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夏の夜のLabyrinth
〜2nd. 硝子のMermaid〜

■seashell・4■



夕飯が冷やしうどん、という須于の選択は正しかったようだ。
作った当人のほか、まだ体調が本調子にはなってなさそうな上、なにか悩みごとがありそうなゆい、もともと少食な軍師どのも、いつも以上に食欲がなかったようだ。
まぁ、亮もケガが完全に治っているわけではないので、体調が万全ともいえないのもあるだろうが。
逆に、忍と俊の幼馴染みコンビと、一緒になったらお笑いトリオの麗花はよく食べていたようだ。
ひとまず、これで差し引きゼロ。
それでもって、まったく変動がないのが、ジョーだ。
もくもくと、自分の食べたいだけをしっかりと食べる。しかも、量に変動がほとんどない。
これは、立派なモノかもしれない。気候にも状況にも左右されないのだから。
「水まんじゅうあるけど」
だいたい食べ終わったのを見計らって、須于が言うと、ほとんど間髪いれずに返事が返ってきた。
「もらう」
しかも、単語ひとつで答えたのは、意外なことにジョーだったりする。
みなの視線が、一瞬ジョーに集中してしまったのは、仕方あるまい。
あまりにも意外すぎる。
普段、コーヒーもブラックだし、基本的に甘いモノを口にしたところを見たことがない。
あと、なんとなく、甘いモノはダメ、というイメージをかもしだしているし。
「甘いモノ、大丈夫なんだ?」
思わず、確認してしまっている忍である。
ジョーは、ぽつり、と答えた。
「たまには、な」
確かに、クーラーのよくきいた部屋で、ちょっと甘い和菓子。これも、悪くない。
麗花は、無邪気に聞く。
「えー?水まんじゅうってなに?」
「まんじゅうの一品種だよ」
俊に大真面目な顔をして言われ、麗花は手を振り上げる。
「名前に『まんじゅう』ってついてるんだもん、それはわかるよっ」
「へぇ、じゃ、液体ってコトも?」
「へ?!」
今度は忍が、なにげない顔つきで言う。驚いた麗花は、目を丸くした。
「だって、『まんじゅう』の前に『水』がつくんだぜ?」
「名は、態を表すからな」
俊も頷いて見せる。
「えええ、じゃ、飲む、おまんじゅうなの?」
「夏の暑い盛りに、もたもたする皮と餡なんて、食べたくないだろう?当然、和菓子屋の売上が落ちる、そこで、ある菓子職人は考えたね」
ジョーと亮は涼しい表情だが、須于は、その場にいると吹き出しそうなので、そうそうに立ちあがり、冷蔵庫に話題の水まんじゅうを取りに行くことにした。
忍の話はまだ続いている。
「夏でもいける、まんじゅうを」
「うん」
「見た目からして、涼しくないといけないからな、ガラス容器に入っている」
「うん」
俊が、台所の方に目をやる。須于が、取り出しているのを横目で見て、
「本物が出てきそうだぜ」
すっかり、『水まんじゅう』が液体だと思いこんだ麗花は、かたずをのんで、菓子職人が考え出したまんじゅうがどんなモノなのかを待っている。
出てきたのは、甘味を抑えた餡を涼しげなくずでつつんだ、れっきとした『おまんじゅう』だ。
麗花は、横目で忍と俊を見た。
「液体じゃないじゃん」
「まぁまぁ、涼しげなのは確かだろ」
須于は、薄い青をしたガラスの器にとりわけながら尋ねる。
「初めて?」
「うん、これは初めて」
器をうけとったゆいも、不思議そうに首をかしげているところを見ると、これは初めて食べるのだろう。
「へぇ、きれいだな、これ」
普通の餡を透明なくずで包んだモノと、白餡を薄い桃色のくずで包んだモノの二種が並んでゆれている。
本当に、涼しげだ。
「うん、桜風味みたいなんだけど」
「ほう、いただいてみよう」
和菓子用の竹でできたようじを俊が手にした時だ。電話が音を立てたのは。
亮が、反射的に立ちあがる。
ここに滞在者がいることを知ってる者は限られている。誰からかかってきたのかは、須于たちにも予測がつく。
でも、その相手は、用も無いのにかけてくるなんてなさそうな人物だ。
なんとなく、みんな、電話の方に注目してしまう。
「はい」
受話器を取り上げた亮は、ただそれだけ言った。
「――――わかりました」
受話器は、もう本体に戻されている。あまりにもあっけない電話だ。
しかし、先ほどまでは、ほとんど口をひらかないせいもあって、存在感がきえていた亮の顔つきが変わっていた。
見慣れている方になっている。
ようするに、軍師なものになっていたのだ。
やはり、電話の相手は予想通り、リスティアの総司令官であり、亮の父である人物からだったらしい。
「なにか、あったのか?」
忍が、尋ねる。
考え込むように少し下を向いていた亮が、顔を上げる。
そして、二人の瞳が合う。
亮が、答える。
「まだ、よくはわかりません。詳細がくるようなので、部屋へ戻ります」
それだけ言うと、ダイニングを後にする。
麗花が肩をすくめた。
「およよ、お仕事かな?」
「どうだろ、まだわかんないよ」
忍は、慌てても仕方が無い、と食べかかっていた水まんじゅうに向かう。
「確かに、冷えてるうちに食べちまおうっと」
俊も、つる、と大きめのそれを一口で、ほおりこむ。
ジョーは、マイペースに自分の皿は片付けているようだ。麗花も、これが水まんじゅうね、などとつぶやきつつ、嬉しそうに食べているところを見ると、口にあったようだ。
ゆいだけが、まるで水を映したかのように揺れるくずを見つめながら、なにかを考え込んでいた。



