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夏の夜のLabyrinth
〜4th Alive on the planet〜

■drizzle・3■




特殊フィルターが導入されてから、一週間。
単型アーマノイドは、『全滅』したと言っていい状態だ。
相変わらず、亮の作戦は無駄がなく、完璧で、それを遂行する忍達も、見事なモノで。
忍のヒット率も、両目での扱いと変わらなくなった。
この場に優がいる、というコト以外は、なにも変わらない日常だ。あれ以来、優は亮の立てる作戦には、一切、口出しをしていない。
軍師であったときと変わらない穏やかな表情で、着実に成果を上げていく『第3遊撃隊』を見つめている。
一週間前、らしくなく優がイラついて見えたのはきっと。
自分が軍師だったものが、もう、そうではないコトを見せ付けられたから、だったのだろう。
理性ではわかっていても、感情で理解するのは難しいことだから。
なにが優を納得させたのかなど、わからないけれど。
その優が、久しぶりに、実戦にかかわることで口を開いた。
今日の戦果を確認した後で。
「次は、『統治型』を狙うのかな」
亮を見た視線も、穏やかなものだ。
問われた亮は、首を微かに傾げる。
「……さて、難しいところですね」
奇妙な返事だ。
『単型』がつぶれたのなら、当然、次は『統治型』しか残っていない。たしかに、『統治型』の『生命機器中枢』は、ドクターの本拠にあるのは当然だ。そこへの突入は難しいだろう。
が、それを難しい、とは亮は思っていないはずだ。
必要だと判断すれば、リスティア全軍を動かすことも辞さないのだから。
『単型』を完全につぶしてから、というのなら、「まだ早い」と言えばいい。
『難しい』のはなになのか、を忍が問い返す前に、亮はにこり、と笑う。
穏やかなほうではなくて、自信に満ちた軍師の方の笑みだ。
「明日は戦闘はなしですから、その間に考えますよ」
そう言われてしまったら、なにも訊き返せない。



翌日。戦闘がない、ということは、忍達は休日と同じだ。
が、状況的に、本当に休日にしてしまうわけにはいかない。いつ、どう戦況が変わるかなど、誰にも予測できない。
それに、亮は休日などではない。これからをどうするのか、を決めるための情報処理をしているのだろう、総司令室から、一歩も出てこない。
休日、ではあるけれど、なんとなく、落ち着かない。
昼食を食べた後、忍はなんとなく部屋に戻る気もしなくて、雑誌を広げてソファに寝そべった。
「……忍?」
「?!」
声に驚いて飛び起きる。
どうやら、雑誌を広げたはいいが、そのまま、うとうとしてたらしい。
呼んでみた方は、過敏な反応をおもしろがって、くすくすと笑っている。
笑ってる方に、忍は照れ笑いを向けた。
声をかけた方の優は、起こしてしまったことが、少し済まなそうな、でも、まだおかしいのとで、中途半端な表情だ。
「珍しいね」
こんなところで、うとうとしてるのが、だ。
「うん、まぁ」
煮え切らない返事に、その話題は気恥ずかしいのを察したのか、優は話題を変える。
「訓練は、しないんだ?」
「総司令室は、亮が使ってるから」
「……?全部は、使ってないだろう?」
怪訝そうな表情だ。
これを言ったら、優のプライドは傷つくのだろうか、とは思うが、いまさら話題は変えられない。
「全部、使ってる」
相変わらず、優は怪訝そうな表情のまま、だ。
忍は、もう一度、繰り返した。
「亮は、あの部屋を全部使えるんだ」
「……なるほど、ね」
軽く肩をすくめる。
「『Aqua』最高の軍師、というワケだ」
その口調には、羨望も誹謗も含まれてはいない。純粋に、感心した声だ。彼も、誰が三ヶ月で『紅侵軍』を抑えこんでしまったのか、知っている。この一週間、亮の作戦を見てきてもいる。
少しの間、視線が宙をさまよっていたが、やがて、忍に向かって微笑んだ。
「いちおう、僕にも経験があるから、なにかアドバイスできるかと思ってたけど」
卑下はないが、どことなく、寂しさがある声。
「どうやら、出番はなさそうだね」
忍は、言葉を捜す。
そう確かに、軍師としての能力は、亮のほうが上だ。というより、亮の能力がずば抜けすぎているのだ。
優でなくても、亮と張り合って勝てる者はいないだろう。
なにか、下手なことを言っても、気休めにもならない。専門が同じ者の方が、よりその実力差は実感を伴ってわかってしまうから。
結局、なにも言う言葉が見つからずに、視線を落とす。
優も、自分の言葉に忍が困ってしまったのに気付いたのだろう。
何を言っても空回りするだけなのがわかってるので、なにも言えなくなる。
沈黙が、訪れた。
「あ、そうそう、でも、ひとつあったんだ」
思い出したように、優は明るい声を出した。
「特訓してないなら、フィルター見せてくれないか?」
「フィルター?」
「ヒット率が上がってからでは遅いって話もあるけど、透明化できるかもしれないと思ってね」
優の言う通り、片目でも問題無くなってるので、別に今のままでいいのだが。
もし両目使えるようになるならありがたいし、なによりも、優の気がまぎれるなら、と思う。
「持ってくるよ」
雑誌をテーブルの上に置くと、立ちあがる。



