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夏の夜のLabyrinth
〜1st. 緋闇石〜

■fragment・4■



「っ?!」
飛び起きると、ぐっしょりと汗をかいていた。
よくは覚えていないが、また、あの夢を見ていたらしい。
忍は、軽くため息をつく。
と、そこへ、ふわ、としたものが飛んでくる。
「??」
よく見ると、それはタオルだ。顔を上げたら、内側の、部屋が繋がっている方の扉の方に亮が立っていた。
「汗、早く拭いたらどうです?」
相変わらず、口調は高飛車というか、慇懃無礼というか。
でも、タオルが出てきたということは、忍がうなされていたのに気付いていたということだ。
ということは、だ。
ひとまず、素直に汗を拭きつつ尋ねる。
「俺、なんか言ってたか?」
「あんな大きな声だされたら、イヤでも聞こえます。内容は知ったことではありませんが」
綺麗な顔をしてこの物言いだから、よけいにカチンとくるのだろう。
でも、内容は、『何を言ってたかなんて、聞いていないですよ』と言ってくれているわけだ。
口調の方が相当にむかつく言い方なので、つい忘れそうになるが。
「で、もう起きるんですか?」
「ああ?」
「朝食、どうします?」
「食べる……」
「では、適当に降りてきてくださいね」
言ったかと思うと、とっとと扉は閉まってしまう。
閉まってから、はた、とした。
なんか、すっかり亮のペースではなかったか、今のは?
ったく、休日まであいつの朝食を食べんでもな、とは思ったが、もう返事してしまった。
忍はおとなしく立ち上がると、着替えを手に取った。

亮が軍師代理として着任してから、もう一ヶ月になろうとしている。
その間に、着々と『第3遊撃隊』の地位は上がりつつあった。その少人数部隊の特性を生かした『紅侵軍』への対応は、軍中枢部でも注目されているらしい。
軍師としての才能には、天才的なものがあるのは否めない。たぶんそれは、優以上の才能だ。
その点は、ジョーも須于も麗花も、認めている。
才能と引き換えるように、人格的には多大な問題があるようにも見えるが。
それから、彼には、もうひとつ注目すべき才能があった。
『料理』だ。
戦って帰ったら、へとへとでつくる気力などないが、『遊撃隊』は特殊部隊ゆえに余計な人材が存在しない。
よって、自分たちで調達するよりほかないわけだが、亮は黙ってそれを引き受けてしまった。
しかもそれが、上手いときている。
人間、欲には忠実に出来てるんだな、とつくづく思う。
なぜなら、日々の楽しみになっているからだ。今日の飯は、なんだろう?というのが。

ダイニングキッチンにいくと、トマトスクランブルエッグとベーコン、グリーンサラダ、焼きあがったばかりのトーストが待っていた。
それから、香りのいいコーヒー。
「いただきまーす」
こちらに背を向けているとはいえ、準備してくれた人物がそこにいるのだし、声をかけるのが礼儀かな、と思いながら、そう言う。とはいえ、毎日、それで返事が返ってきたことがないのだが。
が、今日は。
「どうぞ」
ぽつり、とだが、返事が返ってきて、思わずトーストをかじりかけたまま硬直する。
相手の行動が止まった気配を感じ取ったのか、亮が振り返る。
エプロンをかけてるし、髪は邪魔にならないようにか、まとめてるし、これで女で性格さえどうにかなれば、よいお嫁さんといったところだ。
ただし、お嫁さんにしては表情が怪訝だ。
「いやさ、みんなは、どうしたんだろう?」
返事が返ってきたのが珍しい、なんていうと、どんな毒舌が返ってくるかわかったものではないので、適当に質問する。もっとも、それも気にはなっていたのだが。
