[ Back | Index | Next ]

夏の夜のLabyrinth
〜1st. 緋闇石〜

■fragment・6■



公園での出来事を、ジョー達三人にどう説明したのか、忍は知らない。
が、すっかり悪役を引きうけたのだけは、麗花の憤慨具合でわかる。
彼女が実にボキャブラリー豊富なのには感心するばかりだが、今回はそれは罵詈雑言の方に費やされたので、ここでは割愛しようと思う。
忍は、なんとなく悪い気がして、内ドアをノックしてみる。
返事がない。
さすがに、ちょっと機嫌悪いのかもしれない。
そんなことを思いつつ、鍵がかかってないのをいいことに、そっと開けてみる。
亮は、自分のパソコンに向かっているようだ。
机の上にも、いくつもの書類らしいのが散らばっている。
扉まで開けているのに、気付かないとは彼らしくない。
「亮?」
声をかけてみる。
「?!」
亮は、ひどく驚いた顔でこちらを振り返る。
しかし、その表情はすぐにかき消すように消えて、いつもの無表情がこちらを見つめる。
「どうかしましたか?」
「いや、なんか悪いコトしちまったかと思って」
なんの事かすぐにわかったのだろう、亮は、苦笑を顔に浮かべる。
「カリにすると言ったでしょう、その分、働いていただきますから構いません」
「いや、まぁ、そりゃそうなんだけど……」
忍が困ったような表情のままなので、亮は肩をすくめると言う。
「じゃ、さっそくイヤな仕事をしていただきましょう」
『イヤな仕事』と言いきってしまうとこが、なんとも亮らしい。
「思い出していただきたいことが、あるんです」
「なにを?」
だいたいの予想はつくが、いちおう問い返す。
「俊と、村神さんがいなくなったときの、状況です」
「ああ……」
返事をしながら、なにかが心につっかかったが、なにがなのかは、よくわからない。
亮が『イヤな仕事』と言った意味は理解出来た。
やはり、まだ戻らない二人がいなくなった時を思い出すと、苦い思いも一緒に蘇る。
でも、そのときの状況が大事だと言うなら、思い出すしかない。
「えっと、俊の時は……」
亮から、少し目線をそらす。
そこに見えるのは、亮の部屋ではなくて、あのときの国境付近だ。
「――で、俊が、そう、なんか見つけたんだよ、俺に声かけて……」
より詳しく思い出そうと、ちょっと口をつぐむ。
「そう、『忍、これ』って言ったから、目の前になにかはっきり見つけてたんだ。俺が顔を上げた瞬間に、俊のいたほうから、すごい光が出てきて……」
その光景を思い出して、また口をつぐむ。
「光って言うより、焔みたいな感じだな……熱くない焔、それがいちばん合ってると思う」
熱くない焔の中の、俊の苦しそうな表情を見たのは、たぶん自分だけなのだろう。
すぐ側にいたのに、熱さはなかった。でも、中に捕らわれた俊は、まるで灼熱の焔に焼かれたように苦しげな表情をした。
しかし、それは瞬間の話で、すぐに彼の姿はかき消すように消えてしまった。
焔も、同時に消えた。
そして、俊が指した地面には、何もなかったのだ。
彼が軽く掘ったらしい穴が、あるだけで。
忍の苦しげな表情を見て、亮の顔が微かに曇ったが、さらに促す。
「村神さんの時は?」
「優の時は……」
優の時は、俊の行方不明の原因がわかった気がする、と言い出した優の発案で、再度、国境付近の調査に行ったのだった。
到着した優は、迷わず俊の消えた場所を目指し、彼が掘った穴の大きさを調べ出した。
そして、何かを発見したように声を上げたとたん、またもや、あの熱くない焔に包まれたのだった。
「……あ」
話終えてみて、はた、とする。
二人とも、『不審火』の正体に気付いていたのではないか?
というか、気付いたから『不審火』に襲われたかのように見える。そう考えると、『不審火』に、まるで意思があるかのように見える。
そこまで考えて、亮の台詞を思い出した。
『不審火のせいでリマルト公国が変貌した、とは考えられませんか?』
そう、『不審火』に意思があったとしたら、それはまったく不思議なことではない。
だが、それは、あまりにもとっぴな考えだ。
忍がどんな思考をしたのか、亮にはわかったのだろう。
ゆっくりと口を開く。
「不本意ではありますが、村神さんは『紅侵軍』にいました」
