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夏の夜のLabyrinth
〜1st. 緋闇石〜

■fragment・3■



翌朝、指示通りに集まった四人に示されたのは、こちらからの攻撃作戦だ。
「『紅侵軍』に、こっちから仕掛けるのか?」
「ええ、いままでは『紅侵軍』の思惑通りにことが進んでますから、ここらへんでお礼をして差し上げてもいい頃でしょう」
亮は相変わらず、とんでもなさそうなことをこともなげに言う。
しかし、四人のほうは、戸惑い気味だ。
「でも……」
「そうよ、あいつらの正体すら、よくわかってないのよ?」
「たしかに、リマルト公国でクーデターが起きた、とは言われてるけど」
「世間で言われている通りに、クーデターがあったとして、ですよ?」
さえぎるように口を開いた亮は、どことなく皮肉な笑みを浮かべる。
「通説通りに、それが三月初旬としましょう。たった二週間で、あれだけの国民全員の思想を変え、自らを『侵略軍』だと示すような名を名乗って、戦闘体勢には入れると思いますか?」
「じゃ、『紅侵軍』は、リマルト公国軍ではないと?」
忍が、聞き返す。
亮は、首を横に振ってみせる。
「そうは言ってません。間違いなく、軍備等はリマルト公国の装備です。ですが、あまりにも常識では説明できないことが多すぎる、と言っているんです」
「?????」
言いたいことが、さっぱりわからない。
「ようは、簡単な発想の転換です」
亮は馬鹿にしたような目線はしなかった。
「『リマルト公国のせいで不審火が発生した』のではなくて、『不審火のせいでリマルト公国が変貌した』とは、考えられませんか?」
あまりにもとっぴな考えに、絶句する。
モノのせいで、人が変貌すると言うのか。
思わず、顔を見合わせる。
それから、はっとしたように、忍が亮を見る。
「待てよ」
あせって、上手く言葉が出てこない。一度飲み込んでから、また口を開く。
「だとしたら、俊たちは、リマルト公国に拉致されたんじゃなくて、『不審火』に囚われたってことに……」
「そういうことになりますね」
亮は、平然としている。そんなのは、驚くに当たらない、とでも言いたそうだ。
「例えば、そういう考えも出来る、ということです」
いま、これ以上の論議をしても仕方がないと思ったのだろう、亮はそこで話を終わらせる。
「で、今日の作戦実行場所ですが」
中央の最も大きなモニターに、地図を表示し、場所をポイントする。
どうも、『不審火』の話は前振りだったということらしい。
それと作戦とが、どういう関係にあるのかが、よくわらからないが。
そんなことをぼんやりと思っていた忍は、提示された場所にぎょっとする。
「リューブ砂漠?!」
予期せぬ場所に、思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。
驚いたのは、ジョーも同じらしい。
「あそこは、高度千メートル以下では電波が乱れて飛行機の類は墜落、地上では方位磁針がきかない極悪地帯だ」
「どうして、リマルトの都市、ロベールじゃないの?あそこの奥手に『紅侵軍』の本陣があるんでしょう?」
「都市での戦闘は、余計な犠牲が多すぎますし、国境より最低五キロこちら、というのが必須条件ですから」
余計な犠牲はいらない、なんて、案外まともなんだな、とかと忍は思ってしまう。昨日の口ぶりでは、血も涙もなさそうだったのに。
「どうして五キロこっち側なの?」
麗花が首を傾げる。
「不審火が出てこない最低範囲ですよ」
当たり前の事実のように亮は言う。
そんなこと、今まで聞いたことはなかった。麗花は簡単な言い方に、かちん、ときたのか、更に言う。
「そんなの、どうやってわかるのよ?」
「データ処理の結果です」
昨晩、膨大な量のデータを一気に流していたのは無駄ではないということらしい。