亮は、黙ったままどこかを指してみせる。
つられて、そちらに視線を移すと、時計がある。そしてそれは、十時をとっくに回っているのを示していた。
ようは、かなりの寝坊をしたということらしい。
「出かけたようですよ」
「そうか、だよな」
時間とこの答えで、妙に納得してしまう。
相変わらず、食事の方に手がついていない忍を見て、亮はコーヒーメーカーを指すと
「コーヒーのお代わり、ここですから」
と言うと、席をはずそうとする。まだ、洗いものなどが残っているのが見える。
どうやら、自分が邪魔で食べていないのだ、と思ったらしい。
なんだかんだ言いつつ、よく気の回ることに気付いてはいた。
さっき、タオルを持ってきてくれたのもそうだし、いまも。
確かに物言いはすごく腹が立つのだが、言い方にトゲがあるだけで、内容はいたっていつもまともだ。
性格が悪いのではなくて、口が悪いだけなのかもしれない。
せっかく洗いものをしているのに、それを中断させるのも、なんとなく悪い。
そんなことを考えていたら、思わず引き止めていた。
「あのさ」
「はい?」
亮が振り返る。
思わず声をかけて、それから、何をつなげていいのか、わかっていないことに気付く。
でも、呼びとめたのはこちらなのだから、なにか繋げなくては。
「あーっと、優が」
言ってまた、しまった、と思う。一ヶ月前の失言以来、どうやら心の片隅で気になっていたのが、こんなとこで出てきてしまったらしい。
しかし、言いかかってしまったものは仕方ない。ええい、ついでだ、本当に気になってたことも言ってしまえ、と開き直ることにする。
「こないだの作戦とき、俺さ、見たんだよ。その……」
「村神さんに、似た方を、ですか?」
優のフルネームは、村神優、というのだ。亮は、かすかに首を傾げている。
「ああ」
忍は、頷く。
「仮面みたいのしてたし、髪の色も違った……でも、なんていうのか、人の持ってる雰囲気ってあるだろう?気配って言った方がいいかな、すごく似ててさ」
そう、本当に似ていた。似すぎてて、ぞっとした。
亮の言っていた『誰かの作戦に似ていますね』という台詞を裏付けられた気がして。
こんなことは、他のメンツには相談できない。
馬鹿な、で済まされてしまうだろう。
しかし、だ。
ここ一ヶ月で次々に判明してきた事実と考え合わせると、『馬鹿な』では済まされないような気がするのだ。
わかってきた『事実』とは、やはり、あのド派手将軍たちの上にトップが存在して、『紅侵軍』では『緋碧神』と呼ばれているということ。あのド派手将軍は三人いるということ。それから、捕虜にした者たちの様子から『紅侵軍』は、整然とした軍隊というより、『狂信団体』と呼んだほうが正確だ、ということ。
どうも、リマルト公国が変貌した要因は、この『緋碧神』と呼ばれている人物(?)にあるように思えるが、その正体ときたら、まったくの五里霧中なのだ。
それでも、むこうの組織形態がわかっただけでも、随分な進歩だ。
『紅侵軍』に属する者が、例外なく『緋碧神』に傾倒している、という事実がわかったことも。
「洗脳、なのか?」
最も危惧されることを、尋ねる。
大量の捕虜がいることは、リスティア国内でも秘密裏にされている。なぜなら、あまりの狂信状態で、マスコミにかぎつけられたら、どう書かれるかわかったものではない状態なのだ。
そして、その状態は、捕えられて国境から遠く離れたからといって、元に戻るわけでもない。
一様になにかにとり憑かれたような瞳は、目前にした者しかわからない不気味さだ。
正気の瞳ではない。だが、元にも戻らないとなると、最も考えられるのが『洗脳』ではないか?
