四号が潰れてしまう。
『ねぇ、これってさぁ』
ゴードンのひきつった声を、ジョンが引き取る。
「八方ふさがりだ」
バージルがため息混じりに肩をすくめ、アランが眉も肩も落としてしまう。
その時だ。
ふつ、と新たな通信が加わる。
『バージル、二号の姿勢を制御しろ。鉄骨を落とすな』
音声だけで、どこか硬質に告げてくる声の主は。
「『『『スコット?!』』』」
思わず四人の声が揃う。過労で熱を出して寝込んでいるはずの兄の声が、はっきりと聞こえたではないか。
『あ!』
声をあげたのはアランだ。二号から見上げて、何かを捕えたらしい。すでに、五号のレーダーもはっきりと一号が到着したことを告げている。
二号の上空で下部を開き、二号を捕らえているワイヤーを確実に一発で絡め取ると、凄まじい速度で発進する。
ギリ、と軋んだ音をたて、太いワイヤーが動き出す。
呆然と見ていたことに気付き、ジョンは慌てて呼びかける。
「スコット!」
ジョンの声で、バージルたちも我に返ったらしい。
『スコット!』
口々に呼び掛けるが、全く応答は無い。どうやら、一号側からの通信を遮断しているらしい。
二号の上空で、一号を回転軌道を描きながらジリジリとワイヤーを解いていくばかりだ。
遮断されているのはバージルたちも気付いたようだが、今は二号の機体制御と割り切ったらしい。
下手にスコットが解いてくれているワイヤーにつっかかって鉄骨を離そうものなら最悪だ。
ジョンは、ギリ、と唇を噛む。
この場は、スコットに任せるしか無いだろう。
だけど、あんなに熱があったのに。一号からの通信を遮断するなど、絶対にロクな状態ではない。
様子だけでも知りたくて、五号だけが持つ機能で通信を無理矢理に繋ぎ、目を見開く。
「ッ?!」
はなからスコットが音声だけで通信してきた意味は、すぐにわかる。
一号のコックピットにいるスコットは、いつもの青いスーツ姿ではなく、汗で気持ち悪いだろうとジョンが着替えさせたパジャマだった。
髪も額に落ちている。
間違いなく、ベッドから抜け出した足で一号に乗り込んだに違いない。
さすがに耐え切れず、声をかけようとして息を呑む。
一人の時の無表情より、更に表情が無い。
なのに、前を見据える目だけには、ギラつくようなほの暗い焔のような光がある。
モニターに映し出されるワイヤーを睨みすえながら、ジリジリと確実に解いていく。
『スコット、二号が動けるようになった!』
バージルの声に、ゴードンが続く。
『よっし、こっちも見えるようになった!行っくよ、破壊ミサイル発射!』
グラ、と、大きくワイヤーが揺れると同時に、ゴードンが告げる。
『ようし、四号脱出!鉄骨離していいよ!』
轟音と共に鉄骨が落下していくのと同時に、二号がワイヤーの合間をすり抜ける。
『よし、二号脱出』
バージルの声に重なるように、四号も水面に姿を見せる。
弟たちが無事に解放されるまでホバリングしていた一号は、ワイヤーを水面に落とすと、ふわりと上昇する。
「スコット?」
ジョンの声には返事は返らず、ただ向かう方向は家の方だ。体力が持ってくれるといいのだが、と気忙しげに見つめるしかない。
『ね、スコット、大丈夫かな?』
アランの不安そうな声に、四号の回収の為にコンテナに降りたバージルが続ける。
『僕達はすぐには帰れないから』
『うん、ジョンお願い』
ゴードンも続ける。
「ああ、もうこの件は完了だし、他も今のところ無いから降りるよ」
ジョンは出来るだけ冷静な口調で返すが、言われずとも、だ。あんな姿を見てしまって、黙っていられるわけが無い。
通信を切り、留守の為の準備を済ませ、急いで宇宙エレベーターに飛び乗る。
スーツを脱いで、格納庫側の一号搭乗口に辿りついたところで、着陸した一号の機体が降りてくる。
コックピットが開いた瞬間、五号から見たのと同じように無表情だったはずのスコットは、ジョンに気付いたらしい。
