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夏の夜のLabyrinth
〜2nd. 硝子のMermaid〜

■seashell・5■



確認方法を確定しだい、また集合をかけるから、とその場はそれで終わる。
亮にしては珍しく、歯切れの悪いところで終わった気もするが、深海の『緋闇石』が相手なら、それも仕方あるまい。
少なくとも、忍以外はそう思ったようだ。
そう、忍は違った。
皆が部屋を出た後、感情のこもらない軍師な表情のままモニターに向かい直した亮に、低い声で問う。
「何を、仕掛けた?」
「仕掛けるとは、人聞きが悪いですね」
亮は顔を上げ、忍の方を見る。
そして、その口元には、軍師なほうの笑みが浮かんでいる。
「動きやすくして差し上げただけです」
「ゆいが、か……?」
わざわざ、部外者も呼んでおきながら、『第3遊撃隊』に所属していないとわからない会話をしてみせたことはわかっている。
ゆいには『緋闇石』がなにか、はわからないだろう。
でも、それが深海に影響を与えている元凶かもしれないことだけは、理解できたはずだ。
それから、コトを荒立てずに確認しなくてはならないことも。
「それじゃまるで、彼女が確認できるみたいな……」
言いかかって、はた、とする。
亮は、ゆいの出自がわかった、と言った。
それと関係あるというのは、想像に難くない。
でも、いったいどうやって、人間があんな深海の底にあるモノを確認するというのだろう?
人間が?
ぎくり、とする。
「……まさか、な」
「信じられない、ですか?」
相変わらず、軍師な笑みを浮かべたまま亮は言う。
「僕には、精神を操る結晶体よりも、よほど信じられますけど」
青い髪、青い瞳。
地上で生活するには、あまりにも目立つそれ。
だけど、場所が変わったらどうだろう?
そう、例えば、海の中なら?
あの深い青にまぎれてしまうに違いない。
「じゃ、彼女は?」
「旧文明末期に、盛んに行われていたのは、精神操作と遺伝子操作の研究です」
亮の目がこちらをみる。リスティアの人間にしては、彼の目も色素が薄いほうだろう。
晴れた日の海を思わせる色だ。
時にそれは、冷たく凍った表情をみせるが。
でも、その中心にある瞳は、やはり黒がかっている。
ゆいのものとは、確実に異なる色。
「遺伝子操作ってのは」
彼女の青い瞳が、示すもの。
それは、きっと生活する場所を示している。生物は、生き抜くために変化するのだから。
でも、普通の人間は、そこでは生活できない。
「混血作成も、含まれるのか?」
「まるで、御伽噺のような、ね」
瞳を反らすことなく、亮は、肯定する。
「『崩壊戦争』のときに、外部に逃れたモノもいたようです」
おそらく、地上に逃れたモノはほどなく、捕えられ、消されてしまったのだろう。
今現在、姿を見ることがないのだから、そうに決まっている。
でも、もし逃れた場所が、そう簡単には追えないところなら、どうだろう?
例えば、深海だったのならば。
生き延びていても、不思議はない。
そして、『崩壊戦争』からは随分な時が流れているのだ。
生活の場所にあわせて変化していても不思議はない。
「ともかく、動かざるをえないようには、させてもらいました」
亮は、話している間も休めていなかった、キーボードの上の手を止めて、立ちあがる。
そして、バルコニーへの大窓を開け放った。
「彼女の協力なしでは、対処できませんから」
声は、相変わらず軍師なほうのままだが。
風が吹いて、彼の長髪がゆれる。
とても男とは思えない、ほっそりとした首筋が少し見えた。
でも、外を向いたままの表情はうかがえない。
ゆいを、危険にさらすとわかっていて、仕掛けたのだ。
遅かれ早かれ、彼女は動くだろう。
窓にかかった亮の手が、少し、動く。
「……?」
忍が、窓の方に歩み寄る気配に気付いたのだろう。
バルコニーに完全に出た亮は、視線を上に向ける。
「星が、よく、見えますね」
「空気きれいそうだもんな」
そう返事をしながら、バルコニーまで行き、視線を下に向ける。
亮の手が動いた理由が、歩いて行くのが見える。
忍も、視線を上げた。
プライベートビーチだから、街灯などもない。
明かりに邪魔されないから、たしかによく星が見える。
こういうのを、満天の星、というのだろう。
「ほんと、すごいな」