忍が部屋に戻ると、亮はデータの処理で忙しそうだった。
食事の時間に総司令官から電話があるように仕向けたのは、亮の方だろう。ゆいから言い出せないなら、こちらが気付いたことにするために。
それが、必要だと、亮は判断したのだ。忍が、亮の立場でもそうしただろう。
あまりにも、イヤな予感がそこにはある。
忍が部屋に入ってくる気配に、顔を上げた亮の表情は冴えない。
「確認、するのか?」
「せざるを得ないでしょうね」
降り積もるはずのマリンスノーが舞い上がり、周囲の生命反応が消えている。
まるで、大規模な自然変動だ。
でも、本当にそんな変動が起こっているとしたら、もっと別の場所にも影響があってしかるべきだ。
なのに、どうやら変動は、ごく一部でしか、起こってないらしい。
ごく狭い範囲で、強烈な変化を、それも悪い変化を引き起こすモノ。
二人とも、つい先日まで自分たちを悩ませていた、あるモノを忘れてはいない。
それがなんなのかを口にしないのは、そうじゃないことを、祈らずにはいられないからだ。
そうなのかどうかを、確認するより他無いことも、よくわかっている。
でも、本当にそうなら、確認するということさえ、あまりにも危険だ。
「でも、どうやって?」
忍が言う。
「潜水艦でも呼ぶのか?」
「そんな大掛かりなことをしたら、大騒ぎになります」
亮は苦笑した。苦笑は、そのまま、軍師なそれへと変化する。
「でも、『なにか』が潜らなくてはならないでしょうね」
その口ぶりから、亮がどうやって確認するのか、もう決めているのを忍は知った。
「じゃ、集めるか?」
質問ではなくて、確認だ。亮は、頷く。
「ゆいさんも」
呼びに行くために、扉を開きかかった忍が、振り返る。忍の顔も、仕事用のそれに変わっている。
軽く、頷いてみせる。
「ああ、わかった」
扉が閉じる。

電話があった時点で、他の四人もなにか仕事が入りそうだ、と心づもりはしていたらしい。
集合がかかっても、まったく驚いた様子はない。
「で、何が起こったって?」
俊が、尋ねる。
「マリンスノーが、舞い上がってるそうです」
亮は、まったく感情のこもらない声で答える。事務的に事実を告げる声だ。
首を傾げたのは、麗花だ。
「マリンスノー?」
「プラクトンの死骸などが、数百年かけて深海に積もっていく現象です。その様子がまるで、雪が積もっていくように見えるので、そう呼ばれているんですよ」
「海流の乱れってワケじゃないんだろうな、わざわざ呼び出されるってことは」
ちょっと皮肉がこもった口調で、俊が言う。
「どうでしょうね」
亮は、その可能性も残した返事をする。
「その周辺の生命反応が、完全に消えているのを考慮すると、海流の乱れだけとは考えにくいですが」
淡々とした口調が、返って不気味に聞こえるというのを、知っているとしか思えない。
実際、もうすでにその事実を聞いていた忍も、背筋がぞく、とする。
いや、ぞく、としたのは、亮が続きを言うために、口を開きかかったからかもしれない。
「しかも、その現象は、ごく狭い範囲でしか起こっていないんですよ」
「話はわかったけどさ、それって、海軍の仕事じゃないのか?」
俊には、亮の言いたいことが、飲みこめなかったようだ。
仕方ないかもしれない。彼は、『それ』に実際に向かったことは無いのだから。
でも、ジョーも須于も麗花も、亮が何をほのめかしているのか、理解できたようだ。
「……こないだは、姿を消しただけだった可能性があるのね?」
須于が、抑えた口調で確認する。
「ええ、そういうことです」
「対処できるのが、うちだけかもしれない、と判断されたワケか」
言いながら、ジョーは煙草をつける。
そこまで言われれば、俊にも何が言いたいのかはわかる。
思わず、そこに部外者のゆいがいるのを忘れて、言う。
「『緋闇石』が、そんなとこにあるってのかよ?」
「確認が必要ですが」
まったく、感情のこもらない亮の声が肯定する。
部外者がいるのにおかまいなく、話を進める。
「『緋闇石』の可能性がある以上、おおっぴらな行動はできません。マスコミにかぎつけられたら、コトですから。ですが、深海に潜っての確認は必須です」
「どうやって、確認するつもりなの?」
「さて、それは」
亮は、肩を軽くすくめた。
「これから考えますよ」



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