「さぁ、どうでしょう?だいたい、そいつが村神さんと決まったわけではないですし、もし本当に村神さんだとしても、自分の意思で裏切ってるということは、まずないでしょう」
思わず、亮の顔をまじまじと見てしまう。
忍が尋ねた質問には、あまり答えていない。だが、それは聞きたかった答えだ。
亮の方は、そんな忍の顔を見て、肩を軽くすくめた。
「ああ、それで、うなされたんですか」
質問というより、納得している口調だ。ちょっと気恥ずかしくなって、視線をそらせる。
「悪かったな」
「誰も悪いとは言ってないですよ」
その口調に、いつものトゲがないのに気付いて、また視線を亮に戻す。
「気になるのは、仕方ないですからね。でも、あんまり悩むと、ハゲますよ」
「ハゲ?!」
真顔でそういうことを言われると、絶句してしまう。
ハゲる……悩むとハゲるのか……
思わず、頭でリフレインする。
しかし、相変わらず、亮はすました表情のままだ。
「そうですよ、ですから、悩まない方が自分のためです」
もしかしたら、元気付けてくれているのだろうか?
まったく、よくわからないヤツだな。
そう思いながら、忍はご飯に手をつける。
亮の方も、立ち去るタイミングを失ったのだろう、そのまま洗いものの続きをはじめる。
食器を拭きながら、今度は亮の方から話しかけてくる。
「今日、何が予定はありますか?」
「いや、特別ないけど?」
「そうですか」
言ったまま、黙り込んでしまった亮に、忍は尋ねる。
「なんかあるのか?」
「休日に、仕事の話で申し訳ないのですが」
休日だというのに、亮と顔を合わせている時点で、なんか仕事の日と変わらない気がしていた忍は、首を横に振る。
「別に、かまわないぜ?」
「そうですか、ひとつ確認したいことがあるんです」

自分の手にしてるものに目をやりながら、忍は尋ねる。
「確認したいものって、『龍牙剣』のことか?」
『龍牙剣』は、忍の使っている得物だ。両刃の長剣だが、戦場で使用するという用途にしては、特殊な造りをしている。
鞘は朱色の上に金の龍が昇る図柄がほどこされているし、柄には勾玉型の飾りが二つ、結び付けられている。
ただ、その切れ味は他のモノとは比べ物にならぬほどの鋭さだ。名剣と呼ばれる類と言っていい。
『第3遊撃隊』に配属が決まったときに手渡されたものだ。
切れ味の点からいって、おそらく最新技術が詰まった代物なのだろう、と忍は思っている。
亮は、口元にかすかな笑みを浮かべると、こう尋ね返してくる。
「それで、なにが斬れるかご存知ですか?」
「なにって、たいがいのものは、斬れるみたいだな。そこらにある金属類は、大丈夫みたいだぜ?」
「では、斬れないものは?」
「よく知らないけど?」
軽く頷いてみせると、亮は『司令室』に忍を連れて行く。
それから、自分は中央の椅子に腰掛け、モニター類のスイッチを入れる。
椅子の脇に立った忍は、ちょっと目を細める。
だいぶ慣れてきたとはいえ、全てのモニターが点燈する瞬間は、いまだにひるんでしまう。
「この一ヶ月の戦果を解析して思ったのですが、どうもそれを使いこなしていないようなので」
「使いこなしてないって、剣術がイマイチってこと…ではなさそうだな」
そうだとしたら、単に、訓練しろと言えばいいだけだ。
なにも確かめる必要も、先ほどのような質問をする必要も、ない。
亮は忍の台詞には答えずに『司令室』の一点を指して見せる。
「剣を抜いて、そこに立って」
「ああ?」
おとなしく言われた通りの位置に立つと、バリアーみたいなものに囲まれる。
「おい?!」
「軽い、シュミレーション訓練だと思ってください」
相変わらず、涼しい表情で言う。
「ただし、こちらの指示通りにお願いします」
「指示通り?」
「そう、例えば、『首をはねてください』と言ったら、敵の首をはねていただく、といった感じですね」
こういったホログラフィーの敵相手にやる訓練は経験あるが、それにしても唐突だ。
なにかよくわからないが、それで亮が気が済むならいいだろう。