そこまで言って口をつぐむ。
どんな思考を促しているのかは、すぐにわかる。
「俊も、同じだ、と?」
「そう考えるのが、自然だと思います」
「でも……」
それらしい人物は、いまだ現れてはいない。
あのド派手三将軍は、俊とは似てもにつかない気配だし。
「いなくなった状況は、とても似ていますね、二人とも」
それは、忍も常々思っていたことだ。頷いてみせる。
「でも、大きく異なることが、ひとつありますよね」
「……?」
軽く首を傾げて見せた忍に、亮はまっすぐな視線を向けたまま言う。
「行方不明になった『時期』ですよ」
時期は確かに多少異なるが、たった一ヶ月の差だ。
それが、大きな違いだというのだろうか?
「俊は『紅侵軍』の現れる『前』、村神さんは『紅侵軍』の現れた『後』、に行方不明になってるでしょう」
「それが、なんか関係あるのか?」
亮の言うことは、確かに事実だが。
「言い換えた方が、わかりやすいですか?俊がいなくなった後で『紅侵軍』が現れましたね、と」
「まさか……?」
忍の言葉にならない問いに、亮は頷いてみせる。
その無表情にぴったりの、抑揚のない声で言う。
「今日、村神さんがあんなことになってるのを見て、その考えも荒唐無稽なものではないと、確信出来ました」
『その考え』がなんなのか、わかるが確認せずにはいられない。
「じゃあ、俊が『緋碧神』だと……?」
「確認したわけではないから、言い切ることは出来ませんが」
それが事実だとしたら、状況は最悪のものではないか。
『第3遊撃隊』のメンツが二人も『紅侵軍』の一員で、しかも一人はそのリーダーの『緋碧神』だなんて。
でも、考えられないことではない。
あの人当たりのよく、やさしい優が、子供に平気でナイフをつき付け、誘拐しようとしていた。
それから、捕虜にした兵隊たちの残虐な目つき。
『不審火』の焔に包まれたものがそうなってしまうのだとしたら、俊だって例外にはなれまい。
しかし、だ。
そうだとして、これだけ人間の性質を変えてしまう『不審火』とは、一体なんなのだろう?
「……やっぱり知ってるだろう?」
「何をです?」
「『不審火』の正体を、だよ」
前から思っていたことだ。たとえ『机上の空論』なのだとしても、亮の中には確固とした予測があるから、最悪とはいえ、理路整然とした考えが出来ているのに違いない。
「なんなんだよ、『不審火』の正体って?」
「まだ、わかりません」
「でも、予測はしてるんだろ?」
亮は、前に『机上の空論』だと言ったときと同じ、ちょっと苦しげな表情をする。
「言ったところで、到底信じられるものではありませんよ」
もしかしたら、亮は、自分の予測を信じたくないのかもしれない。
なのに、調べれば調べて行くほど、予測を裏付ける事実ばかりが、彼の目前に展開しているのかもしれない。
今日見た仮面の男の正体が、優であったということも。
優でなければいい。
そう願ったのは、亮も一緒だったのかもしれない。
誰だって、最悪の予測を裏付けられるのは、嬉しくはない。
でも、それでも、なんなのかすらわからないよりはいい。
「いいから、言ってみろよ」
忍は、促す。
聞くまでは諦めないという意思が顔に出ているのをみて、亮は小さくため息をついた。
視線を、窓の外に移す。
「……旧文明について、どれくらいご存知ですか?」
「旧文明?……そうだな、教科書でやったくらいしか……」
「そうでしょうね、それ以外の情報が漏れることは、まずないですし」
相変わらず窓の外に目をやったまま、亮は静かに言う。
「293年前の『崩壊戦争』で、旧文明産物のほとんどが崩壊し、跡形もなく消え去った、という教科書の記述に嘘はありません。でも、残ったものも数多くあります……特に、記録の類は」
誰かが、それが必要と判断して、細かい記録を『崩壊戦争』後に記したようです、と亮は続けた。
「それによると、旧文明の末期にはこちらの想像をはるかに越えたものが、造られていたようです」
「想像を超えたもの?」
ここで、やっと亮の視線は忍のほうに戻ってくる。
「人の感情を集めたり、操ったりすることが可能な、結晶体です」
「……」
「『崩壊戦争』時でさえ、それは『最終兵器』と呼ばれていたようです」