『司令室』が全稼動しているのを実際に見た忍は、納得してしまう。
麗花も、それ以上はなにも言おうとしなかった。昨日、利用出来るものは、利用すると決めたのだ。
話が出来るようになったので、亮は口を開いた。
「今回の目的は、『紅侵軍』の兵隊を殺すことではありません」
「殺さない?」
「そう、捕虜にするのが目的です。ですから、『墜落』ではなくて『不時着』を、『殺す』のではなくて『生け捕り』を誘導します」
ようはこのために、先ほどの話があったのだ。
『不審火』のせいで、リマルト公国が変わってしまったのなら、それを取り除けば元に戻るはずだ、ということなのだろう。
確かにそうなら、殺してしまうのは気分が悪い。
亮の作戦は、正しいのだろう。
ただ、殺さないで捕える、というのは、非常に高度なことだが。
そんなこちらの不安を察したかのように、亮は微笑んでみせる。
いや、ただの微笑みというよりは、自信たっぷりな笑み、といった方がよい。
形容するならば、『軍師な』笑みとでもなるのだろうか。
でも、その笑みが、こちらを落ち着かせたことも確かだ。
絶対の自信がある、という笑みだったから。
そして、彼は駄目押しにこう言った。
「僕の立てた作戦は、完璧ですよ」
それを納得させる表情なのが、すごい。
「それに、実行するのが、あなた方ですから、ね」
二回連続の行方不明事件で、忘れかかっていたが、たしかにそうだ。
この部隊に選ばれたのは、特殊技能に秀でていたからだ。
今回の作戦は、それを充分に活用している。
作戦通りに行けば、間違いない。あとは、自分たちの力量の問題だ。
亮は、完璧だ、と言う。だったら、失敗したら自分らの責任になる。
それだけはごめんだ。
忍も、にや、としてみせる。
「ああ、確かにな」
口にはしないが、ジョーも須于も麗花も、同じ思いだったらしい。
その顔には、笑みが浮かんでいる。
「完璧にやってやるよ」
「期待してますよ」
言いながら、手を軽く振る。
行け、の合図だろう。
忍たちが飛び出していく。
亮は、まっすぐな視線でモニターに向かう。



「『紅侵軍』は、あれだけじゃないって?」
忍が訊き返す。
亮が、静かな瞳で見つめ返している。
今回の作戦を成功させて、多少気分が良くなったところでこれである。
「あのド派手な将軍が、頭じゃないの?」
須于も首を傾げる。彼女のいうド派手、とは、『紅侵軍』を指揮している指揮官の鎧のことだ。
狙い撃ちにしてください、と言わんばかりの極彩色なのである。
軍の名前といい、指揮官の姿といい、『紅侵軍』はこちらの常識では理解できないことが多すぎる。
「こちらがリューブで戦ってる間に、ハール市が襲われました。幸い、死者は出なかったようですが」
言いながら亮は、地図を示す。
距離的に、今回戦った軍とは別物だということらしい。
「別働隊ってことは?」
いちおうの可能性を、確認する。
「そうではないようですよ、いい証拠があります」
と、地図の隣りにもうひとつ、画像が現れる。
「げ」
「あ」
「うっわー、恥ずかしくないのかなぁ」
「……」
思わず、口々に感想を述べてしまうが、それも無理もない。
自分たちも戦場で目の当たりにした例のド派手な将軍が、こちらにも写っているのだ。
「出撃している兵力から考えても、新しい部隊が投入されたと見たほうが、正しいでしょう」
「でも、そうしたら、今までのって……」
「あちらにとっては、様子見程度といったところですか」
嫌なことを、さらっと言う。それから、にこり、と笑った。
「でも、本気を出してきてくださったお蔭で、いくつかわかりましたし」
「なんか、わかったのか?」
忍が、思わず身を乗り出す。
「まずは、当然のことでしょうが、あの派手な将軍たちの上に誰かがいるということ」
それは、忍達にも、容易に理解できる。
「それから」
「それから?」
先を促す。
