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夏の夜のLabyrinth
〜2nd. 硝子のMermaid〜

■seashell・3■



彼女にとって、彼の最初の印象は、よくなかった。
だいたい、目つきが悪い。
愛想が悪いのは、性格のせいもあるかとは思うが、それにしても、冷たい目だと思った。
でも、そう思ったのは、彼の特技のせいかもしれない。
出自も、過去も知らない、ただ、優れた特殊技能があるから、と集められた六人。
告げられたのは、名前と特技だけだった。
そんななか、彼の得意とするのは『銃』。
数ヶ月の訓練のみで、熟達するとは考えにくい。
だとしたら、彼は、いままでに『それ』を使ったことがあるのだ。
熟達するほどに。
『それ』が役に立つ世界があることを、知らないわけではない。
なくては、生き延びることすら危うい世界の存在を、否定するつもりも無い。
そんなに『綺麗』なものは、この世に存在するはずも無いのは、よく知っていた。
彼女も、そんな夢を見られるほど、『綺麗』な世界に住んでいたわけではない。
それでも、『それ』は好きではなかった。
かなりの重量のはずの『それ』を扱いなれたモノのように扱うのを、目前で見るのは、イヤだった。
ただ、個人的な感情のそれを、顔に出すつもりなど無かったのだが、もっとも嫌悪する『それ』に対する表情は、凍りついた無表情となって表に出てしまったらしい。
軽く視線を上げた彼と、瞳があった。彼は、彼女の表情を目にした。
彼は、まったく表情を変えずに、だが、『それ』をしまいこんだ。
そして、初日、『それ』をしまうところは腰にあったのに、翌日、上着の下のホルスターに『それ』は隠れていた。
彼は、『それ』を彼女の目に見えないところに、やったのだ。
相変わらず、なにも言わず、表情を変えることも無く。
だから、やっぱり、冷たい目に見えたのは、彼の『特技』のせいだったのだ。

我に帰って、手元を見る。
「……あらら」
須于は、思わず小さく呟いた。
そこには、必要以上の量の、ネギがみじん切りの山になっていた。
肩をすくめる。
それから、もういちど、小さく呟いた。
「私が気にすることじゃないわ」



グラスを手にした忍が部屋に戻ると、亮は手持ちのノート型の他に、部屋のテレビまでモニターにして、熱心に情報を処理しているところだった。
忍は、亮の手の届きやすいところに黙ってグラスを置く。
「ありがとうございます」
画面からはまったく目を離さずに、亮が言った。
集中しているように見えるが、人の気配には敏感だ。
「いや」
と、応えながら、後ろから画面をのぞいてみる。
相変わらず、画面はすごい早さでめまぐるしく変化していくが、亮はそれについていっているらしい。
しかし、これを見ていて目を回さずにいられるのは、操作している当人くらいだろう。
とてもついていける早さではないので、忍は画面から目をそらし、グラスに口をつける。
「なにか、わかったか?」
「マリンスノーが」
「え?」
亮は、キーボードを打つ手を休めて、忍に顔を向けた。
「マリンスノーが、舞い上がってるようです」
忍は、戸惑った表情になる。
「マリンスノーって……あれか?プランクトンとかの死骸が、何百年とかかけて、海に積もっていく?」
「ええ」
頷いてみせながら、亮はグラスを手にした。一口、飲んでから口を開く。
「その、マリンスノーです」
「なんだってまた?」
「原因までは、まだ解析できていませんが」
「違う、そういうことが言いたいんじゃない」
すっかり軍師仕様の表情で言う亮に、忍は、苦笑する。
この天才肌の軍師には、おそらく、まったく疑問にも感じないことなのだな、と思いながらも、やはり、訊かずにはいられない。
「どうして、深海のごく一部でしか観察されないような現象に、目をつけたのか、が訊きたいんだよ」
亮の表情が、また、海で見たときと同じ、凍りついたものになる。
「……」
でも、もう、忍にその表情に気付かれていることもわかっているからだろう、今度はそれをかき消そうとはしなかった。
「なにも、なかったからです」
声の方からも、表情が消えている。
「海に、か?」
亮は頷く。さっきも彼は『なにもない』を見つけた、と言った。
それが、ゆいの出自を表すと。
そこらへんが、よくわからない。
「何も手がかりが無いことが、亮にとっては、手がかりだったわけか?」
「なにもないことが、なによりの証拠なんですよ」
微かな笑みが、浮かんだ。
痛みを知っている、それを感じているゆえの、たよりなさげな笑み。
『なにもない』を繰り返すのに、結果を口にしないのは。
「でも、それが、どんな答えを導くかは、今は言いたくないわけだな」
口を開きかかった亮の、先回りをする。
「それでいいと思うよ、彼女はまだ、打ち明ける決意が出来てない……俺たちが無理やり暴く権利は、ないもんな」
それから、こう付け加えるのを忘れない。
「自分で気付いたのなら、ともかく」
亮の笑みが、頼りなかったそれから、軍師なモノへと変わる。
「そうですね、やはり、こちらが気付いたことにして話をすすめるしか、ないでしょうね」
「かなり、深刻そうなのか?」
「深海の一部でしか見られないとはいえ、自然現象を逆行させている『なにか』がそこで起こっていることには、変わりありません」
言いながら、画面を切り替え、指し示す。
「もっと深刻なのは、あたりの生命反応が消えていることです」
「生命反応が……?」
「マリンスノーが降るということは、深海生物にとっては、格好の餌場であるにも関わらず、です」
画面から顔を上げた亮と、忍の瞳があう。
忍からも、表情が消えている。
「原因まで、予想ついてるんだろう?」
軍師な表情のまま、亮は答える。
「確認は、していませんが」
「あれだとしたら」
忍は、一気にグラスを空けて、言う。
「確認すら、やっかいだ」
「場所が深海、ということを差し引いても、ね」
亮も、グラスを口に運びながら、微かに眉をよせる。