『崩壊戦争』が起こったときの『Aqua』は、旧文明の爛熟期といっても過言ではない文明を誇っていた。機械中心が行きすぎた歪んだ文明だったとはいえ、非常に高い科学力を保持していたことは間違いない。
あの時代、精神操作、遺伝子操作の研究が盛んだった、とは言われているが、その証拠となるものは、なにも発見されていないとのことだった。その成果は、『崩壊戦争』によって、全て消え去ったと。
でも、もし、それが残っているのだとしたら?
ぞくり、とする。
「『不審火』の正体は、それだ、と?」
「そうではないか、と思っているだけです」
亮にしては、消極的な発言だが、それも仕方ないのかもしれない。
旧文明時にさえ『最終兵器』と呼ばれたものに、どう対抗しろというのだろう?
お先真っ暗だと言われてるようなものだ。
確実な証拠がみつかるまでは、誰だって信じたくはない。
亮が『机上の空論』だと言い続けたのは、そうだと確信できずにいることを、むしろ願ってのことだったのかもしれない。
『感情では戦争は出来ない』それは、自分自身に言い聞かせていたのかもしれない。
どんなに目を反らしても、『事実』は変えられないから。
誰かが向かい合わなくてはならないから。
でも、どこにも証拠がない。
向かい合おうとしても、向かい合うことすら出来ない。
そのことが、亮をイラつかせていたに違いない。
また、祈ってしまうから、願ってしまうから。
最悪の状況ではありませんように、と。
ここまで口にしてしまったので、もう隠し続けたところで仕方ないと思ったのだろう。
亮は軽く首を横に振ると、なにかを決心したようにまっすぐに忍を見る。
「『緋闇石』と呼ばれていたそうです、その力を発するときに、深紅の焔のような光を発するので」
『不審火』の正体を『緋闇石』だと確信しているのだ。
いや、たぶん、今、確信したのだ。
どんなに、抜け道を見つけようとしても、見つからないから。
「それが、なんらかのはずみで、発動したと?」
「そうとしか、考えられません」
先ほどまでの、消極的なものとは違う、はっきりとした口調。
今までの嫌味のこもったのとも違う、意思のこもった口調だ。
「だから、忍には、特別にがんばっていただきます」
「俺には?」
「わかりませんか?」
亮は、にこり、と笑う。
「忍にしか使えない『龍牙剣』、あれだって、精神感応剣なんですよ?」
「!」
思わず、亮の顔をまじまじと見つめてしまう。
「あれも、旧文明産物なのか?」
「今の科学力じゃ、あんなものは作れませんよ」
だから、あえて亮は、精神感応剣であることを告げたのだ。
斬ろうと思えば、なんでも斬れる、と。
旧文明に対抗するなら、旧文明産物しかないと、そう踏んだから。
「お前の斬らせたいモノって……?」
「そう、『緋闇石』です」
これは、随分大きなカリを返すことになりそうだ。
忍は思わず、息を呑んだ。
亮の方はあっさりとした口調で言った後、一呼吸おいて付け加える。
「『緋闇石』が消えたら、俊も村神さんも、元に戻るはずですから」
また言われて、はじめて、何がつっかかったのかに気付く。
「どうして、俊は俊で、優は村神さん、なんだ?」
「え?」
亮は、きょとん、とした表情をする。
何を言われたのか、一瞬わからなかったらしい。
「いや、だから、どうして俊は『呼び捨て』で、優は『さん付け』なのかと思って」
言われて、亮は初めて自分がそんな呼び分けをしていたことに、気付いたらしい。
「……」
しばらく、忍の顔をまじまじと見つめていたが、やがて首を傾げる。
「さぁ、どうしてでしょう?」
自分でも、よくわからない、という風情だ。
本当にわからない、とは思えなかったが、その不思議そうな表情があまりにも見事なので、騙されておくことにする。
「まぁとにかく、『元通り』のためには、『緋闇石』を斬るしかない、わけだ」
「そういうことになりますね」
亮の表情は、すっかりいつものどこか高飛車で、強気で自信に満ちたそれになる。
忍も、頷いてみせた。
『元通り』が、自分の手にかかっているのだったら、やるだけやるだけだ。



[ Back | Index | Next ]

□ 月光楽園 月亮 □ Copyright Yueliang All Right Reserved. □