「どうやら、あちらにも参謀官がいらっしゃるようですね」
それも、至極当然に思える。どこの軍隊にだって、作戦を考え出す者はいるだろう。
「……?」
不思議そうな忍の視線と、どこか、感情の欠けた亮の瞳があう。
「ハール市を襲った軍隊の動き、どなたかの出方にそっくりですね?」
「待てよ」
その持って回ってような言い方で、亮が何を言いたいのかがわかった忍は、思わず声が大きくなる。
「お前、まさか?」
「あちらの参謀官が、優だって言いたいのか?」
ジョーも、低い声で確認する。
麗花も慌てて言う。
「そんな、一回似てたくらいで」
「どんなに優秀な軍師でも、作戦にはクセがありますよ」
「だからって、決め付けるの?」
須于も不満そうだ。
「僕は、『似ている』と言ったんですよ、本人だ、とは言っていません」
でもやはり、この言い方はまるで、『紅侵軍』の軍師が優だと言ってるようなものだ。
いくら、傍若無人な性格なんだとしても。
「あのな、似てるレベルだって、言っていいことと悪いことってもんがあるぞ」
忍の声が、低まる。
「お前はともかくとして、俺たちにとっては、短い間とはいえ一緒にやってきた仲間なんだ、それが敵軍にいるって言われたら、いい気分はしないぜ?」
「感情で、戦争は出来ませんよ」
「なんだと?」
「敵にいて欲しくないなどという希望的観測は、なんの役にも立たないと言ってるんです」
あくまでも冷静なその口調が、こちらの神経を逆なでする。
「確かにそうだよな、ああ、役立たんだろうさ!でもな、お前だって、ここにいる限りは、その敵軍にいるかもしれない優の代理だって、忘れないことだな」
言った瞬間、しまった、と思う。
さすがに、これは失言だ。『優の代理』では、まるでその人の『代理』のようではないか。
そんなことは、どんな人間にだって不可能だ。
目前の亮の人格そのものを拒否したのと同じことになる。
言っていいことと悪いこと、と言ったのは自分なのに、これでは人のことは言えない。
一瞬、亮の表情が消えたように見えたのは、気のせいだったろうか?
しかし、忍の台詞が終わるか終わらないかのうちに、彼の口からは、くすくすと言う笑い声が、漏れだしている。
ひどく可笑しそうな笑い声。
笑い声で、麗花は余計に苛立ったらしい。
「何がそんなに可笑しいのよ?」
「だって、いまさらでしょう?僕が軍師代理が終わるときは『第3遊撃隊』が『元通り』になってるか、『解散』してるか、二つに一つしかないんですよ?」
ぎくり、とするその台詞は、しかし事実だ。
亮は、やっと笑いを収めると
「『元通り』を目指すなら、『現実』から目を背けないことです。たとえそれが、どれほど信じたくないことでも」
「『元通り』にするつもりで、そう言ってるって訳なんだな?」
かろうじて怒りを抑えた口調で、ジョーが聞き返す。
「そうですよ?他に何を目指すんです?」
まだその瞳には、感情的な怒りがあるのをみとめたのか、彼はかすかに肩をすくめる。
「朝言ったことを、もう忘れてるわけではないでしょうね?」
「『不審火』のせいで、リマルト公国がかわったって、やつか?」
「そう、それを忘れないことです」
それは、突拍子もない考えに思えるが、そのスタンスにたって亮が言ってるなら、優は自分の意思で『紅侵軍』に所属しているわけではない、ということになる。
その考えが、気休めでしかないかもしれないとしても。
今回の亮の作戦が、上手くいったことも動かしようのない事実だ。
ここでケンカする理由は、ない。
「それから、絶対に三ヶ月内に全てをこなすこともね」
亮は、絶対的な自信のある顔で言い切った。
理由はともかく、彼はこの三ヶ月で『元通り』にしてみせるつもりなのだ。
忍達は、黙って頷いてみせる。



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