にこり、と笑う。
いつもよりも、ずっと柔らかく笑ったスコットは、熱があるとは思えないほどしっかりと立って、すぐにジョンの目前までやってくる。
「スコット……」
それ以上、上手く言葉にならないジョンは、気付いたら抱きしめられていた。
「ジョン、そんな泣きそうな顔しなくて大丈夫だ。バージルもゴードンもアランも、すぐに帰ってくるよ。心配しなくていい」
柔らかく背を撫でられつつ告げられた言葉に、目を見開く。
「もう、安心していいんだよ」
優しい優しい、兄の声。
確かに、二号も四号もワイヤーに絡め取られてどうもこうも出来なくなった時は血の気が引いた。けれど、それ以上に、こんな熱のある身体を引きずって出撃してしまったスコットのことを心配していたというのに。
「……スコット」
今、心配なのはスコットのことだ、と告げようと思ったのに。
「怖かったよな。あんなことになってるのに、側に行けなくて辛かっただろう」
震えてしまった声に、またあやすように手が動く。抱きしめてくれるその身体も、撫でてくれている手も、ひどく熱い。無理に動いたせいで、完全に悪化しているのに、声も足もしっかりしている。
ただただ、不安な顔をしているジョンの為に。
今のスコットには、彼のことが心配だと告げても通じない。いつ倒れてもおかしくない体を支えつつ、そっと返す。
「うん、スコット。でも、スコットが助けてくれたから、もう大丈夫」
「二度と、あんなことはさせない」
少しだけ硬い小さな声に、出来るだけ柔らかく返す。
「そうだね、ありがとう。だから、スコットも少し休んで」
ずる、と滑るように力が抜けるのがわかる。やはり、ギリギリだったのだ。弟たちが危うい、ただ、それだけで動いていた身体は、限界どころでは無いに違いない。
バージルのように抱き上げるのは無理なので、肩を貸す形でベッドまで運び、そっと横たえる。
さすがに、目が覚める様子は無く、ただ、荒い息だけが続く。
汗だくのパジャマを着替えさせて、額にタオルを置いたところで、スコット専用の通信回路が起動したのへと、視線をあげる。
「ペネロープ」
『あら、ジョン?スコットはまだご立腹?』
軽く首を傾げつつの問いに、ジョンは不審な表情を返すしかない。
「スコットが怒ってる?」
『ええ、バージルたちをあんな目に合わせた連中に。あれは本気ね、皆のこととなると怖いわ。で、スコットはどうしたのかしら?』
スコットは、バージルたちを助ける為に出動しただけでなく、ペネロープにまで手を回していたらしい。しかし、今は、どうやったって起こすのは無理だ。
困惑したまま、正直に告げる。
「過労で倒れてる。実のところ今朝からで、さっきの出動も無理をしてた」
『まあ。じゃあ、目が覚めたら伝えておいて。バージルたちをあんな目に合わせるような指示を出した軍の上層部は、即刻退陣させられて国外追放になったって。それから、陛下から『勇気あるレスキューに感謝する、この度のことは衷心よりお詫び申し上げる』、と』
聞くうちに、ジョンも先程のスコットほどじゃないにせよ、不機嫌なモノになる。バージルたちが酷い目にあったのも、スコットがこれほどまでに無理をしたのも、元はといえば恩をあだで返してきたあの連中なのだから。
「そう、でもそれで納得出来るかは、スコットの体調がいつ良くなるかによるね」
『そうね、早く良くなるよう、私も祈っているわ』
軽く肩をすくめつつも告げ、ペネロープの姿は消える。
スコットに向き直り、朝よりも、ずっと熱くなってしまった手に触れる。
正直、神様なんて信じないけれど。
どうかどうか、せめてこの熱が下がるまでは、もうこれ以上なにも起こらないで欲しいと、ジョンはそれだけを祈る。



2015.11.05 He has a fever.II


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