夕食の下準備だけ終えて、部屋に戻った須于に、麗花が不思議そうな顔をする。
ちょっと首をかしげながら、顔をのぞきこむ。
「どしたのー?なんか、ぼーっとしてない??」
「え……?」
顔を上げて、広げていた雑誌のページが、まったくめくられていないのに気付く。
「そんなことないんだけど」
「そぉ?須于も気になってるんじゃないの?」
「??」
不思議そうな表情を見せる須于に、麗花は笑顔になる。
「だから、ゆいちゃんだよ」
麗花はモノの良さそうなテーブルに腰掛ける。
「不思議だと思わない?どこから来たのかってね。言葉はちょっと訛ってたし、リスティアの人じゃないよね」
視線を外の方に、海のほうへと移しながら、麗花は続けた。
「それに、特に不思議なのはあの瞳よね、あんな蒼いのは、見たことない」
「……そうね」
「近そうなのは――」
麗花は、海のほうに視線を向けたまま指折り数える。
近いモノはいくつも上がるが、当てはまるモノはないらしい。しきりと首をかしげている。
たしかに、ゆい、と名乗った彼女がいったい、何者なのか、気にならないわけではない。
でも、それよりも、多分。
自分の中につっかかっているのは、別のことだ。
気にしても、しかたのないこと。自分が、口をさしはさむ性質のことでもない。
「――須于は、どう思う?」
「はい?」
見ると、麗花の指はたくさん折られている。どれに当てはまると思うか、尋ねたらしい。
よくもまぁ、それだけたくさんの国を上げられるものだ。
完全に聞いてなかった訳だが、おそらく聞いていたとしても、半分もどこの国かは分かるまい。
「うーん、私はよくわからないわ」
「そぉ?」
須于は、笑顔をつくる。
「よく、そんなにいろんな国が出てくるわね」
「えー?そうかな?」
「学校で地理はやったけど、そんなには覚えられなかったわ」
「でも、須于は電気電子とか、そういうのが得意だったんでしょ?」
手元の雑誌を、テーブルに置きながら、
「得意ってほどじゃないけど、好きだったかな」
「私、そっちはさっぱりだもん」
そう言って、麗花は笑う。
「いろんな国に行けたら、楽しそうかな、と思ってたら、覚えちゃっただけだしね」
「世界旅行?」
「そ、おもしろそうでしょ?」
「そうね、楽しそう」
須于がテーブルに置いた雑誌をめくりながら、麗花は買い物天国と言われるツアーの案内のページを開く。
「こういうとこなんかは、リスティアの言葉通じちゃうし、たいがいのとこは標準語できちゃえば、問題ないけど、やっぱり、挨拶とお礼くらいは、その国の言葉のがいいよね」
そしてまた、ぺらぺらと、いろんな国の挨拶をして見せる。
あまりにもくるくるとかわるイントネーションに思わず、須于が笑う。
「あ、やっとちゃんと笑った」
麗花が、笑顔のまま、須于の顔をのぞきこむ。
「え?!」
さっきまでも、それなりに、ちゃんと笑っていたつもりだったのだが。
「なんか、元気なかったでしょ?」
どうやら、なにかに気を取られているのは、麗花にはお見通しだったらしい。
「そうかな?」
「そうだよ、須于には、笑顔がいちばん似合ってるのにね」
そう言う麗花こそ、笑顔が似合うタイプだと思うが。
しかし、言い方がまるで、ナンパしてる男のようなので、そっちの方に須于は吹き出してしまう。
すっかり、普通に笑っている須于に、麗花はいつもの口調で尋ねる。
「あ、そうだ、今日の夕飯ってなに?」
「冷やしうどんにしようかと思ってたんだけど」
「いいねー、暑い時はそれに限るよね〜」
お腹がすいた、という大げさなポーズと共に言うものだから、また笑ってしまう。
空が、そろそろ紅く染まり出している。
休日の二日目も、終わりが近付いているようだ。



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