総司令室から出てきた亮の表情がどことなく疲れて見えるのは、気のせいではないだろう。
でも、表情にかすかにしろ、疲れが見えるというのは亮らしいくないコトだ。
もっとも、その疲れに気付くのは忍くらいなのだろうが。
休めと言ったところで、アーマノイドの一件が片付くまで休むワケもないので、何も言わないでおく。
亮の方も、忍が気付いてるのは承知してるのだろう。
目が合った時に、微かに笑った。
それは、大丈夫だから、というよりは。
自嘲しているかのように見えた。
仕事にケリがついた様子ではないのに、夕飯の時間に姿を現すこと自体が、珍しい。
もしかしたら、優に気を使っているのかもしれない。
今日は須于が炊事係を請け負っている。
本日の夕食は、これぞ日本の伝統の夕食というカンジで、なんだか落ち着く。
そういえば、サンマが旬だ。
たっぷりのおろしに、醤油がよく合う。
炊き立てのご飯に、ちょっとダシのきいたお味噌汁。
「これでちゃぶ台と畳さえあれば完璧だな」
俊が、ご飯をおかわりしながら言う。
麗花が首をかしげた。
「ちゃぶ台?」
「畳とざぶとんに、最高に似合うすばらしいテーブルのことだよ」
忍の大げさな説明に、須于が笑う。
「ふうん?」
不思議そうな表情で麗花は首をかしげる。俊がまぜっかえした。
「正座が出来ないと使っちゃいけないんだぞ」
それを聞いたジョーが眉をしかめる。
「俺はいらん」
「あらん、パパはあぐらでもよろしくってよ」
「誰がパパだ」
ジョーも、最近はおバカの対処を覚えてきたようだ。気色悪い俊のオカマ言葉に、表情を変えずにつっこむ。
が、すかさず麗花は須于に微笑みかける。
「ねー、ママ」
味噌汁を手にしていたジョーは、もう少しで取り落としそうになる。
麗花の台詞に、優がにこにこと尋ねる。
「あれ、そうなんだ?」
「いや、別に……」
どうにか味噌汁をテーブルに戻すことに成功したジョーは、さらになにやら慌てている。
須于は、かすかに頬を染めたまま、忍のおかわりをよそうべく立ち上がる。
「あ、逃げたよぅ」
「ずるい〜」
「そんなにイジメない」
忍が、苦笑しながら言う。お子様二人は肩をすくめた。
「はぁ〜い」
「お兄ちゃんに怒られたな」
優の台詞に、思わず皆笑い出す。
声がしないのは、いつものことだ。
だが、あまりにも気配がないので、亮の方を見る。
いつの間にか、そこには。
誰の姿もなかった。



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