それに、何を確認したいのか、が知りたい。
頷いてみせる。
「では、いきますよ」
言葉が終わるか終わらないかのうちに、目前にはホログラフィーの敵が次々と現れる。
それを、亮の指示通りに軟体か斬り捨てたときだ。
次の指示として、亮はこう言った。
「峰打ち」
「え?!」
思わず戸惑う。手にしているのは、両刃の剣だ。それで、どうやって峰打ちが出来るというのか。
とっさに腰の鞘を手にしようとして、今回はそれをバリアーの外に置いてきたことに気付く。
「くそっ!」
容赦なく向かってきたホログラフィーに思わず悪態をつきながら、いつも斬りつけてる方とは逆刃を叩きつける。
斬れるな!と念じながら。
そして、実戦通りの反応をするホログラフィーは、ぐ、という声を上げ『気絶』する。
どこからも、血を流すこともなく。
「?!」
しかし、呆然とする間もなく、次が現れる。
亮からの指示は、またもやとっぴと思えるものだ。
「刃はそのままで、斬り捨て」
もうどうにでもなれ、と思いつつ、念じる。首飛ぶほどに切れちまえ、と。
そして、ほんとうにホログラフィーが首なし死体になったところで、周りのバリアーが解ける。
忍は、それでもそこから動けないままでいる。
呆然と、自分の手元を見つめる。
「なんだ?今の?」
つぶやく。思い通りになった?両刃の剣で、峰打ちにできた?
同じ刃で、斬り捨てた?首が飛んでくほどの切れ味で?
わけがわからない。ありえないことだ。
混乱が収まってくると、これが誰の仕業かわかったような気がしてくる。
「おい、どういうつもりだ?」
ちょっと不機嫌な視線を亮に向ける。
相変わらず、そういう視線にはまったく動じない。
「やはり、知らなかったのですね」
「やはりって?」
「『龍牙剣』は、精神感応するんですよ。いうなれば、使い主の思いのままに操れる剣、です」
一呼吸置いてから、付け加える。
「もっとも、波長が合う人間は、そう滅多にいませんけどね」
忍は、また混乱が戻ってくるのを感じながら聞き返す。
「いまのは、お前がホログラフィーをいじったわけじゃないと?」
「くだらない悪戯のために、お呼びすると思いますか?」
確かにそうだ。亮は、そういったことに時間を割くタイプではない。
「じゃ、なにか?この剣は、俺に反応するっていうのか?」
「いま、自分でなにをやったか、忘れたわけではないでしょう?」
問い返されて、言葉に詰まる。
確かにそうだ。この手で、峰打ちにして、それから、斬り捨てた。
でも、そうすると、別の疑問が浮かぶ。
「どうして、それを俺に教える?よく斬れる両刃の剣だというだけで、充分じゃないのか?」
峰打ちが必要なときもあるだろうが、それは鞘だって代用できる。
なぜ、わざわざ、『龍牙剣』をそんな使い方にするのか。
「わかりませんか?」
「なにが」
「斬らなくすることが出来たら、その反対だって、出来るでしょう?」
「お前、何を斬らせるつもりだ?」
まっすぐにこちらを見ている、亮の瞳。
しかし、答えは返ってこない。
忍は、質問を変えることにした。亮の目前まで行って、もう一度問う。
「何を知っている?」
そう、よく考えたら、最初から、おかしかったのだ。
なんの知識もない者に、『不審火のせいで、人が変貌した』なんて発想があるわけがない。
初めて、亮の方から視線をはずす。
「何も」
静かすぎるくらい静かな、亮の答え。腕を引っつかんで、逃げられなくしてから、更に問う。
「何か知ってるだろう?少なくとも、俺たちの知らないことを?」
もう一度、視線がこちらに戻ってきた。でもそれは、いつもの彼ではなかった。
どこか、苦しげにさえ、見える瞳。
「あるのは、机上の空論だけです」
それだけ言うと、緩んだ腕を振り解くようにはずし、亮は『司令室』をあとにする。
後に残された忍は、『龍牙剣』を見つめながら繰り返してみる。
「机上の、空論……?」



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