外に散歩に出たのは、なんとなく落ち着かなかったからだ。
また、姿を現したやっかいな旧文明産物のせいではない。アレに関しては、自分が悩んだところで仕方ないのは、百も承知だ。確認方法も対処方法も、遅かれ早かれ、亮が考え付くだろう。
軍師としての実力は、対『紅侵軍』戦でよくわかっている。
亮が、指示を出してきたら、その通り動けばいいだけだ。
それが仕事なのだから。
軍師殿は、自分を平気で酷使するタイプのようだが、そこらへんは同室の忍が管理するに違いない。
リーダーに任命されるだけあり、ふざけているように見えている時でも、周りをよく見ているのは知っている。
彼なら、亮のようなタイプも御せるに違いない。
だから、そちらは気にしていない。
そうではなくて、気になっているのは。
そこまで考えて、舌打ちをした。
らしくない。
ポケットから煙草を取り出して、くわえると、ライターをつける。
風が吹いて、炎が揺れた。
本当は、堤防から降りれば、風など気にしなくていいのだろうが。
浜に降りれば、砂と格闘することになるし、反対側なら景色がよく見えない。
堤防の上なら海もよく見えるし、砂に悩まされることもない。
手でかばいながら、火をつける。
細い月に照らされた海は、昼間とはまったく違う景色を見せていた。
黒い揺れる絨毯の上に、細く白い光が落ちている。
どこか、寂しい光景。
そんななかで、ライターの頼りない光が、ついて消える。
煙をひとつ吐き出したところで、足音が近づいてくるのに気付く。
ゆっくりと、振り返る。
こちらに近づいてくるのは、ゆいだった。
細い光の中でも、青い髪なのがわかる。
Tシャツと、それには不釣り合いに見える巻きスカートのようなものを身に付けているのがわかる。
彼女は、ジョーの前まで来ると、彼を見上げる。
昼間見たときとは違う、なにかを決めた瞳が、こちらを見上げている。
「聞いていただきたいことが、あるんです」
彼女は、細いがはっきりとした声で、そう言った。
ジョーは、手を差し出す。
「?」
ゆいは首を傾げる。
「長くなりそうだから……立ち話もなんだろう」
頷いて微笑むと、ゆいは手を差し出す。
ほどなく二人は、堤防の上に腰掛けていた。
「……で?」
きっかけをつかめないでいるようなので、海を見つめたまま、促してやる。
ひとつ、大きく息を吸うと、ゆいは口を開く。
「あの、さっき、亮さんがおっしゃってた話なんですけど」
「マリンスノーが舞い上がってるってやつか?」
こくり、と大きくうなずく。
「原因かもしれないって言ってた、『緋闇石』って……?」
「ああ、あれは……」
言いかかって、少し考える。いちおう、極秘事項のはずのことだ。
だけど、さきほど亮は、彼女の目前でその話をした。ということは、彼女には知られてもよい、と判断したに違いない。そうでなければ、あの場にゆいを呼ばないだろう。
「旧文明産物で、厄介なシロモノだよ」
旧文明産物、という単語に、ゆいの肩がぴく、とする。
「石、なんですか?」
「結晶体だというから、一種の石だ……大きさは、こんなもんらしい」
と、手で示してみせる。
「で、名前の通り、赤い」
実物を目にしたことがあるわけではないが、それが放つ焔のような光は、見たことがある。
忍が、あれのままの色だ、と言っていた。
彼の言う通りなら、真紅の石だ。
「じゃあ、深海にあれば、一目で分かりますね」
ゆいは、確定している口調で言う。
ジョーは、黙ったまま、煙草をふかした。
「近づくと、よくないんでしょうか?」
「ある、一定範囲内にはいると、危険だ」
「死んでしまいますか?」
「いや、違うが……やっかいなことになるのは、確かだ」
人格が変化する、と言っても、そう簡単には信じられまいと思い、『やっかい』という表現にする。
それにしても、ゆいの質問はまるで。
「どのくらいなら、大丈夫でしょう?」
まるで、じゃない。
ジョーは、視線を海から、ゆいに移す。
「なにする気だ?」
「大掛かりには、するわけにはいかない、と亮さんが言っていました」
ゆいは、視線をそらさずに言う。
「私が、確認してきます」
「…………」
たっぷり、一分は彼女の顔を見ていただろう。
煙草の灰が、大きくなりすぎて自分から落ちていく。
それで、我に返った。
「深海だぞ」
「ええ、だから、他の方には無理でしょう?」
「潜れるっていうのか?」
ゆいは、こくり、と頷く。
彼女に、なにか事情がある、とは察していたが、こんな展開とは予想していなかった。
深海に潜ることが出来る?
通常の人間の能力ではない。
だから、彼女はずっと、口をつぐんでいたのだ。
ジョーは、短くなってしまった煙草を、揉み消す。
それから、視線をもう一度、ゆいに戻す。
「確認してきたとしたら」
彼女が、自分の能力を、他の人全員に隠してはおけないことは、先に告げておかねばなるまい。
「少なくとも、亮には、知れる」
彼は多分、そういう能力を持つモノが存在することを、知っている。
それを聞くと、ゆいは微笑んだ。
「多分、もう知っていると思います」
その台詞で、ジョーも気が付く。
中途半端に終わらせたのは、わざとだったのだ、と。
知っているから、悩まなくともいいと無言で告げたのだ。
誰に告げるかは、ゆいにまかせる、という意味でもあったのだろう。
そして彼女は、ジョーを選んだのだ。
「だから、今から確認しに行ってきます」
「今からって……」
地上だってこの暗闇だ。深海は、光すらないはずなのに。
「大丈夫なんです」
彼女は微笑むと、手招きして先に歩き出した。
堤防のところまでくると、身軽に飛び降り、さらに先へとすすむ。
黒い波が、堤防のへさきを洗っている。
追いつくいたところで、いきなり、ゆいが着ていたTシャツを脱いだので、ぎく、とした。
中に、水着があるのに気付いて、ほっとする。
暗くて色はよく分からないが、下の巻きスカートとは同系色のようにみえる。
とすると、巻きスカートに見えたのは、パレオとかいうのだな、と思う。
海に向いている彼女は、手を、ひら、と動かしたかとおもうと、きれいな弧を描いて海に消えた。
かと思えば、すぐに顔が現れる。
笑顔がこちらを向いている。
地上にいたときより、ずっと明るく見える。
やはり、あちらが彼女のテリトリーということだろう。
「これは、昼間は目立つから」
ぱしゃん、という音がして、なにかが水面に顔を出す。
今度こそ、ジョーはぎょっとした。
出ていたのは、大きな魚の尾ヒレだったのだ。
ゆらゆらと揺れるそれは、彼女の意思に従っているらしい。
彼女が口にするのをためらっていた本当の理由は、コレだったのか。
頭がくらくらしそうになりながらも、ジョーは言った。
「待っててやるから」
ゆいは、満面の笑顔になると、大きく頷き、そして海面から消える。



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